倶樂部余話【339】探してます、人の死なないミステリー。(2016年12月24日)


英国やアイルランドに興味が深いと、じゃファンタジーもお好きでしょ、とよく言われるのですが、私はファンタジーが大の苦手。「千年が経ち、一人は石になり、もう一人は木になりました」と一行で片付けられるこの大変化に私の想像力はついていけないのです。

全く多読家ではないのですが、それでも読む小説はミステリーが多いです。で、何年か前に「十数時間の長いフライトの中で読むのに適した本は何かないか」と図書館をうろうろしていたところ、見つけたのが、いわゆるアンソロジーとかオムニバスとか呼ばれる、当代人気作家たちによるミステリーの短編集でして、何しろ数ページ読んで合わないと思ったらどんどん次に移れるのでとても気楽です。年末のこの時期はそういうアンソロジーの新刊がよく出るので、この数年買ったり借りたりして読んでいます。
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ミステリーにも好みがありまして、とにかく人がどんどん死んでいくのがダメです。だって現実にはそんなに次々と人は死んだりしないでしょ。ストーリーの中盤以降に重要人物が口封じのためにあっけなく殺されたり、第二第三の殺人から墓穴を掘って犯人が浮かんだり、そういう見え透いた展開は興ざめなんです。死ぬ人はできるだけ少ない方がいい、最初の一人は仕方ないとしても、できることなら、一人も死なない、というのが理想です。はい、そうなんです、実はずっと追い求めているんです、人が一人も死なないミステリーの傑作。どなたがご存じでしたら教えて欲しいんですよね。

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神の御子イエス・キリストの生誕をともに祝います。
すなわち、メリー・クリスマス。(弥)

倶樂部余話【338】ショップのショールーミング化が進化する(2016年12月1日)


国内50近くのアパレルなどのファクトリーを一つのブランドで串刺しし、高品質な定番アイテムの集積をネット販売する、というのが、ファクトリエです。4年ほど前の立ち上げ時から、目の付け所はなかなかいいぞ、と感じていました。しかも商品をチョイスするストライクゾーンが私の選択眼と割と近いので、こういうモノが自分でも仕入れられたら面白いんだろうけどまあ難しいだろうし、もしかしたらこういったところが将来のライバルになってくるのかもしれないなぁ、と漠然と思っていたのでした。

そんな矢先、10月のとある日、そのファクトリエからコンタクトが。「いま各県ごとにフィッティングサンプルを置いて対応するエリアパートナー店を募っているのですが御店で静岡県を担当しませんか」という誘い。あれれ、ライバルからパートナーに大転換です。面白いじゃないか、と急いで先方へ伺ってほとんどの商品をチェックした上で、この話に乗ってみることにしました。

単に新規ブランドを導入するのと大きく違う点が二つ。まず、自分が仕込んだのではないものを売るということ。ただこれは先述のように選択眼が近いので意外に抵抗がないのです。もう一つは、店にあるのはサンプルで、実際の売買は店頭のiPadでネット決済して後日配送する、という形態をとるということ。店ではモノを見るだけで買うのはネット、という「ショップのショールーミング化」が近頃顕在化してきていますが、それを逆手に取るというか、積極的に肯定します。いわば究極のお取り寄せ形態であって、今は珍しくても、将来は当たり前になる時代が来るんじゃないかと感じています。

シーズン途中からのスタートなので、品揃えがまだまだ不完全ですが、そろそろと12月から、新しいこと、始めます。(弥)

ファクトリエ–世界に誇るMade in Japan

倶樂部余話【337】ハロウィンにあたって(2016年10月31日)


ハロウィン。元来は古代ケルトの風習で、死者の霊を呼び覚ます、いわば「お盆」のような祝祭です。

さて、日本人の八割は子供なんだそうです。両親ともに見送った私は二割の少数派の方に属しますが、間もなくもっと少数派になりそうな事態を迎えることになります。同じ酉年で二回り違いの母は24年前からずっと58歳のままなのですが、もうすぐ私はそれを上回るのです。親の歳を超える。ここから先の道にはもう母の轍(わだち)はないのだなぁ、と思うと、ちょっとさみしいような怖いような、妙に不思議な気持になります。

