第一回「カクテル・パーティ」~冬のジン~


第一回「カクテル・パーティ」~冬のジン~

一九八九年十二月三日(日)午後七時より九時

於「セヴィルロウ倶樂部」 会費…三千五百円(税込)

 第一回目ですので、こんなパーティをやりたいのだ、ということをお伝えいたします。

どんなパーティなのか?

 ただ集まって騒ぐだけのパーティならばどこにでもあります。あえて当店でやるからには、「セヴィルロウ倶樂部」らしいものにしたいと思い、行き着いたのがこの「カクテル・パーティ」です。カクテルの種類はスタンダードなものだけでも二百種とも三百種とも言われ、そのそれぞれに名前の由来や逸話が二つや三つは語られてます。当店では、毎回その中から三種類を体系的に選んで、ひとつずつを極めてみようと思います。

従って、一般のパーティのような女性の接待や唄、ダンス、ゲームのようなアトラクションは一切ありません。かなり「勉強会」的な要素を含んだパーティで、ちょうど女性たちがワインの試飲会をやるのにも似ているかと思います。

ゆくゆくは、年に四回、四季折々のカクテルを取り上げたパーティを恒例化したいと考えています。まずは、第一回目、「冬のジン」の特集です。

当分は男性オンリーです。

 女性の方には大変申し訳ないのですが、当分の間は男性のみの参加に限らせていただきます。ご出席の方にはバーでの会話のネタをご披露しますので、実際の酒場で個人的にご伝授下さい。

服装はどうしたらいい?

 一番多い質問なのですが、まず最初に一言。このパーティのために当店で一式買い揃えるなどということはしないでいただきたいのです。

 服装については、貴方自身に最も相応しいドレスアップをしてお越し下さい。日曜の夜を選んだのは、貴方にわざわざ着替えて来ていただきたいからなのです。

 もちろんタキシードをお持ちの方は、ぜひタキシードをお召し下さい。ちなみに今回は、当店の社長(=父)はタキシード姿ですが、私は着用しませんので、タキシードをお持ちでない方も、どうぞ安心してご出席下さい。ドレスアップは誰のためでもなく、貴方自身の気分の昂揚のためなのですから。

 コーディネートのご相談については、出来る限りのアドバイスをいたしますので、どうぞ遠慮なくお問い合わせ下さい。

ホテルのバーが協力です。

 この企画は、静岡ステーションホテルさんの協力がなければ実現しませんでした。バーではこの度の私たちのパーティのために、わざわざ新たに九十個ものカクテルグラスを購入しました。また、継続するという前提で、費用も特別に押さえていただきました。当日は、派遣される二名のバーテンダーが、皆様に一流のカクテルをサービスしてくれるものと確信しています。

メモリアルグッズを検討中です。

 パーティの記念になるようなメモリアルグッズを差し上げたいと考えています。できれば、何回か参加すると一揃いになるようなものを、と現在検討中です。

成功するかどうかは貴方の参加次第です。

 パーティをやるからには、楽しく二時間を過ごしたいものです。そのためには、ぜひ貴方に参加していただきたいのです。ぜひご出席の意思をお知らせ下さい。

※(補足)バブル末期に咲いたあだ花?、カクテルパーティのご案内文です。当時は店内の在庫も少なく、今では信じられないぐらいすっきりとしていたので、商品をササッとフィッティングルームに押し込んでしまえば、パーティ会場に早変わりできたんです。

 

 手元に残っている参加者名簿を見てみると、二十五名の顧客が参加していますが、二十五才から六十三才まで、実に幅広いですね。開店当初は顧客に父の知己が多かったことから、父の知り合いのお客様と開店以降ご贔屓いただいた若い顧客層がちょうど半々というような構成になっています。この二十五名のうち、十六年後の現在、物故者が二名、今でもメンバーズの方が七名おいでです。 

 当日の写真も残っていて、男ばかり約三十人、片手にカクテルグラス、片手にテキストを持ち、赤い顔をして、真剣にバーテンダーの話に耳を傾けている、というおかしな光景になっています。

倶樂部余話【14】ロイヤル・ウェディング担当の栄誉(1989年11月10日)


