倶樂部余話【377】日本人のおなまえっ!(2020年3月1日)


姓名を逆に書いてしまってトラブルになった経験がかつてあります。航空券を海外のサイトで購入した際にしくじりました。私はYAICHIROという姓になっていたのです。さあ私は飛行機に乗れたでしょうか。

昨年春の余話第366話で触れたように、私の友人が、日本人は英文のときも名+姓にひっくり返さずそのまま姓+名で名乗ろう、という活動を始めました。彼は果敢にも元同僚の代議士を動かし、国会の委員会質問の話題に乗せ、大臣の談話に至り、ついに昨年秋に首相官邸より「来年からそうしましょう」という申し合せ文が出たのでありました。(「公用文等における日本人の姓名のローマ字表記について」)

友人が言い出しっぺであることから、私も海外へ行ったときなどに雑談として、内外の多くの人にこの話題を振ってみました。が、思ったよりも相手の反応が弱いんです。どっちでもいいんじゃないの、好きにすればいいよ、という意見がほとんどです。関心が薄いというか、まあ自分に利害がなければどうでもいいってことなんでしょうか。でもその雑談の中で色々教わりました。
「欧州でもハンガリー人は姓+名で名乗ってるんだよ」 「韓国人がローマ字でも姓名のままなのは、もともと姓の数が極端に少なく、また結婚しても改姓せず、名前も極端に短いため、姓名が完全に一体化していて分解ひっくり返しなんて考えられないんじゃじゃないだろうか」 「女優の浜木綿子(はま・ゆうこ)ね、アレ「浜木綿(はまゆう)」だから姓名の順で言わないと意味ないよね、ユウコ・ハマじゃ芸名の意味ないじゃん」 「リーチ マイケルって、日本に帰化する前はマイケル・リーチだったんだって。ややこしいね」 「日本人だけがわざわざひっくり返してんの、初めて知ったよ。めんどくさいことしてるんだね、欧米に媚びてるのかなぁ、戦争に負けたから?」 「確かに日本人の名刺は、どっちが姓でどっちが名か、判断に迷う時があるね。姓は大文字で、名は小文字、とか、わかりやすくしたほうがいいかも」 「欧米人の苗字の由来を知ってるかい。出身地とか職業だとかが多いんだ。ビンチ村のレオナルド、とか、鍛冶屋のポール、とかね。それと父親の名前の転がし。マックなにがし、オなんとか、なんたれソン、なになにビッチ、みたいな。代々転がし続けると不都合なんでいつしか苗字に固定されたんだ」 「住所と同じだよ。欧米は、宛名、番地、通り、市、州、って小さいところからだんだん大きくなるけど、アジアは、県、市、区、町、番地、って、大から小、だろ。だから名前もそうなんじゃないの」 などなど。
中でも、目からウロコだったのは、この話。「中国人の多くは、英語の名前を名乗っちゃうんです」 なるほど、アグネス・チャンは陳美齡、テレサ・テンは鄧麗君、ブルース・リーは李小龍……。そうか、変えちゃえばいいんだ。あ、そういえば千葉真一もソニー・チバだった。
実際私も海外ではほとんどジャックと呼ばれています。これは自分の名刺に大きく書いてある当社名を多くの人が私の名前と間違えて解釈するからなんですが、確かにNOZAWAもYaichiroも欧米人には発音しづらいようなので、偶然の産物とはいえ、Jackと呼ばれるのは大変重宝してます。最初の頃は、コテコテの日本人の顔してる俺がジャックのわけ無いだろ、バカにされてるみたいで、恥ずかしいわ、って思いましたが、中国人のことを当てはめれば、なんにも珍しいことではなかったわけです。
郷に入りては郷に従え、を貫くなら、姓名の順をひっくり返すだけでは足りず、相手に呼ばれやすい名前に変えてしまう、そこまでやらねば、ということですね。岩倉使節団の中にはそこまで考えが及んだ人もいたかもしれません。つまり、日本名と英文名をふたつ持って使い分ける、という柔軟性も一つの方法ではないのかな、と思います。

さて、冒頭のトラブルです。姓名の逆書き間違いで最も多いのが航空券らしいです。航空券では、たとえ名+姓の国の欧米人でも、姓+名の順に表記されます。搭乗前に逆書きに気がついて航空会社に申し出ても、フライトの変更はできても搭乗者そのものの変更はできない、と言われて応じてくれません。
じゃあ、乗れないのか。いいえ、チェックインカウンターでこう言われるのです。「この飛行機には乗れます。でももし入国審査などの段階でダメと言われても当航空会社は責任を負いません」と。
おそらく、よくある事例なのできっと想定内、なんでしょう。実際、乗れなかったという事例はネット検索しても一つも見当たりません。私も大丈夫でした。ただ、ずっとMr.YAICHIROのまま、帰国便のゲートを通るまでヒヤヒヤのし通しでした。(弥)