【倶樂部余話】 No.262  再び「アランセーターの世界」(2010.9.26)


 アランセーターは開店以来の当店の看板商品です。かつては毎年秋になると特集イベントを組んでいたので、そんなこと言うまでもない、とこちらは思い込んでいましたが、気が付いたら02年に自著「アイルランド/アランセーターの伝説」を出版して以降の八年間というもの、ことさらに大きく取り上げてきませんでした。本を書いたことですべてしゃべり尽くしたような思いもあり、また、うちはアランセーターだけの店じゃないんだよ、と、ちょうど南こうせつが「神田川」をしばらく封印していたのと同じような心境だったのかもしれません。
 でも近頃は新しいお客様から「アランセーターって何で白いんですか」などの質問を受けることも増え、こりゃまた一から「そもそも…」を語らなきゃ、という気になってきました。奇しくも今年は、アラン諸島のマーガレット・ディレインという女性が一九一〇年にアランセーターの原型を生み出してからちょうど百年の記念すべき年。また、円高でユーロがピーク時よりも約30%下がったままなので価格を十年前の当時に戻そうと決めたところでもありました。それと、ルーズな着方からタイトフィットへ、とサイズ提案も十年前とは随分変化してきました。
 といっても新しい商品が入ったわけではありません。陳列するほとんどは、かつて事情でアイルランドの倉庫を閉鎖するときに私が引き取った大量の備蓄在庫からのものですから、十年以上も(ものによっては二十年以上も)前に編まれた古いもので、もちろんすべてアラン諸島の女性が編んだものです。当時のルーズフィットの流行に売れなかったストックということは、多くが腕回りも狭くてタイトなフィッティングのもので、今の着方にちょうど合っているというのも嬉しい偶然です。女性でも着られる小さいサイズが残っているのもそのためです。現在はすでに編み手の多くが亡くなり、また当時の糸屋も廃業したので、今となってはこれだけのものを作ることはまず不可能。つまり、これだけハイレベルのアランセーターが大量に揃っている場所は、世界でもここだけだと言い切っていいでしょう。
 でも、なぜアランセーターはフィッシャーマンセーターと呼ばれるのに汚れの目立つ白色なのでしょうか。元々は白のセーターというのは男の子が教会で着る晴れ着だったのでした。それが次第に大人サイズになったのです。そして、アランセーターは白という色を得たことで世界に普及したのです。理由は自明、白が一番編み柄が美しく映えるから。だから今でもアランの基本は白なのです。
 今年は新しいことよりも復刻の方が新鮮に映るみたいで、あちこちどこも「原点回帰」が目に付きます。それならアランセーターは負けません。久々に開催します、「アランセーターの世界」です。(弥)