倶樂部余話【四十四】本物をお届けできるのはこの人のおかげです(一九九二年九月十六日)


アランセーターの編み手であるアイルランド・アラン諸島のおかみさんたちと私たちとの橋渡しをしてくれているのが、「アランのおじいちゃん」バドレイグ・オシォコン翁、八十七歳である。

毎年一月に来日する彼を訪ね、商談もそこそこにアイルランドの古い話を聞く慣例がこの七年ほど続いているが、その中で次第に分かってきたのは、彼が元来の商人ではなく、長く法律と歴史の学者であって、現在もアランの伝統文化保存団体の会長の職にあるということだった。

アラン諸島はケルト民族の風習が未だ色濃く残っている場所だという。研究のため幾度もこの島を訪れるうちに、恐らく「この素晴らしい文化を守り、世界に知らせなければ。そして貧しい島民の生計の一助に…」といった使命感が湧いたのだろう。自家用に細々と編まれるだけで伝統の火が消えかけていたアランセーターの編み手を組織化し、またバイニン・ウールと呼ばれる特殊な未脱脂の太糸を一括購入して編み手に配り、自らは世界に赴き注文を集め、今の事業を始めたわけだ。

著書も法律書二作を含めて七作。私の手元にも「アラン・伝説の島々」「アイルランド・失われた時への旅」の二冊がある。英文ゆえ未だ読破はできないが、挿入された詩や写真からだけでも熱いものが伝わってくる。

先日アランセーターとともに一本のビデオが届いた。彼が三十年前にアランで撮影した16㍉フィルムを約二十分に編集したもので、土地の唄も入っており、訛りの強いナレーションはまぎれなく「アランのおじいちゃん」の声。

「アランセーターの世界」のイベントも今年で五回目の開催になった。年々思うのだが、どうもアランセーターには不思議な魔力が宿っているような気がしてならない。

 

※翁のボートレートと著書二冊の表紙