自分の母親はこんな歳で逝ったのか、さぞや悔しかったろうなぁ、なんて思っていたら、ショックなことが起きました。ある人からレジェンドと呼ばれたのです。えっ、レジェンドって、普通ならとっくに引退してもいい歳なのに第一線で現役を張り続けている人、って意味だと思うんですけどね。敬称の様なので多分褒められたんでしょうけれど、スポーツ選手ならいざ知らず、50代でレジェンドってそりゃないだろう、と思いませんか。ミュージシャンや俳優にはバリバリの80代だってたくさんいるじゃないですか。確かに私だって販売担当者としては上から数えたほうが早くはなりましたけど、まだまだ…。ええぃ、父の歳を超えるまであと23年、そうなったら晴れてレジェンドと堂々呼ばれてあげましょうとも。(弥)

倶樂部余話【336】ノーラさんの息子が亡くなると…(2016年10月1日)


「ノーラの長男が急死したのよ」とアイルランドのアンからメールが。それは一大事です。どう一大事かというと、ノーラおばさんは当社のために毎年十数枚のアランセーターを編んでもらっている大切な編み手なんです。今年もすでに数枚が届いていますが、残りの分がなかなか届かないので催促のメールを入れまして、その返信が冒頭の知らせでした。「残りは彼女の気分が良くなってから引き取りに行ってくるから、そしたら送るわね」とアンが書き添えています。ああ、待ってる人も結構いるのに困ったなぁ、しかし無理を承知で頼んでいるセーターです、待つよりほか仕方ありません。

そんな時シェットランド島のピーターからもメール。「今年は熟練の編み手がみんな引退しちゃって、作業が全然はかどらないよ」との言い訳です。

多分他人からはよくそんなんで商売になりますね、と言われることでしょう。確かに全くビジネスライクではないです。仕上がってくる品物にもばらつきがありますから、売るのだってひと苦労です。

でも、だから愛おしい、だから魅力がある、だからやめられない。しかし一人の編み手の子供が亡くなっただけで急に当てが外れてしまう、そんな脆弱な基盤の上でかろうじて成り立っている、というのもこれまた事実。こりゃもう意地というか信念というか、はい、ビジネスを超越した心持ちであります。(弥)
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倶樂部余話【335】スーツ生誕350周年(2016年9月1日)


スーツにも誕生日があるらしい。服飾史家の中野香織さんによるとそれは1666年10月7日。つまり今年は350周年です。400年には生きてないので、ここは盛大にお祝いしましょうよ、と中野さんは呼び掛けています(註1)。中野さんにはかつてそのエッセイの中でアランセーターの話題で拙著をご紹介いただいた(註2)という恩義がありますので、ここは微力ながら一役買いたいと思う所存。

時の英国王はチャールズ2世。クロムウェルの独裁の後に王位に就き、数多くの愛人を持つ艶福家として知られた国王ですが、紳士服の歴史では大きな役割を果たしてくれていたのです。ペストやロンドン大火などの災いを一新し、また倹約のために、とこの日に男性宮廷服の改革宣言を発したのです。それまでは男性も女性のようにリボンやレースのフリフリを多用したダボついた格好をしていたのですが、ここから、上着(コート)+ベスト+下衣+シャツ+タイ、という五つの組み合わせの服装が誕生したのです。
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と言っても、当時の絵図を見ると、上着の丈はうんと長く、下半身は半ズボン。長髪のカツラにハイヒール、と、現代のビジネススーツとは全く異なっているのですが、これが原型となり次第に洗練されて、現代のスーツのスタイルに進化していくわけです。

特にこの時に新登場したアイテムがベストでした。ところが現代この五つの組み合わせで一番省略されるのもまたベストなのです。だからスーツ生誕350年を祝うにはどうしようか、と考えたとき、こりゃスリーピース、三つ揃えの復活、を訴えることが最適だろう、と考えたわけです。
はい、ですので、当店のこの秋、スーツ生誕350周年記念キャンペーン、三つ揃えを作ろう、の始まりです。(弥)
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註1…中野香織「祝:スーツ生誕350周年」BLOG/FITSGERALD BY FAIRFAX/Apr.08.2016
註2…中野香織「愛されるモード」(中央公論新社・2009年) P.169

 

倶樂部余話【334】英EU離脱(2016年8月1日)


