倶樂部余話【349】 還暦に思うこと (2017年11月1日)


ご記憶の顧客も少なくなっているかもしれませんが、開店当初は時々カクテルパーティというのを企画していました。27年前の12月に開催した第4回カクテルパーティはちょっと趣が変わっていて、その最後の20分を父の還暦祝いに充てました。そしてその時は誰にも言えなかったのですが、父より三つ若い母は当時すでに余命の限られた身体でしたので、3年早いけど母の還暦祝いも一緒にしてやろう、という隠れた思いも込めました。映画カサブランカを模したカフェでタキシード姿の顧客たちに囲まれて微笑む父母の姿は今も忘れられません。

そして、母の歳を超え、父を見送り、私、まもなく還暦。なんですが、なんだか予感していたのとは感覚が違うのですね。つまり、27年前の両親にしても、12年前の恩師にしても、5年前の先輩たちにしても、老齢者という柵の向こう側へ送り渡したような気でいたのですが、いざ自分がそうなってみると、老、という文字に釈然としないのです。まだまた若いぞというありきたりの意味ではなくて、こんな未熟な人間のままで老齢者の仲間入りをするとは、なんて恥ずかしいんだろう、という感覚です。柵の向こうでやっていけるだけの自信がありません。

しかし還暦という言い方はうまいもんだと思います。十干十二支(干支)60年という長いトラックをようやく一周走り終えます。だから走り方を変えるなら二周目に入る今なんだろうな、そういう決断をする頃合いなのかもしれない、という思いに苛まれているこの頃です。(弥)
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倶樂部余話【348】日本アイルランド外交樹立60周年(2017年10月1日)


日愛外交樹立60周年
当店にはいろんな顔がありますが、その一つがアイルランドのアランセーターであることは自他ともに認めるところでしょう。この国と関わる最初のきっかけはこの店の開店を秋に控えていた年の正月でしたからちょうど30年ということになります。そして今年は日本とアイルランドの外交樹立60周年だというのです。つまり1957年、偶然ですが私の生まれた年でして、はい、還暦です。

アイルランドが英国から分離独立をしたのは1922年ですから国交自体はそれ以前からあったようですが、それまでは英国大使館内で兼務していたものを互いの地に大使館を置くことになってから60年ということで、今年一年間は東京のアイルランド大使館とダブリンの日本大使館が一緒になって日愛両国で様々な記念行事が企画されています。急遽参加を決めた今月開催の浅草・ケルト市もその一つです。

さらにもう一つの偶然がありまして、今の駐愛日本大使が私の高校の隣のクラスの女性であったのです。我が母校は神奈川県でも屈指の進学校なので東大からキャリア官僚になる者も決して珍しくはないのですが、世界約200か国の中でよりによって私と一番近しい国の大使が同期生とは驚きました。高校生当時の面識はなくともそこは同窓、共通の友人を介してメールのやり取りが始まりました。

ということで私もなにか60周年記念を、と思うのですが、今からでは事業申請も間に合いませんので、勝手に考えてアランセーターの紹介強化をすることにいたしました。まずはアランセーターをご所望の方にはご希望に応じて、拙著(CD本)またはアランの古い映像のDVDを付録に付けましょう。リアクションの予想がつかないのでとりあえず10月限りとします。日愛外交樹立60周年未公認事業、題して、ファースト・アラン・コンタクト、始めます。(弥)

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アランセーターのサイトはこちらからリンクしています。
(俱樂部余話のサイトを離れます)

 

倶樂部余話【347】三十年目の秋です(2017年9月1日)


六月に被災地を回った出張には実はもう一つ今まで内緒にしていた訪問地がありました。栃木県大田原市の紳士服工場「ナス夢工房」。おびただしい数の仕付け糸、これでもかとしつこいぐらいの中間プレス…、聞きしに勝る素晴らしい工場で、ここに開店30周年記念のジャケットの縫製をお願いしたくて訪れたのでした。生地は既に決まっていて、葛利毛織に廃番になったかつての名品を無理に一反だけ復刻生産で織ってもらっています。このベストな生地をベストなファクトリーで縫う、の交渉が成功したのでここにようやくお知らせすることができたわけです。30周年メモリアルのベストな紺ジャケ、限定30着、いよいよ実現の運びとなりました。同時に従来からこの工場を使っていたファクトリエの協力も仰ぎ、期間限定ながらナス夢工房製のスーツも扱うことになりました。

