【倶樂部余話】 No.292 アラン諸島で再び考えた(2013.02.21)


 13年振り4回目、と言うと甲子園出場みたいですが、これが私のアラン諸島訪問歴です。毎年のように20回近くもアイルランドへ通っている私にしてもこういう訪問歴ですから、やはりアラン諸島は未だに辺境に属する場所ではあります。但しかなり便利で手近な辺境になってきてはいますが。 アランセーターの本を書き上げて10年、当時私が予想した将来像は果たして正しかったのか。ダブリンで会う人会う人「あの島はこの10年でものすごく変わったよ」と聞くかと思うと「いやいやちっとも変わっちゃいないさ」と言う人もいます。一体何が変わって何が変わっていないのか、短い滞在の中でツテを辿ってできるだけ多くの島の家族を訪ね、話を聞いてきました。
 何しろ夏がものすごく変わったらしいのです。ツーリストでごった返す夏の観光業だけで通年の生活が賄えているようです。反面、冬はほとんど昔と変わらないみたいです。港が新しくなり新築の家も増えました。でも特徴的な石積みの仕切り壁が続く道の風景はたいして変わりがありません。石を一切動かしてはならぬとの景観保護のお達しがお上からあるんだとか。
 アイルランドの経済状況が悪く、どうせ不景気なら都会にいないで故郷に帰って親の面倒をみようか、ということなのでしょう、このところこの島々にもUターンする地元出身者が目立つようになり、それに伴い子供の数が増えてます。幼稚園の園児数、今年5人で来年は10人、と倍になります。そして島の小学校では編み物と楽器の演奏は必修科目です。島の未来は明るいです。 しかしアランセーターを編む人は減る一方。割りの悪い内職仕事の編み物に骨のきしむような思いをせずとも生活が成り立つようになったのです。寂しい気持ちにもなりますが、それはひとときの旅人としてのわがままな感想に違いありません。島が近代化され豊かになっていくことは島の人たちにとっての幸福なのですから、それを妨げるような思いを抱いてはいけないでしょう。
 まさかこんな世界の果てのような小さな島々に幾度も来ることになろうとは。訪れるごとにいつしか私の視点は旅人の目なのか島民の目なのか、自分でも分からなくなってきたようなのでした。(弥)

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