 「英EU離脱」。まさかの事態に、これほどに英国が話題になることもかつてなく、こうなると私もここに何らかの感想を書かないといかんかな、と感じています。
 偉そうなことは言えませんが、恐らく外交では、お得意ののらりくらり作戦で、今後も独や仏を翻弄し、時にはお家芸の二枚舌戦略も繰り出して、結局のところカタチは離脱するもその実はなるべく現状維持の「いいとこ取り」を目論むことになるのでしょう。
 英政府の交渉相手はEU諸国という外向きだけではありません。ご存じのように、英国は、支配するアングロサクソンのイングランドと、支配されるケルト系のスコットランド、ウェールズ、北アイルランド、この四つの連合王国ですが、今回のイングランドの失態からこの連合のたががガタガタに緩んでいて、内政的交渉も大変です。先日(7/22)も、ウェールズにスコットランド、北アイルランド、そしてアイルランドの首脳が集まり、団結して英政府に働きかけようという方針で一致しました。私には外交よりもこちらの方が興味があります。
 当の英国自身を含めて喜んでいる人が誰もいないのではないかとも思える英EU離脱。その中で、ひょっとしたらこりゃチャンスかも、とちょっと微笑んでいるのが八十年前の世界恐慌のさ中に英国から独立を果たしたアイルランドです。これでEU諸国の中でただ一つの英語の国になり、しかも通貨はすでにユーロ、島国にして英国との国境を持つ(だからシェンゲン協定には非加盟)、というのは、英国の避難港として捉えるには確かに好条件です。実際、移動の自由を求めてアイルランドのパスポートを二重申請するアイルランド系英国人は後を絶たないようですし、何しろ、悲願である北アイルランド併合の好機が思いがけずやってきたのです。あわよくばスコットランドとも連合する可能性もなくはない。英独仏の困惑を尻目に、一番利益を享受するのはアイルランドかもしれません。 (弥)

倶樂部余話【333】英式ナマケモノの靴(2016年6月26日)


「履きやすい靴」というのは、二つの意味があります。ひとつは履くときや脱ぐときに足入れの楽な靴ということ。もうひとつは文字通り、履いていて快適な靴、です。この二つの意味の「履きやすい靴」、時として矛盾することがあります。例えばレースアップのロングブーツ、何より快適ですが、脱ぎ履きの面倒さと言ったら…。

その反対の典型例がローファーではないでしょうか。アメリカントラッドの代表選手であるモカシン縫いのローファーは、脱ぎ履きは大変に楽チンですが履き心地の快適さを求めると皆さんかなり苦労してます。そもそもローファーというのが「怠け者」という意味の言葉ですので、靴ヒモも靴べらも面倒くさい人たちにつっかけやすいという理由で主に大学生から愛用された靴だったのだと思います。とはいえ、ローファーはそのデザインからもとても魅力のある靴でして、私の中でも長年履きたくても履けない靴の王座を占めています。

片や、この二つの「履きやすい」を矛盾なく両立できる靴というとなんでしょうか。これにはもちろん人それぞれに意見があるとは思いますが、私はまずグッドイヤー式のサイドゴアブーツを挙げます。両サイドに伸縮するゴア(ゴム)を配したブーツで、実は坂本竜馬の靴も福澤諭吉の靴もこれでした。しかしブーツというだけで現代人には抵抗感もありますから、そうなるとそれを短靴にアレンジした、サイドエラスティックシューズ、これが第一です。ご記憶の方も多いと思いますが、当店の開店20周年記念モデルとして皆様にお勧めしたデザインでして、当時も今も大変好評です。が、これはロンドンのジョージ・クレバリーをリスペクトとした、つまりいかにも英国的な靴だったとも言えます。
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あれから10年たち、今度は30周年記念モデルとして何を提案しようかと考えたとき、頭に浮かんだのは、長年の懸案だったローファー的なモノでした。ローファーのイメージを持ちながらも、二つの意味の「履きやすさ」を妥協なく両立させる、という命題から、↑このような靴を作りました。英国にも怠け者はいるんだよ、と語る靴の言葉が聞こえてくるような気がしませんか。私のサイズの最初の一足が予定よりちょっと遅れて届きました。思った通りにうまく仕上がったので、賛同者を強く募ります。ぜひあなたも。(弥)

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倶樂部余話【332】ネタにもならないガンの話(2016年6月1日)


