【倶樂部余話】 No.300 祝・三百話  (2013.09.28)


 ついに迎えました、第三百話です。足かけ26年ですから、まあよく書いたもんです。毎月のハガキ通信に六百字ほどのエッセイ、内容はどうあれ、こうして続けてこられたこと自体はちょっと自慢してもいいかな、と感じています。
 八年前に第二百話を書いて以降、実は一番きつかったのが、二〇〇六年に禁煙をしたときで、二一一話からしばらくはとにかく筆が進まないし話がまとまらない、苦労しました。それ以来禁煙はちゃんと成功したのですが、いまだに百円菓子をつまみながらでないと書けないというおかしな癖が付いてしまいました。今もポリポリとビスケットを…。
 その二百話のときに皆様にお約束したのが、ネットにまだ載せていない第一話から百三十話までを公開して、全話通しで読めるようにします、ということでした。これを始めた頃はまだワープロ専用機でしたので、百三十の話題をもう一度キーボードで打ち直して、となると、古い写真を整理するのと同じで、懐かしくて遅々として進まず、で結局八年も掛かってしまいました。しかし二百話の当時にはなかったブログという便利なツールができていたのが幸いで、ようやくウェブ上での公開にこぎ着けました。20年も前に書いたモノですと、店の様子も時代背景も全く違うのですが、それなりに懐かしく楽しんでもらえると思います。どうぞご笑覧下さい。
 次の目標は四百話、いえいえそれは考えないことに。まずは第三百一話のネタを探さないと。(弥)  

【倶樂部余話】 No.299 だけどなフラノ  (2013.09.01)


 夏になると楽しみなラジオ番組が「夏休み子ども科学電話相談」です。子供たちの無邪気な反応も笑えますが、私はむしろ回答者の巧拙を面白がっています。その道の第一人者である科学者の面々がいかに平易な言葉で子供たちに分かるように話すか。本当に難しい。その中ですごい人だと感じさせるのが昆虫の矢島稔さん。番組発足から30年来の名物回答者ですが、その回答は、わかりやすさを超越して、哲学的な感動すら覚えます。科学が好きになってしまいます。
 難しく言うのはむしろたやすく、分かりやすく言うのは大変難しい。私の分野ですとその最たる例がスーツです。難しく語るならいくらでも言えますが、どう平易に訴えるかに腐心します。そして考えついた「プロ棋士たちの背広」と「奈津井さんのスーツ」、これがありがたいことに連続ヒットとなりました。さあ今シーズンはどうしよう、ネーミングのプレッシャーにちょっと困りました。やりたい生地自体はもうとっくに決まってるんです。「葛利毛織のsuper140’s梳毛フラノで杢の新色。経緯(たてよこ)64番手双糸をションヘルで織った逸品」、ってこれじゃ何のことだか、ですよね。
 このフラノ、葛利では長年定評のロングセラー生地ですが、実は英国製にもイタリア製にも引けを取らない、世界でも類を見ないフラノらしからぬフラノなのです。何と呼ぼうか、長考しましたが、結局ベタに「だけどなフラノ」と名付けました。ちょっと面白味がないかな。何が「だけど」なのかは別項でお話ししましょう。
 ともかく、さぁ9月。27回目の秋が始まります。(弥)

【倶樂部余話】 No.298 うなぎの気持ち (2013.07.22)


 きっかけは近所のうなぎ屋の貼り紙でした。「品薄のため土用丑の日は休業します」 えっ土用丑の日って、そもそも夏に客足の落ちるうなぎ屋の販売促進のために平賀源内が考えた江戸時代のアイデアじゃないの?大晦日のそば屋のごとく、そこはうなぎ屋の晴れ舞台の日のはず。なのに休業って、本末転倒じゃないか。なんだか気の毒というか皮肉なものだと思えてきたのです。
 気になって検索したら、丑の日に休むうなぎ屋は結構あって、それぞれいろんな理由を宣っていますが、要は、まっとうな商売にならないからということのようです。周知の通り、うなぎの不漁は深刻です。何しろ絶滅危惧種ですよ。実はそのすべての元凶が「土用丑の日」作戦が成功しすぎたことにあります。スーパーから牛丼チェーン、回転寿司までも参入して、七月下旬に照準を向け、世界中のうなぎをかき集めて廉価販売の競い合い、飽くことなき商業主義のなれの果て、がこの結果なのです。さて、私たちは一体どうしたらいいのでしょうか。
 平賀源内によって作為的に仕掛けられた需要のピークなのだから、再度作為的に変えてしまえばいい。どんなに宣伝されても夏に安いうなぎを食べないようにします。うなぎはハレの日の特別な食べ物として再認識し、本来の旬である秋冬の季節に、ちゃんとうなぎ専門店で小一時間待って何千円払って食するようにしましょう。誰かが平成の源内になって、セブンアイとイオンと吉野家に夏のうなぎの安売りを止めさせる。そうすりゃ日本中右へ倣えします。そして先駆けたところほど消費者の支持を得られるはずです。暴論でしょうか。でも流通業が引き起こした事態なのだから、流通業はその解決の一助にならなければいけないと思うのです。(弥)