ロイヤル・ウェディング。いうまでもなく、英国王室の婚礼の儀であり、その権威を世に知らしめる最大の儀式のひとつである。一九八一年のチャールズ皇太子とダイアナ・スペンサー嬢との婚礼は、記憶に新しいところだろう。つい、関心はダイアナ妃に集中してしまうのだが、今回の話は新郎の方の衣装についてである。ロイヤル・ウェディングの際の、新郎始め男性側の婚礼衣装全般を永年に渡り担当しているのが、ギーブス&ホークス(G&H)なのである。

G&Hは、ロンドン・セヴィルロウ一番地に本店を置く、創業二百年を越える老舗の紳士服店だが、元来は陸軍服御用達のギーブス社と海軍服担当のホークス社が合併したもの。それこそ、その軍服にまつわるエピソードは数多く、とてもこの紙面でご紹介しきれるものではない。

かつて七つの海を支配した大英帝国の名残りなのか、今でも英国陸海軍の要職のいくつかは皇太子が務めており、このことが婚礼衣装担当の栄誉につながったのだと言える。そして、エリザベス女王からは陸軍服の、夫君エジンバラ公からは海軍儀礼服の、チャールズ皇太子からはスーツ全般の、それぞれ御用達の指定を受けている。その証しである「ロイヤル・ワラント(各王室の紋章)」を三つ掲げる紳士服店は、ロンドン広しといえども、G&Hただ一社である。

背広のルーツが軍服であるように、古い企業には特定の儀礼服がいまだに存在するらしく、私が訪ねたときも、金ボタンに「バンク・オブ・イングランド」と刻まれたピンク色のモーニングがずらり十着ほど、ちょうど仮縫いの最中だった。女王陛下との謁見の際にでも使われるのだろうか。

英国のあらゆる儀式を知り尽くしたG&Hのフォーマルウェアが今年日本でもデビューした。数少ない真の「意味ある」フォーマルブランドを、ぜひご覧の上、お役立ていただきたい。

 

 

※余話【六】に続いて、ここでもG&Hのヨイショ話です。文中のロイヤル・ワラントですが、これは法人ではなくてあくまでもオーナー個人与えられるものなのです。なので、G&Hも創業家から香港系企業に経営が移った時点で、三つのワラントは剥奪されたようで、現在のG&Hのロゴには栄光の三つの紋章は消えています。

 

なお、その後のダイアナ妃の悲劇の死については、余話【※】に後述しています。

 

記事より。「いよいよ、第一回『カクテル・パーティ』を開催します。」とあります。次はその時の案内状をご紹介します。

倶樂部余話【13】一年の三分の一はお休みです(1989年10月10日)


週休二日制もかなり定着したようです。いいことばかりではないようで、飲み屋の主人は「土曜日が一番暇になった。」と嘆いているし、ビジネスマンは六日分の仕事量を五日間でこなすため、かえって多忙になり、当店では昼間に会社を抜けて立ち寄ってくれる方が少なくなったようにも感じます。

この週末に祝日と盆暮れ正月の休暇などを合わせると、年間休日は百二十日を超えます。一年の三分の一が休み(オフタイム)ともなると、このオフタイムの服装にも三分の一の力を注いで良いのではないでしょうか。しかもオフとはいえ、取引先とのゴルフや社員研修旅行、得意先からご紹介のレストランなど、ビジネス(オンタイム)に影響のある場面は割と多いものです。街を歩けば部下にも会います。スーツと同様、オフの服装も意外に人から見られているのです。

だからといって、単に高価なブランドものを身に付けていれば良いというものでもなく、要は、オンのときにもオフのときにも共通する、その人なりの一貫した「テースト(味わい)」のあることが肝心なのだと思います。もっと言えば、オフのテーストがオンに反映されているということが、一番自然な姿であると言えましょう。(実は、「変わらない一貫したテーストで衣食住をくくる」ということは、最も無駄のない効率的なことでもあるのです。)

当店でいえば、「英国の伝統的な生活様式への憧れ」というひとつのテーストが、オンウェアにもオフウェアにも常に流れています。色や素材は年ごとに「トレンド」で変化しても、この「テースト」は決して変わることはないのです。

ということで、今回のイベントは、オフタイムのジャケットを特集しました。深まる秋、より心豊かなオフタイムを楽しみたいものです。

 

 

 

 