 両親もそのまた両親もみんなガンでしたので、私にもいつかは必ずその時がやってくる、そう思っていました。しかしそれは意外なほどあっけなくやってきてあっさりとなくなりました。見逃されそうなほどの小さな異変が胃カメラで見つかったのが三月のこと、そして内視鏡で2㎝ほどの悪者を取り除いて釈放。その間わずか三ヵ月。術後三日間絶食した以外はほぼ日常通りの生活で、もし日本中のガン患者何万人を順に並べたとしてきっと私はブービー賞が取れるかもしれません。こんな簡単にガン経験者のレッテルを貼ってもらってはガンと懸命に闘っている人たちに申し訳ないという思いです。痛がりで怖がりの私ですので、多分いつもよりもビクビクした顔つきになっていたことでしょうが、面持ほどのことはなかったのでした。

 と同時に、知りたがりで教えたがりの私としては、ちょっとだけ「ちぇ残念」と感じていることもあります。不遜とのそしりを受けることを恐れず言うならば、ですね、「これじゃ、闘病記も書けないし、余話のネタにもならないじゃないか」ということ。家族からはバカヤローと怒られそうですが。

 たくさんの方からお見舞いの言葉を掛けていただきました。おかげで大事に至らずにすみました。私は幸せ者です。ありがとうございました。(弥)

倶樂部余話【331】続・ゴールデンウィーク考(2016年5月1日)


 ゴールデンウィーク(GW)なんて嫌いだ、と言い続けている私ですが、さだまさしさんもGWについて首をひねっています。先日新聞に載っていた短いエッセイに曰く。GWは本当にめでたいのか。すでにちゃんと休めているのだから、もっと働きたいと感じている人も多いのでは。働かずに稼ぐ者が憧れの対象となる風潮はおかしくないか。国は休めというが休めばお金は入ってこないのが当たり前だ。休むことはとても大切だが、働かないことは決して正しいことではない。というような趣旨でした。これには溜飲が下がりました。そうでしょ、GWなんていらないでしょ、不便ばかりでしょ。GWに疑問に感じているのは私だけじゃないんだ、と確信を持ちました。
 そんな折、環境省は今年のクールビズを五月から九月までと終わりを一ヶ月早めるというニュースが入りました。服装規定を環境省がどうのこうの言うこと自体おかしなことなんですが、ともかく十月にノーネクタイはどうにもだらしなく映るということにようやく気がついたようです。ネクタイは付けるのが基本で、外すのは例外です。来年からはぜひ七~九月の三か月ぐらいに短縮してもらいたいものです。
 どうやら世の中、ちゃんと働こう、きちんと着よう、丁寧に過ごそう、という風に染まってきているような気がします。いやいや、こりゃ朝ドラ「とと姉ちゃん」にちょっと感化されているのかもしれませんな。(弥)

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倶樂部余話【330】待機児童って違和感ないですか(2016年4月1日)


何かしっくりこないな、という言葉が時々あります。一つ挙げると、認知症。これ、痴呆症の言い換えだとしたら、非認知症とか認知失調症、など、認知の否定形でないと病名にならないんじゃないでしょうか。
近頃気になるのは、待機児童、という四文字。多分元々はお役所言葉なんでしょうが、待機と言っても、保育園の空きを待っているのは子供じゃなくてお母さんの方ですよね。その赤ちゃんが一番望んでいるのは保育園に預けられることではなくてお母さんとずっと一緒にいたいという願いだと思うのです。それに児童って言うと普通は小学生ぐらいのことなんですが、今の問題は就学前の乳幼児、特に二歳までの子供をどう預けるかが関心事ですから、例えば、未預園乳幼児、みたいな表現はできないものなんでしょうか。
待機児童はきっと今年の流行語大賞の有力候補になるでしょう、何しろニュースで耳にしない日はありません。昨今も緊急対策なんて発表があり、何か待機児童ゼロだけに躍起になって、緊急「選挙」対策をしているみたいですが、この問題のそもそもの根本は少子化対策です。古くからの鍵っ子問題やアグネス論争も含めて、子育て女性が働ける社会環境づくりを検討しないといけません。保育所を増やしたり保育士の給料を上乗せするくらいでは何にも解決しないと思うのです。
あ、もう一つ、気に障る言葉、それはね「日本死ね」。これは絶対にダメ、許せません。 (弥)