あ、紺ジャケと言えば別の意味でこれまた最高の紺ジャケも入荷。こちらもファクトリエが縁で懇意になった和歌山の丸和ニットから世界でここだけのバランサーキュラーのすごいニットジャケット、従前品を改良した最高のトラベルジャケットです。

40周年はさすがにもうないかも…、とすればあとは一年ずつ…、だ。特別な思いで迎える30年目の秋、始まります。(弥)

倶樂部余話【346】サステナブルとは(2017年8月1日)


テニスをやった翌日は前腕が痛くてマウスが持てない。ひどいときは箸を持つのもつらくなってきました。長年の力任せのフォームが原因なのは明らかで、湿布薬を貼れば何とかなるかと思いきや、一向に痛みが引きません。このままでは、仕事にも支障が出るし、何しろ大好きなテニスが続けられなくなってしまいます。

かくなる上は、前腕の筋肉に負担が掛からないようにグリップとスイングを変えるしか手はない、とフォームの改造に取り組みました。しかし運動神経の鈍い私にそれはそんなに簡単なことじゃなくて、四十年以上身体に染みついた打ち方を変えれば、球速は出ないし、ボールコントロールは無茶苦茶、もう一打一打に怒りがこみあげてきて、いっそ元に戻しちゃおうかとやけを起こしそうになりますが、いやいやそれは玉砕というもの、とにかくこれから何年もずっとテニスを続けたいならこうするしかないんだよ、と自分に言い聞かせます。

不思議なことに、本人はフォーム改造に四苦八苦しているのに、周囲は私を褒めます。曰く、力の抜けたいいスイングになってきた、と。皮肉なもんです。さらに思わぬ副次効果も。ラケットがぶれなくなった分、今度はサーブやボレーが安定してきたのです。なんか違う境地に入った気がしてきました。

で、ふと思ったんです。これこそまさにサステナブル(sustainable)ってことなんじゃないか、と。持続可能、と訳される、近頃環境分野で頻出するキーワードですが、正直よく意味が分かってませんでした。性能や価格や競争力も大事だけどそれよりも持続可能かどうかを重視しよう、ということならばなんとなく理解できます。そうか、品選びも売場作りもサステナブルを意識しようということか。フォーム改造のようにね。

かくして私、サステナブルなテニスを目指して、悪戦苦闘の日々であります。(弥)

倶樂部余話【345】被災地を観光する(2017年7月1日)


被災地へ。日本人としてそこで何が起こったのかを現地へ赴き知っておかなければ、とこの六年間ずっと願っていました。ようやく山形出張がらみでその機会が訪れ、朝の何時間だけですが、石巻と女川へ行ってきました。ここでその感想を書くつもりでしたがこれが意外に難しい。というのも、ふつう旅行記は、楽しかった面白かったおいしかった、と書いていきますが、被災地観光はそれとは趣旨が違います。そもそもこれを観光と呼んでもいいものなんでしょうか。
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震災前とその直後の様子の画像を事前に幾度も観て脳裏に焼き付け、それと眼前の景色の3つの光景を頭の中で重ね合わせながらその土地を実際に歩きます。道中、三人の人とゆっくり話をしました。まず乗客が私だけという空っぽの石巻発女川行き路線バスの運転手さん。沿線を事細かにガイドしてくれました。降車して向ったのは津波の最先端が襲った谷あいの集落。海も見えないほど奥まったところです。そこからは海側に向かって思いっきりかさ上げされた茶色い造成地がだだっ広く延々と続きそこにトラックが何台も行き交っています。ギリギリのところで流されずに済んだ民家で洗濯物を干していたおばちゃんからは、生死の境目が目の前にあったことを聞きました。石巻の日和山公園で隣に立っていたおじさんは眼下にあった自宅を失った方でした。「津波てんでんこ」がどれほどに大切な言い伝えなのか、教わりました。
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三人ともから「来てくれてありがとう」と言われました。そうか行くことだけでも感謝されるんだ、ならば「被災地観光」は不遜なことではないんだね、行ってよかった、そして誰もが一度は必ず行くべき観光地だ、と感じた、「いい旅」でした。(弥)

倶樂部余話【344】応援したくなる値上げとは(2017年6月1日)