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【倶樂部余話】 No.297 英なギリー米なサドル (2013.07.03)


 夏の当店は「靴を作ろう!」のキャンペーンを毎年実施しています。それに合わせて私も必ずこの時期に一足ずつ作ることにしています。今回は、流行とは関係なく私が特に思い入れを強く持っている二種類の靴についてお話しします。

 まずはサドルシューズ。No297saddle靴全体を馬に見立てると、甲部分に鞍(くら=サドル)を被せたような切り替えのある靴です。プレーントゥの亜流とも考えられますが、このデザインがツートンに色分けがしやすいことからコンビの靴に採用されることが多く、アイビーやプレッピーなどアメリカのキャンパスルックの印象が強い靴です。私は三足のサドルを所有していましたが、やはり二足がコンビものです。今はとてもアメリカンなイメージのあるサドルですが、もともとのデザインは内羽根靴のひとつとして英国から来ているものですので、昨年作った四足目のサドルは、例えばもしロンドンのジョージ・クレバリーにサドルをビスポークしたら、という仮想で、思いっ切り英国的でドレッシーなサドルシューズを作ってみたのです。

 今年、現在制作中なのがギリーシューズです。No297gillie
あまり名前も知られていない程のマイナーな靴ですが、これこそ英国スコットランドの伝統的民族靴で、よく絵はがきやガイドブックで見掛けるような、タータンチェックのキルトスカートを履いてバグパイプを吹いてたりスコティッシュダンスを踊ってたりする、ああいう場面で履いている靴がギリーシューズです。ウイングチップ(フルブローグ)の原型と考えられていて、自転車のチェーンのような甲部分のデザインが特徴的です。私の一足目は15年程前に当店が英グレンソンに別注を掛けたモノ、二足目は5年前にグラスゴーのメンズショップで本来ダンス用のレンタル専用品を無理に頼んで買い取ったモノです。(重たくてしかもカカトの音がうるさくて、ほとんど履いてませんが)今回の三足目はもちろん宮城興業に頼んでいますが、既存の選択肢にはないものなので、特注品扱いで型紙からわざわざ起こしてもらっています。まもなく仕上がる見込みです。

 当店での夏の靴のキャンペーンは、夏枯れする服の売上げを補うためのこっち側の勝手な事情なのですが、毎年夏に一足ずつ靴を作る、これは結構いい習慣付けじゃないか、と思っています。 (弥)
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【倶樂部余話】 No.296 「あまちゃん」まつり? (2013.06.13)


 今月のイベントは「あま」です。といっても「あまちゃん」の海女じゃなくて、「亜麻色の髪の乙女」の亜麻です。ナチュラルな清涼感や清潔感がウリの素材です。
 麻フェアじゃいけないの?いや麻にもいろいろありまして、珈琲豆袋のジュート麻、ロープのサイザル麻、帽子のマニラ麻、和紙の原料のコウゾ・ミツマタ、琉球の芭蕉布、国内栽培厳禁の大麻(ヘンプ、マリファナ)、シュロもバナナもみんな麻です。衣料品の麻という表示はリネン(亜麻)とラミー(苧麻)だけに限られますが、ラミーは温暖なアジアが産地でかつては裃(かみしも)などにも使われたやや堅めでシャリッとした手触りのもので、寒冷地で採れるリネンとは別物です。つまり麻=リネンではなくてリネンは麻の一種です。
 じゃリネン特集でいいじゃん?ところが、ややこしいことにリネンには別の意味もありまして、テーブルクロスやシーツ、布巾などインテリアファブリックもリネンと呼ばれます。これらが古くは亜麻製であったことから派生して拡大された意味なのですが、リネン特集というとインテリア生地のイベントと誤解されそうです。
 ということで麻ともリネンとも呼ばずに「亜麻」なのです。ま、ちょっと朝ドラにあやかろう、っていう気持ちがまったくないわけじゃないですが、ね。(弥)