※はい、これも結局、イベント「オフタイム・ジャケット・コレクション」の宣伝文なのですね。文体が「ですます」調になっているのは、そんな遠慮がちな気持ちの現れだったのかもしれません。

 

記事より。「顧客数の増加に伴い、今回より宛名書きを、手書きからタックシール式に変更させていただきました。一枚一枚お届けする気持ちにいささかの変化もございませんので、何卒ご了解下さい。」という言い訳あり。

 

倶樂部余話【12】老人と海とアランセーター(1989年9月19日)


アイルランド・ダブリン市のパードリィグ・オーシォコン翁は今年八十三才。白いあご髭とメノウのような大きな石のペンダントがトレードマークだ。私が初めて会ったのが四年前、最近は年三回来日している。この老人こそが、本物のアランセーターの伝統を守り続けている「ゴルウェイ・ベイ」社の会長なのである。

アランセーターの産地は、アイルランド西岸に浮かぶ極寒の小島「アラン島」。一本の喬木もない草と岩だけの島で、羊は貴重な自給自足の資源だ。その未脱脂の生成色のウールで、女たちはセーターを編み、漁へ出る男たちに着せる。夫の無事と豊漁を祈り、魚や波、ロープなどの模様を編み込んだその柄は家ごとに微妙に違い、万一遭難した際には着ているセーターの柄でどこの誰かを判別したという。

漁を続けるうちに、海水に濡れて縮み、次第にフェルト化して、まるでウェットスーツのようになり、防水防寒の機能を更に高めながら、何十年と着続けられるのだ。

俗に言う「フィッシャーマンセーター」のルーツであり、多くの会社が流行に合わせた物を量産しているが、アラン島の女将さんが一針一針編んだ本物のアランセーターとなると、今ではオーシォコン翁の会社ぐらいしかなくなってしまったという。

当社では、この貴重なアランセーターを、アイルランド政府輸出庁の協力により、全国十二社の協同仕入で直輸入している。そして、色・方・サイズを一同にお見せできるように、各社二週間ずつの期間限定販売の形式をとり、巡回イベントとしている。今年の入荷はセーター約五十枚を始め、マフラー・手袋・ソックスなど。アラン島を紹介したビデオや写真パネルも展示する。

一枚五万円前後する高価なものだが、どこでも買えるといったものではなく、世界の逸品として、その価値は充分にあるだろう。また、今年は無理だが来年は必ず、という方は、毎年の入荷量に限りがあるため、ぜひ予約を入れておくことをお勧めする。

聞くところ、今年はアラン風のハンド(手編み)ニットが流行だとか。しかし、このセーターだけは決して流行やトレンドで捉えていただきたくはない。アランセーターに由来される歴史や伝統、物語が伝わった方だけにお売りしたい一枚なのだから。

 

 

※まさかこのとき、将来アランセーターが当店の一大看板商品になることを、誰が想像できたでしょうか。でも、最初はこんな感じで始まったのです。全国十二社とは、当時岩国の藤田雄之助氏を信奉していた専門店の勉強会のメンバーで、藤田氏の声掛かりで共同購入をしたもの。バブルの時代だからこそできたテストケースでした。

 

今からしてみると、文章もうわべだけの受け売り的な記述の域を出てないので、恥ずかしい思いです。でもこの催しには地元のテレビ局の取材などもあって、結果としては我々の予想以上に売れたイベントになったのです。そして、私自身もこの店とアランセーターとは大変相性の良い組み合わせだと気づかされたのでした。だから、このときにもし売れてなかったら、今の当店はなかったかもしれません。

倶樂部余話【11】27人の米大統領が愛した靴(1989年8月14日)


残暑お見舞い申し上げます。

今回は、今月より当店で本格的な販売を開始する靴のお話です。

導入するブランドは「ジョンストン&マーフィー(J&M)」。イギリスの有能な靴職人達がアメリカに渡り、以来百五十年の間、歴代二十七人の米大統領に愛され続けているメーカーです。モットーは「アンミステイクブリィ」つまり「ミスのないこと」、少しも手を抜かない完璧な靴作りを続け、「材料以上の靴はできない」という信念から、世界中から最高の革だけを厳選して使用。製法は、手間と経費はかかるが、足と歩行のために最も良いとされるグッドイヤー・ウェルト方式が大半です。そして販売以来廃番がないという事実が、完成されたデザインの息の長さを物語ります。

