倶樂部余話【四十三】楽しいことしかやらない主義です(一九九二年六月二十四日)


「洋服屋ってのは一体どういう仕組みになってるんだ?あれだけバーゲンで三割引や五割引で売っても儲かるのなら、なぜ最初からその値段で売らないんだ?」という質問を受けたことがあります。
 夜の席だったので、とっさにこう答えました。「食品店で閉店間際にお総菜を安売りしているのと同じですよ。一日単位のお総菜だと夕方の三十分程度ですが、半年サイクルの洋服ではバーゲンも数週間、しかも派手に目に付くからそう感じるんじゃないですか。」と。

しかしこの答えはやや正確さを欠いています。作って売る店と仕入れて売る店の違いを無視しているからです。

実際、当店の場合(同様のタイプの店の多くがそうでしょう)、季節も終わりに近づくと、値下げして売った額のある程度をメーカー側で負担してくれる先が何社かあります。代わりにそこの残品販売にも協力するわけです。

そういうと何やら小売店の方が優位にあるようですが、逆に言えば、その要請に協力しなければ、商品は他のバーゲン店での処分販売のために、店頭から引き上げられて、売る物がなくなってしまいます。

つまり、在庫過剰・供給過剰の衣料品業界にあっては、バーゲンは流通過程の中で予め組まれているシステムだと割り切った方が良いようです。それを見ずして、セールの是非や善悪を論じたところで、空虚な議論にすぎません。

さて、ここまではあくまでも売り手側の理論。最も大切な、お客様の心理ということを考慮してません。セールをせざるを得ないのは売り手側の都合だし、その時期になれば安くなるのはもう当たり前のことなのにもかかわらず、未だにそれだけで客が大喜びするものと思い込んでいるメーカーや店があまりにも多いように思えます。

セールといえども「楽しめるイベント」の一環でなければなりません。これは毎月開催している小イベントと同じことです。当店で言えば、一〇%オフで早めに確実に押さえるか、品切れ覚悟で三〇%オフまで待つか、の判断をお客様にゆだねたバクチ性を持たせています。また、今回はボツ企画になりましたが、例えば、ルーレットを回してその場で割引率を決めよう、とか、気象台の梅雨入りや梅雨明けの宣言をそのままイベントの期日にしてしまおう(これは実現寸前まで考えたのですが、今年の梅雨明けが例年よりかなり遅いという予報を聞いて断念しました)など、「お楽しみ」の要素を検討しました。

さらに、バーゲンだからサービスが悪くなるのは仕方がない、というのも、売り手側の勝手な言い訳で、許されるべきはずがありません。たとえ安くても、混み合う、選べない、接客が悪い、といったサービスの低下を敬遠しているお客様は相当においでだと思いますし、かく言う私もその一人です。

ホテルや旅館が閑散期に割安料金を設定しますが、だからといってサービスが低下するなどということは聞いたことがありませんし、むしろ普段より待遇の良い場合が少なくありません。

思えば、今回の冒頭の発言は、ある一流ホテルの経営者の弁でした。むべなるかな。