【倶樂部余話】 No.295 だけどな店 (2013.05.20)


 ウィスキーはブレンデッドよりもシングルモルト、コーヒーでもブレンドよりはストレート、というのが従来の評価。合わせ技よりも一本槍、の方がとかくもてはやされていました。団子しかない店、とんこつ一筋、靴下屋とかシャツだけの店とか、言うなれば「だけの店」です。
 でも近頃ちょっと逆の人気になってきてないか、と感じています。例えばこんな店、ありますよね。蕎麦屋だけどラーメンが評判の店とかトンカツの出てくる鮨屋とか。果物屋でホットケーキだって考えてみたら妙な組み合わせですよ。ドラマでは蕎麦のうまいバーが登場してますし、○○だけど××な飲食店を街歩き探訪する「だけど食堂」なんていう番組もあります。
 さて当店。店名は背広一本槍の「だけの店」のようですが、お客様が持っている印象はきっと「だけどな店」ですね。その「だけど」も人によって様々なんでしょう。背広屋だけど看板商品はセーター、オーダー屋だけど品揃えもある、メンズ屋だけどレディスあり、洋服屋だけど食器も売る、英国を謳ってながらアイルランドびいき、ファッションなのにDMは文字ばっかり、他にもあるのかな。ともかく「組み合わせの妙」というのが楽しみになっていることは間違いないでしょう。
 ところで、近頃ランチで気に入ってるのは、ラーメン屋で食べる揚げたてのかき揚げ天丼。これ、美味なんです。(弥)

【倶樂部余話】 No.294 マトリョーシカ人形 (2013.04.25)


 マトリョーシカ人形ってご存知ですよね。こけしのような女性の人形がだんだん小さくなっていくつも入れ子構造で重なるように収納されている、ロシアの土産物です。
 「マトリョーシカちゃん」という絵本があって、娘たちがまだ幼い頃かなりのお気に入りだったことを思い出します。
 さて、ひとつの型紙を元にしてサイズ違いの型紙を作っていくことをグレーディングと言いますが、このグレーディングをしたボディをサイズ違いで重ねるとあたかもマトリョーシカ人形のようになります。シャツやカットソーなどはほとんどきれいな同心円状に入れ子になりますが、スーツやジャケットとなると必ずしもそうはなりません。お分かりでしょう、人間の体型の変化って、そんなに都合良く拡大縮小コピーのように均一に変わってくれるわけではないのです。お腹は出ても背中は太りませんよね。また太っている人と痩せている人ではゆとり量も違います。意外に思われるかもしれませんが、太っている人ほどゆとり量は少なくしないといけないのです。
 このグレーディングの巧拙が一番顕著に現れるのがトラウザーズ(スラックス)でしょう。へたな典型はウエストが大きくなると太腿までブカブカになってしまう、というもの。巧いところになると、サイズが大きくなると型紙はだんだんいびつな「じょうご(ろうと)」のようなシルエットに変化してきて、サイズ違いを重ねてもキチンとマトリョーシカにはならない。悔しいかな、この点が欧州の製品は大変長けていると感じます。グレーディングというと普通は基本サイズからどんどん大きくしていくものなのですが、恐らく欧州の製品はかなり大きなサイズを基本にしてそこから小さくグレーディングしていく、という、日本と逆のやり方を取っているのではないかなと思うのです。
 今回トラウザーズを愛でる特集を迎えることになって、つらつらとそんなことを考えました。(弥)

【倶樂部余話】 No.293  奈津井さんのスーツ (2013.03.22)


 汚職で捕まった代議士の様に見えてはいけないのが、ネクタイなしでスーツを着る、というスタイル。本当は相当に難度の高い着こなしなのですが、震災以降の半強制的なクールビズの流れにあっては避けて通ることはできません。そこで某地方銀行勤務の奈津井さん(仮名・35才)に、どんなスーツなら作ってみたい?とヒアリングすることにしました。
 「上下揃いで着ることもあれば上だけや下だけのバラでも着たい。タイは付けない時の方が多いですが、でも締めることもあります。下の方が早く傷むので、のちのち上だけでも使えるデザインで。肩パットはなくていいです。邪道でしょうが、半袖のシャツでもいいように腕がベト付かないサラッとした袖裏地に。着丈短め衿幅細めですけど、行き過ぎないで程良く…、銀行員なので。」
 「生地はですね、色が黒か紺で、無地っぽいけど無地じゃない。光沢のあるのはノーです。通気性は最重要ですが、でも透けちゃダメ。シワにならないポリ混で、それでいてふんわり柔らかいいい生地ってあるんでしょうか。予算は六万五千円で上げてもらいたいんですが…。」
 はい、承知しました。すべてお望みをかなえましょう、とまず見本を一着作ってみました。で、せっかくここまで考えたのだから、この「奈津井さんのスーツ」、他の方にも薦めることにします。三種の生地に絞って十着限りで用意しました。ぜひ見に来て下さい。(弥)