現在は、日本人向けに足入れを改良してある以外は、本国と全く同じ製品が日本工場で製造されています。革から靴紐までパーツはほとんどを米国から輸入し、いわゆるお名前頂戴のライセンス品とは違い、日本で最もモノ作りにこだわった靴と言えます。

「J&M」には、製品の出来以外にも多くのメリットがあります。まず、価格がニューヨークとほとんど違わないこと(輸入靴は概ね現地の三倍の値が付くのが通常です)。足入れが日本人向きに改良されていること。サイズ切れの取り寄せがすぐにできること。そして何よりも、革底交換・ヒール交換などの修理が、製造した工場へ戻して、純正パーツで、何度でもできることです。

洋服屋が売るのですから、靴も服と同じ売り方をしたいのです。まず、足のサイズを専用のメジャーで計測します。(この用具を手に入れるのに意外に苦労しました。いかに靴屋さんが足の計測をしていないか。服と違い、靴は人の健康を左右するものであるのに。)そして、デザインよりも、その足型に合う靴かどうかを重視してお勧めします。さらに、アフターケアは、昨年から、英王室御用達「メルトニアン」のケア用品を中心に靴屋顔負けの種類を揃え、修行を積んできました。また、修理は前述の通り、純正パーツの永久保証をいたします。文字通り「大事に履けば一生もつ靴」を、大事な履き方と一生のもたせ方を保証して販売したいと思います。(本来当たり前のことで、それも値段の内だと思うのですが。)

欧米の一流紳士服店には例外なく立派なシューズコーナーがあります。それに少しでも近づければ、と願っています。

「J&M」試足キャンペーン、「ケネディの履いた靴」も展示します。ぜひご来店下さい。

 

 

 

※この頃のJ&Mは、本当にいい靴でした。新潟県加茂市の製造工場にも見学に行きましたが、社長以下、みんながいい靴を作ろうとしている姿勢がうかがえました。手元に当時その社長が手書きで原稿用紙にびっしりと書いた分厚い商品解説書が残っていますが、クラフトマンシップに溢れる真摯な態度が感じられます。しかしながら、残念なことに、その真面目さが功奏しなかったようで、その後経営難に陥り、大手靴メーカーに吸収合併されてしまいました。それを契機にJ&Mブランドも大手メーカーの戦略のひとつとしての位置づけを余儀なくされ、従前とは全く違う商品になっていってしまいましたので、その時点で当店は取引を止めました。

 

今この文章を読み返すと、この当時から、現在当店が取り組んでいる「靴のパターンオーダー」というシステムの出現を期待していたような感がありますね。

倶樂部余話【10】リネンって麻のことじゃないの?(1989年7月10日)


今回は特に女性の方にもお読みいただきたいのです。

テーブルクロスやナプキン、シーツなどを「リネン類」と呼びます。元来、これらのものがリネン(亜麻)でできていたためで、今でも一部の高級ホテルではリネンが使用されています。

リネンが最高と言うのにはもちろん理由があります。他の繊維にはない、リネンの何よりの特徴は、汚れ(醤油、ソース、油、汗、血など)が普通の家庭洗濯で簡単に落ちてしまい、更に、黄ばむことなく洗うごとに白さが増すという点にあります。しかも吸水力は抜群で丈夫ときているので、「汚れやすいが絶対に汚れてはいけないもの」に最適なのです。

ふつう、カシミアやシルクなどは高価なものほど耐久性に乏しく、慎重な取り扱いを要しますが、この点でもリネンは逆で、グレードが上がるほどに機能性も優れてきます。だから、何千円もするハンカチも何万円もするテーブルクロスも惜しみなく実用できるのです。最高級のリネンの産地は北アイルランドで、特に「アイリッシュリネン」と呼ばれ珍重されています。

エジプトのミイラを包んでいる布がリネンであること、「自分のリネンは自分の家で洗え(=身内の恥をさらすな)」という古い諺、花嫁を祝福し友人が集まってリネン製品を贈り合う「リネン・シャワー」という習慣、ランジェリー、ライニング(裏地)、リノニューム(床敷き)の語源が「リネン」であること、など、いかにリネンがヨーロッパの家庭生活の中で深く関わり愛用されてきたかを物語るものです。

