倶樂部余話【二十二】池部良のダッフルコート(一九九〇年八月八日)


ご年配の方からはお叱りを受けるかも知れませんが、こういう店をやってますと、「ああ、自分も早くもっと歳を取りたいな。」と思うときがよくあります。歳を取るほどに似合ってくる格好、例えば、モーニングやタキシード、濃紺ストライプのダブルスーツ、アランセーターなどの手編みニット、ダッフルコートやピーコート、ハリスツイードのジャケット、カシミアのコート、帽子などなど、若輩の私たちにもそれなりに着こなすことができないわけではありませんが、恰幅のいい熟年世代にこそ味わい深い装いのできるものが、余りにも多すぎるからなのです。

これらのものは、着こなしうんぬんよりも、「歳を重ねたこと」それ自体がすでに最良の素地となってマッチしていくものばかりで、だからこそ「クラシック(元来「クラスにふさわしい」の意)と呼ばれるのです。

ときたま、五十歳代のお客様から「君のところは、背広はいいんだけど、カジュアルはどうも若向きだね」とのお言葉をいただくことがあります。しかし、サイズや素材の善し悪しの差こそあれ、カジュアルウェアは本来ノンエージのものではないかと思うのです。

欧米の熟年世代は、決して若者に媚びたり流行を追ったりするわけでもなく、ベーシックでクラシックな服を実にうまくシンプルに装っていますが、日本はと言うと、ファッションのリーダー役が流行雑誌を読み漁る情報過多のヤング層に偏ってしまい、熟年層は「シニアカジュアル」とか「アダルトカジュアル」とか、俗におじさんルックと称される日本にしかない独特の商品群の中に追いやられてしまっているのが現状です。

私は、当店の揃えるクラシックな商品こそが、世界に通用する熟年ウェアでもあると考えているのです。

早くもっと歳を取りたい、と若者に憧れを抱かせるようなお洒落な装いの熟年男性がもっともっと増えて欲しいと願っています。そして、恐らく貴方の奥様やご家族もそう望んでいるに違いないのです。

あるお客様の奥様の言。「こないだテレビで池部良が白いダッフルコートを着てて、それがとっても素敵だったの。うちの主人にもああいう格好をさせたいんだけど、おたくで揃えていただけます?」

 

 

 

※池部良…いけべ・りょう。一九一八年生まれ。俳優。東宝映画「青い山脈」などで主演を演じた往年の二枚目スター。

 

つまり、この原稿を書いた時点で、彼は七十二歳だったことになりますね。