倶樂部余話【五】気分欲の時代に向けて (一九八九年一月十一日)


正月の新聞テレビの特集でも、今年はことのほか「日本」や「日本人」を取り上げたものが多かったように思う。以前の経済大国自画自賛は消え、「金満ジャパン」への自省を促すのが主な論調であり、思いやりや正義感の欠如が指摘されている。「平成」の始まりが「金の余っているだけの腐った国のとき」と後世に残らぬようにしたい。

「贅沢」「高級化」「ニューリッチ」などという言葉がもてはやされるように、もはやモノがいいのは当たり前の時代になり、それだけでは大した売り言葉にはなり得ない。もちろん我々はプロとして、いいモノを選びこだわって揃えるという姿勢が大前提であることはもちろんだが、加えて重要なことは、「気分」とか「手間ひま」「もてなし」とか、要はただ札束を積むだけでは手に入れられないメンタルな部分であろう。物欲よりも「気分欲」を求められる時代になった。

いい人・いい雰囲気・いいサービスを買う。その気分欲が満たされた結果で、モノは売れるのだ。

こうなるとその期待は、物の豊かさや良さを売り物にしてきた百貨店よりも、手間ひまを掛けてパーソナルな演出のできる専門店にこそ大きいのではなかろうか。今後の専門店とは、単に一業種を取り扱う店のことではなく、「人・モノ・場所・知識・サービスのすべてが、ふさわしい専門的なものである店」と定義されていかねばなるまい。価格はモノに付いてはいるが、実際にはこの五つの総合評価が代価という形に表れるのだ。

私たちの店の役割は、服馬鹿のためのマニアショップになることではなく、洋服を一つの媒介にして、ブリティッシュスタイルという視点から、少しでも生活コーディネートの手助けをし、「いい気分」を味わっていただくことにあろう。

言うほどに実践が伴っているかと問われれば、いささかも自信はないが、そのためのなによりのテキストはお客様との会話の中にあるものと考える。本年も当店をせいぜいご利用し尽くしていただきたい。

 

 

※このときから年号が「平成」に変わりました。そういえば、「自粛ムード」なんていうのが何ヶ月かありましたね。

 

 この頃はまだワープロ機の性能が低く、段組みやレイアウト編集の機能もなかったので、原稿も手書きで下書きしてから、ワープロ打ちしていたし、一枚のハガキの中にうまくレイアウトすることにかなりの時間を費やしていました。

 

 記事には、カシミア製品のファイナル・フェアの案内や、私のロンドン行きの予告などが載っています。