最近は良いテーブル良い食器にこだわる方が増えてきましたが、良いテーブルクロスや良い布巾となるとまだまだ情報不足のようです。そして、これだけ世の中が天然素材志向に戻っているのに、いまだキッチンは化学繊維で溢れています。

リネンの特性を最大に引き出すのは、衣類よりもむしろこれらのテーブルウェアですので、今回はテーブルシーンを演出するリネン製品を特集します。各種パネルや貴重なリネン原糸サンプルなども展示しますので、ぜひご来店いただき、リネンの清涼感に心爽やかなひとときをお過ごし下さい。

さて、表題の問いの答えです。確かにリネンは二十何種類ある麻の一種ですが、「麻」に相当する英語はなく、麻の八割以上が南方系のラミーで、リネンとは別のもの。従って、すべての麻をリネンと呼ぶのは誤りです。詳しくはご来店の際に。

※このとき、「アイリッシュ・リネン・ミュージアム」というイベントをやりまして、その告知です。余話【8】のところで触れた大阪のリネン問屋さんから得た知識、横浜のスカーフメーカーが経営されていたリネン製品の専門店から学んだ展示方法、更に地元で馴染みだったフランス料理屋から本物の洋食器を借りて、この三者の協力で、二週間ほど一階のスペースで行いました。

 

宮中晩餐会に使われる二重ダマスク織の菊柄のテーブルクロスなど、いろいろ貴重なものもお借りして、高級レストラン並のテーブルセッティングを展示しました。

 

懐かしい思いがありますが、横浜のリネンショップも今はなくなりましたし、協力してもらった静岡のレストランもご主人の体調不良からお店を閉めてしまいました。

倶樂部余話【9】愛着の一枚と永くつきあう方法(1989年6月10日)


良い物を愛着を持って永く大切に使う。英国人の気質のひとつである。彼らは家の家具を指し、以下に古いものを何台も永いこと使い続けているか、を誇り合っている。反面、新規買い替え需要を喚起しにくく、これが英国経済の停滞の一因ともされているようだ。

ともかくも、英国気質を謳う当店としては、愛着の持てる商品の充実とそのメンテナンスやリペアに最善の協力を、と考えている。今回はシャツのリペアについてお話ししたい。

腕時計をすると、どうしてもシャツの袖口が片方だけ擦り切れてきてしまう。こうなったら、袖口(カフ)を取り換えればよい。白無地のものであればカフの交換だけで済むが、色柄物などは衿も一緒に換えて、よりドレッシーなクレリック(衿と袖だけが白いシャツ)にしてしまう。ちなみに、クレリックとは牧師の意。その服装が黒の上着に白衿の立っているところから由来している。一九二〇年代にロンドンの株式仲買人たちが着始めたと言われている。

また、これからの季節なら、半袖にチョン切ってしまう、という手もある。あるいは、衿を外してしまい、スタンドカラー風にする。とたんにカジュアルな感じになり、これは女性にも人気が高い。

いよいよダメになったら、最後はハンカチに加工する。白蝶貝などの高級ボタンなら、取り外して保管しておくと、後々役に立つ。

ここまでやればシャツも本望だろう。ケチくさいとお思いだろうか。しかし、リペアを重ねれば新しいシャツを一枚買うよりかえって高くつくこともあるのだ。気に入った愛着のある一枚であればこそ、大切に着てもらいたいのである。

店側にも問題がある。リペアの方法も教えずに、買い替えましょう、と新しいものを売りつけてきたのだから。モノを売るばかりが店ではないとも思うのだが。

シャツのリペア、どうぞ遠慮なく、お持ち込みいただきたい。

 

 

※パンツの直しは、ウェストやら丈やら幅やら、わりと持ち込まれる方が多いのに、シャツのリペアを持ち込まれる方は少ないです。このように衿や袖を交換できるということをご存じない方が多いのでしょうね。

倶樂部余話【8】ハンカチーフの気概(1989年5月10日)


背広にある左胸の小さなポケット。勿論これはペンや眼鏡を入れるためではなく、ハンカチーフを入れるために付けられている。では、なぜこの胸元の一番目立つところにハンカチを入れるのだろうか。諸説の中で最もロマンティックな説をご紹介したい。