日本から外国にハガキを出すと世界中どこへでも60円(船便)です(航空便は70円)。また香港から日本へは航空便一通約53円です。ところが日本国内はこの6月から一枚52円から62円に上がります。海外と国内の料金が逆転しました。なにしろデフレで喘いでいるこのご時世に19%も値上げとはふざけた話です。近頃のハガキ通信の大半は法人需要なはずですから、値上げしなくてもあの特殊な糊で三重にも四重にも貼り合わせた、DMや請求書などの「脱法」ハガキを規制すれば事足りると私は思うのですが、そこは野放しにしたまま、しかも年賀状だけは据置など不可解な例外を設け、旅先からの思い出の絵ハガキなど個人のささやかな楽しみからも搾取するなど、もう弱い者いじめの狙い撃ちです。

悔しいかな、それでも抵抗できないのはこれが独占事業ゆえですが、この郵政事業の規制に長年果敢に挑み続け、世界でも類を見ない宅急便のシステムを創造してきたのがヤマト運輸です。今回そのヤマト運輸も10月から値上げをします。増えすぎた荷物に対処しきれないことが理由ですし、値上げするにあたりプレス発表や広告などで最大限に利用者への配慮をしていることが素人にもよく分かりますから、こちらについては怒りの声はなく、逆に、日本郵便にもアマゾンにも負けるんじゃないぞ、頑張れヤマト、の応援の世論が醸されています。値上げさえ応援したくなる会社なんてそうそうありません。すごいことです。(それに引きかえ、ヤマトの値上げに乗じて、うちも一緒に上げちゃおう、と追随する他の宅配便業者の情けないことと言ったらありません)

と、ここまで書いたところで困った知らせが入りました。主力のスーツ工場から「工賃を7月から値上げしたい」との要請です。21年間も据え置きだったのである程度やむを得ないだろうとは思っていますが、それにしても1万円以上の値上げを余儀なくされることになります。さあ、果たしてこの値上げ、そっぽを向かれるのか、応援してもらえるのか、30年やってきたこの店の真価が問われているような気がして、実は今とってもびくびくしています。(弥)

倶樂部余話【343】ずっと続けるって言ったのに…(2017年5月1日)


客「こないだ作ったアレに合わせて…」  店「こないだ、っていつ頃?」 客「二、三年前かな…」。 って、調べてみると実は八年前…。この時間感覚のズレはある程度仕方のないことで、店はお渡しした時点でその商品から手を離れますが、客はそれを手元で使っているうちは時の経過がとてもゆっくりになるものなのです。ついちょっと前、が、十年前だったりすることもざらで、それだけ愛着を持って使い続けてくれた証拠なんですから、ありがたい誤解です。

このように、買う側の人の時間感覚は売る側が考えているよりも案外とても長くて、売る側は毎年毎年どうしようかと刹那的に一年単位で品ぞろえを考えてしまうのに対し、お客様の方は、来年これ買おう、再来年はこれで、あれは三年後にして、と複数年の購買計画を組むのを楽しみにしている人も思いのほかいらっしゃいます。

そんなことの中から申し訳ない事態が生まれます。いつまでもあると思われている商品がなくなることです。定番として長く続けますから、という仕入れ先の言葉を信じて扱い始めたのに、たった一年で廃番になったり、急に取引条件が厳しくなって仕入れができなくなったり。「ずっと続けるというから買うのは一年待ったのに、だったら去年無理してでも買っとけばよかったよ」などと言われると、約束を守れずウソついたことになっちゃってごめん、というすまない気持ちになります。

この事態は、モノ溢れと徹底的なコストダウン傾向の昨今、以前よりもますます顕著になっている気がします。なので月並みですが「来年あるかどうかわかんないからモノがあるうちに買っといて」というほかありません。決して押し売りをするつもりはないのですが、後の祭りになってしまっては元も子もないのです。

総理大臣は衆院解散だけはウソをついても許されると言われています。私にも継続定番の廃止にはそんな特権がもらえないものかと思います。(弥)

倶樂部余話【342】服飾を学問のように語る人(2017年4月1日)


この倶樂部余話の第一回は29年前の1988年9月。開店一周年企画として出来合いのDM裏面の余白にプリントごっこで印刷した簡素なものでしたが、実をいうと楷書草書云々の文章の内容も天声人語風のその体裁もあるところのパクリでありました。その元ネタこそグレンオーヴァーであり、そこの大ボスが赤峰幸生さんでした。当時の当社にとってグレンオーヴァー=赤峰さんは、主力仕入れ先という実務面ももちろん精神的にも柱になっていた存在で、彼ほどに紳士服飾を学問のように語れる人を私はいまだに知りません。何度か参加した赤峰教室、懐かしいです。