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【倶樂部余話】 No.292 アラン諸島で再び考えた(2013.02.21)


 13年振り4回目、と言うと甲子園出場みたいですが、これが私のアラン諸島訪問歴です。毎年のように20回近くもアイルランドへ通っている私にしてもこういう訪問歴ですから、やはりアラン諸島は未だに辺境に属する場所ではあります。但しかなり便利で手近な辺境になってきてはいますが。 アランセーターの本を書き上げて10年、当時私が予想した将来像は果たして正しかったのか。ダブリンで会う人会う人「あの島はこの10年でものすごく変わったよ」と聞くかと思うと「いやいやちっとも変わっちゃいないさ」と言う人もいます。一体何が変わって何が変わっていないのか、短い滞在の中でツテを辿ってできるだけ多くの島の家族を訪ね、話を聞いてきました。
 何しろ夏がものすごく変わったらしいのです。ツーリストでごった返す夏の観光業だけで通年の生活が賄えているようです。反面、冬はほとんど昔と変わらないみたいです。港が新しくなり新築の家も増えました。でも特徴的な石積みの仕切り壁が続く道の風景はたいして変わりがありません。石を一切動かしてはならぬとの景観保護のお達しがお上からあるんだとか。
 アイルランドの経済状況が悪く、どうせ不景気なら都会にいないで故郷に帰って親の面倒をみようか、ということなのでしょう、このところこの島々にもUターンする地元出身者が目立つようになり、それに伴い子供の数が増えてます。幼稚園の園児数、今年5人で来年は10人、と倍になります。そして島の小学校では編み物と楽器の演奏は必修科目です。島の未来は明るいです。 しかしアランセーターを編む人は減る一方。割りの悪い内職仕事の編み物に骨のきしむような思いをせずとも生活が成り立つようになったのです。寂しい気持ちにもなりますが、それはひとときの旅人としてのわがままな感想に違いありません。島が近代化され豊かになっていくことは島の人たちにとっての幸福なのですから、それを妨げるような思いを抱いてはいけないでしょう。
 まさかこんな世界の果てのような小さな島々に幾度も来ることになろうとは。訪れるごとにいつしか私の視点は旅人の目なのか島民の目なのか、自分でも分からなくなってきたようなのでした。(弥)

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【倶樂部余話】 No.290 師走に思う雑感 (2012.12.24)


★衆院選自民党圧勝。「政権交代とあんまり言うので、どうせ短命だろうからちょっとだけ、のつもりが、まさかあんな素人集団で三年もやり続けるとは。しまったな」と思っていた人たちは、きっと今また「しまった。こんなに大勝させるつもりじゃなかったのに」と感じているはず。得票比率こそが民意のバランスだと思うのだが、大半が死票になって民意が反映されない議席配分というのは、何かおかしいんじゃないだろうか。
★新都知事に猪瀬直樹氏。彼の「ミカドの肖像」を読んだのは1987年、私が三十歳の時で、多方向からの事実を絡め合わせてひとつのストーリーを紡いでいくノンフィクション文学の醍醐味を味わったのがこの作品でした。その八年後私がアランセーターの本を書こうと思いたったとき、おこがましくも(「ミカドの肖像」みたいなノンフィクションが書けたらいいなぁ)と目標にしました。当然その内容は「ミカド…」の足元にも及ばない拙い出来でしたが、私にとって猪瀬氏はある意味、ひとつのきっかけをくれた恩人であるのです。まあ勝手に私がそう思ってるだけですが。
★その拙著は、アランセーターの伝説なんてうそっぱちなんです、と暴露している本では決してないのです。伝説を信じられる心、科学で証明できない何かの存在を信じたい気持ち、そんなものが印象に残せればと願いました。この三ヶ月間のドラマ「ゴーイング・マイホーム」を観て、そんなアイルランドのことを思い出しました。
★この一年間のご愛顧に感謝します。皆様に、メリー・クリスマス。そして良いお年をお迎え下さい。(弥)