その昔、舞踏会において、淑女は紳士と踊る際、手が汗ばまぬ様、リネンの白いハンカチを添えて紳士と手を合わせた。踊りの最中、それを落とすことが往々だったが、曲の途中でダンスを中断して床から拾うのではサマにならず、紳士は予備のハンカチをサッと取り出せる胸元に用意するようになったという。これがいわゆるポケットチーフの由来とされている一説。

従って、実用性もあるリネン地が本来であるが、次第に装飾性が強くなり、シルク地のペイズリープリントなどが使われるようになったようだ。ただ、現在でもフォーマルの際は、ピコヘム(端の小さな縫い目)の白いアイリッシュリネンが正式とされている。

ちなみに、ポケットチーフと呼ばずに、ポケットカチーフというべきだろう。カチーフとは元来は頭に巻く布のことで、首に巻くのでネック・カチーフ、手に使うのがハンド・カチーフ、なのだから。

さて、それでは飾りのない実用のハンカチーフはどこに納めるべきなのか。ギーブス&ホークス社のロバート・ギーブ会長によれば、背広の美しいシルエットを保つためにはポケットに何も入れないのが最良であり、ハンカチは左袖の中にクシャクシャに丸めて入れておくのが正しいやり方だとか。実際彼はそうしているのを見せてくれた。そのため、左袖だけ一回り大きくオーダーする紳士もいたという。最も、ティッシュペーパーなどのなかった時代、それこそ鼻をかんだり汚れた手や物を拭いたり、かなりハードな使い方をしたのであろうから、さもありなんと思えなくもない話だ。

これから汗ばむ季節、ハンカチの出番は多い。ゴルフの参加賞だけがハンカチではありませんぞ。そして左胸にもご配慮を。

※この頃、岩国の藤田雄之助氏から大阪のハンカチ問屋の紹介を受けました。そこの親父さんはリネン博士と呼んでもいいほどの人で、実に素晴らしいリネンのハンカチを扱っておりました。私が紹介を受けた直後に急逝され、残念ながら私は直接にお会いできなかったのですが、昔からいる番頭さんからいろんなリネン話を伺い、勉強させてもらいながら、ハンカチの仕入れをしてました。今はこの問屋さんもリネン製品の扱いをやめ、ブランド物のありきたりのハンカチが中心となってしまったので、もう取引はありません。

倶樂部余話【7】今年は九連休――どうしますか?(1989年4月10日)


今年のゴールデンウィーク(GW)は、空前の九連休となる方もいらっしゃるようである。

「忙しくてなかなか休みが取れないょ。」というボヤキも、かつては「仕事の出来る男」のプライドあるセリフであったが、今ではそれも「私は休みも取れない無能力な男です」と告白しているかに聞こえる。(かく申す私自身、いまだに最低の無能男であるが…)時代は確実に変わってきた。カッコよく休むことが美徳となった。

休みの量が確保されると、当然その質を高めることに精を出す。何しろ九日間だ、家でゴロゴロにも限度があろう。もはや「リゾートライフ」という言葉も夢ではなくなり「ビジネスライフ」と同等の価値で考えていかねばならなくなった。そして「リゾート」となると、悲しいかな、まだまだこれは欧米に見習わねばならない部分が大きい。

昼間バードウォッチング風のアウトドアスタイルの中年男性が、ディナーではさりげなく良質のジャケットをはおり、鳥の柄のタイなどで、そのリゾートにふさわしい、趣味のいい小粋な演出をしてたりする。彼等はリゾートの服装に関して、自分たちが気後れせず、かつ周囲の人々に不快感を与えずに、その時その場所を最大限エンジョイする術を体得している。

さて、このGWに海外へお出掛けの方も多いだろうし、またそうでなくとも一度はちょっとしたレストランでご家族と食事ということもあろう。女性の方は気分を昂揚させ、その晩を楽しむのに最もふさわしい服装を、と最大限の関心を払っていることだろう。なのにパートナーの男性が、相変わらずのポロシャツにブルゾン、あるいはビジネスと全く変わりないスーツにネクタイでは、せっかくの雰囲気に水を差しはしまいか。

ということで、この度「リゾートジャケット」の特集を考えた。カジュアル気分のあるジャケットを百着ほど揃える予定。皆様のGW対策にいくばくかでもお役に立てれば幸いである。

 

 