亡くなった父は彼がまだ20代のころからその力を大層評価していて、私もずっとこのハガキを送り続けてきましたから、かれこれ当社とは50年近くの付き合いになりますが、昨年の5月突然に電話がありました。私の手術入院をご心配いただいた見舞いの電話でしたが「実はね、グレンオーヴァーを復活させる計画があるんだよ」との話。20数年前に経営の蹉跌から消えたブランドですが、それが復活するとは、うれしい話でした。その話から一年が経ちようやく商品の姿となり、先々週には東京で久々に赤峰節の学問的レクチャーを直接受けてきました。(還暦なんてまだまだひよっこだぁ、とはっぱ掛けられました) そしてコートやジャケット数点が店に届いたのです。

今どきノスタルジーだけではモノはなかなか売れませんし、過去の成功ブランドの復活が必ずしもうまくいく例ばかりではないことは重々知っています。決して楽観はしていませんが、当社の古くからの顧客にとってもこいつは面白い話だろうと、ここでお知らせせずにはいられなかったのです。(弥)

俱樂部余話【1】


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新生グレンオーヴァーのHPはこちら。
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商品紹介記事はこちら

倶樂部余話【341】季節感を否定してみるという発想は?(2017年3月1日)


 石頭にならないためにたまには常識を見直してみることも大切です。
例えば季節感。この商売ではことのほか季節感を強調することが肝要と言われます。この季節にはこれを着ましょう、という提案ですね。ところが売場で演出する季節感と実生活で感じる季節感にはズレがあるなぁ、と日頃から感じるのです。大ざっばに言うと、すなわち、春は思ったよりも寒い、夏は思いのほか暑い、秋もまだまだ暑い、冬はなかなか暖かい、と常にずれている様な感覚があります。「この季節にはこれ、って売る側はそう言うけどさ、そう言われても実際の気候がこれじゃあね、……」というセリフを一年中顧客から聞いているような気がするのです。

 ならば逆に、季節感を否定してみる、という発想もアリなのかもしれません。季節感の演出は最低限にとどめ、反対に、春秋だけでなく、夏も冬も一年中使えますよ、という品揃えを強調してみる、という店があってもいいのかなぁ、と漠然と考えました。それで売場がつまらなくなってしまったら意味はないですが、その発想でも楽しい売り場が作れて、売り上げが取れればそれを肯定されることもあり得るだろうと。

 いつも三月は売場づくりに腐心するのですが、この発想が反感を買うのか、共感をもらえるのか、不安の中で今年は店を作ってみようと思うのです。(弥)

倶樂部余話【340】年下の男の子が止まらない(2017年2月1日)


 困りました。毎年この時期の当話は海外出張報告の類なのですが、わざわざ書くような面白いネタが見つかりません。起きたトラブルと言えばブルーモスクで右の手袋を落としたことぐらいで、あまりにすべてが順調すぎて、最後に荷物が出てこない、なんて言う大どんでん返しがあるんじゃないかと怖くなったくらいです。
ブルーモスク
行きの長すぎる乗り継ぎ時間を利用して早朝のイスタンブールの街を散策。ホントにここはいい街ですよ。でも戒厳令の出ている国、テロに遭ったらそれまで。さすがに今回だけは補償無制限の旅行保険を掛けました。街は思ったほどの物々しい警戒もなく、逆にこのユルさじゃいつどこでテロが起きても不思議はないですね。
Ballsbridge
2泊3日のダブリンはほとんど展示会場に缶詰め。一晩だけお気に入りのパブで生演奏を聴けたのがせめてもの息抜きでした。アイルランドの一番の敵対相手は英国、そして最大の仲良しは米国。なので、会う人会う人話す中身は、ブレクジットとトランプ・ショック、こればっかり。さながらこの二つの事柄のアンケート調査に日本からやってきたという感覚でした。

 いつものようにニコラス・モスのサンプルを割らないように慎重に抱えて帰国したのですが、ブルーモスク以来「年下の男の子」がずっと頭の中で止まらない。片方なくした手袋…。(弥)