※しっかり読んでいくと、なんだか最終段落でガクッとしますね、「なんだ宣伝かよ」って。この時期は、月一回のミニ・イベントと余話が連動して、一枚のハガキになっていました。

 

でも、ジャケット百着の在庫を借りるフェアなんて、今ではできないイベントですね。確かこのときは三社ぐらいから借り集めたはずですが、その三社はみんな今はもうない会社です。

商品学講座【春】なぜ砂漠の隊商はウールのマントを着ているのだろう (1989年3月10日)


「三寒四温の春に着るものが欲しいんだが-。」と言うお客様の声をよく聞く。その割にいわゆる春物が思ったほどに売りにつながらないのは、なにもお客様がウソをついているわけでもなく、いつなにを着たらいいか、が適切にアドバイスされてないからではないだろうか。

通常、春物というと麻や綿を思い浮かべるものだが、私たちはウール素材をお勧めしている。「なぜに-」ということで、ウールの特性について少しばかりお話ししたい。

羊毛には、その特性として、らせん状の縮れ(クリンプ)がある。この縮れは羊毛の構造自体にあるもので、紡績や加工の過程で何度伸ばされても元通りに戻るもの。このクリンプの働きで、ウールの中には約六〇%もの空気が含まれ、外気の暑さ寒さを遮断するため、夏は涼しく冬は暖かく着ることができるわけである。

さらに、羊毛繊維は十九種のアミノ酸が組み合わされたケラチンというタンパク質で出来ており、そのため吸湿率は四〇%と動物性繊維の中でも非常に高く、汗を吸い取り素早く外に発散させる機能があり、梅雨時の着用にも爽快感がある。そもそも「セーター(sweater)」という言葉が、「汗(sweat)を取るもの」という意味であることからもお分かりだろう。

だから、砂漠のように昼夜の寒暖差が四〇度以上もあるところで、ウールは重宝にされるのである。

ただ、一口にウールと言っても、その種類は二百種以上もあり、スコットランドの極寒の島で飼育されるハリスツイードと温暖なオーストラリアで採れるメリノウールとでは、当然にその用途はかなり違ってくる。寒暖双方をカバーしなくてはならない春物でお勧めするのは、もちろん後者の方で、非常に細長くしなやかな繊維を持つメリノウールは、糸自体の伸縮性も適度で、その着用感の良さから最推奨品である。

現在、ウールマークでおなじみの「国際羊毛協会(IWS)」でも、「メリノは糸すずしき王様です」といったコピーでかなりのキャンペーンを打ち、「クールウール」の定着に本腰を入れている。

「暑かったり寒かったりで、なにを着ていいか分からん」、そう感じた時には、どうぞ当店にお越し下さい。

 

※余話【六】と同時に封書形態で発送したのが、このうんちく話です。この春物の話は、以降もこの時期になると毎年のように語っていますね。

倶樂部余話【6】大方の予想どおり倫敦探訪記です (1989年3月10日)


 

この二月四日、ロンドンはセヴィル・ロウを訪れた。「背広」の語源と言われ、もちろん当店名の由来ともなっている、二百メートル程の通りだ。目指すはその一番地、二百年の歴史を誇る紳士服店「ギーブス&ホークス」。マネージャーとのアポを取って訪ねたのだが、目の前に現れたのは何とギーブ家の血を継ぐ五代目会長ロバート・ギーブ氏。濃紺ストライプのスリーピースに身を包んだ凛とした姿は、正に「ジェントルマン」という言葉を浮かばせる。

 

見事な吹き抜けと内装のその建物は、かつて王立地理学会館として使われてきたもの。その二階の一角に彼が「我が社の博物館」と呼ぶ部屋がある。そこには古くから英陸海軍の儀礼服仕立ての指定を受けてきた同社の数々の軍礼服や装飾品、過去からの顧客台帳などが展示されていて、彼がひとつひとつを丁寧に説明してくれた。現在の背広が儀礼服の延長線上にあることがうかがえる。

 

更に、オーダーメイドスーツの縫製室を特別に見学させてもらう。職人の数は意外に少なく五人程度で、皆思い思いの姿勢でハサミや針を動かしている。ハンドメイドへのこだわりを象徴するかのように、ミシンは簡素なものがたった一台だけ。部屋の中心には、仮縫い中のスーツはもちろん様々な儀礼服がぎっしりと並び、さながらディズニーランドの衣装部屋の様だ。

 

「服の仕立てだけでなく」とギーブ氏が言う。「当社は百年ほど前から、靴もステッキもシャツも、それこそ男性のおしゃれ用品を統一された趣味で揃えてきました。ハロッズやダンヒルはその真似をしたのです。」と自慢した。

 

まさに、二百年の伝統をこれでもかと見せ付けられた感じがする。二百年前と言えば、日本では老中・田沼意次の時代、その頃からの歴史を語れる店が日本にどれだけあるだろうか。

 

最後に「ギーブス&ホークス」の顧客リストより。古くはウェリントン公やネルソン提督、そしてロイヤルウェディングのチャールズ皇太子の婚礼衣装等、新しくはゴルバチョフ書記長にブッシュ大統領。米ソの両首脳が英国の同じ店のスーツを着て討論しているとはなんとも面白い話ではないか。「彼ら二人は我が社の最も優秀なセールスマンだ。」とギーブ氏は結んだ。

 

 

※当時の当店は、このブランドのライセンス品をパターンオーダースーツのひとつとして取り扱っていました。仕入先のアパレルから手を回してもらい、このような格段の応接を受けることができたのです。

余談ですが、ゴルバチョフ氏にここのスーツを紹介したのは当時の英国首相サッチャー女史だったらしいです。

 

このセヴィル・ロウの老舗も、一時経営難に陥り、現在は香港系企業の傘下に入り再建中とのこと。我々に格別の配慮をしてくれた日本のアパレルもその後倒産したため、日本国内では消えたブランドになってましたが、近々某アパレルが中国のハンドメイド工場を使って、このブランドの日本再上陸を予定していると聞いています。

 

記事には「まもなく消費税が導入になります。お買い物はぜひ三月までに」とあります。

 
 

倶樂部余話【5】気分欲の時代に向けて (1989年1月11日)


正月の新聞テレビの特集でも、今年はことのほか「日本」や「日本人」を取り上げたものが多かったように思う。以前の経済大国自画自賛は消え、「金満ジャパン」への自省を促すのが主な論調であり、思いやりや正義感の欠如が指摘されている。「平成」の始まりが「金の余っているだけの腐った国のとき」と後世に残らぬようにしたい。

「贅沢」「高級化」「ニューリッチ」などという言葉がもてはやされるように、もはやモノがいいのは当たり前の時代になり、それだけでは大した売り言葉にはなり得ない。もちろん我々はプロとして、いいモノを選びこだわって揃えるという姿勢が大前提であることはもちろんだが、加えて重要なことは、「気分」とか「手間ひま」「もてなし」とか、要はただ札束を積むだけでは手に入れられないメンタルな部分であろう。物欲よりも「気分欲」を求められる時代になった。

いい人・いい雰囲気・いいサービスを買う。その気分欲が満たされた結果で、モノは売れるのだ。

こうなるとその期待は、物の豊かさや良さを売り物にしてきた百貨店よりも、手間ひまを掛けてパーソナルな演出のできる専門店にこそ大きいのではなかろうか。今後の専門店とは、単に一業種を取り扱う店のことではなく、「人・モノ・場所・知識・サービスのすべてが、ふさわしい専門的なものである店」と定義されていかねばなるまい。価格はモノに付いてはいるが、実際にはこの五つの総合評価が代価という形に表れるのだ。

私たちの店の役割は、服馬鹿のためのマニアショップになることではなく、洋服を一つの媒介にして、ブリティッシュスタイルという視点から、少しでも生活コーディネートの手助けをし、「いい気分」を味わっていただくことにあろう。

言うほどに実践が伴っているかと問われれば、いささかも自信はないが、そのためのなによりのテキストはお客様との会話の中にあるものと考える。本年も当店をせいぜいご利用し尽くしていただきたい。

 

 

※このときから年号が「平成」に変わりました。そういえば、「自粛ムード」なんていうのが何ヶ月かありましたね。

 

 この頃はまだワープロ機の性能が低く、段組みやレイアウト編集の機能もなかったので、原稿も手書きで下書きしてから、ワープロ打ちしていたし、一枚のハガキの中にうまくレイアウトすることにかなりの時間を費やしていました。

 

 記事には、カシミア製品のファイナル・フェアの案内や、私のロンドン行きの予告などが載っています。