倶樂部余話【388】 11ヶ国17都市(2021年2月1日)


 毎年この時期の余話は海外出張の報告を慣例にしているのですが、今年はそれがありません。ぽっこり抜け落ちてしまって、ほんとに心に穴が空いたような気持ちです。

 出張の主目的はアイルランドの首都ダブリンで1月に開催される大展示会にのべ丸二日間入り浸って20数社の人と次々に商談をしていくことで、静岡の店を留守にするのは4-5日間だけのことなのですが、ハードな仕事とは言えやっぱり年に一度外国に行くのは楽しいことで、その準備は10月半ばぐらいからわくわくと始まるのです。

 最初の準備はまずフライトプランを考えることから始まります。アイルランドは欧州の西の端にあってしかも日本からの直行便はないので、必ずどこかで乗り継ぎます。これ幸いで、ダブリンの帰りにどこかの都市に立ち寄ってから帰るというプランが組めます。どの航空会社に乗ってどこに寄ろうか、これを考えるのが何より楽しい。

 これまでダブリン出張のついでに飛行機(アラン諸島のセスナ機を除く)を乗り降りしたところを数えてみたら、11ヶ国17都市になっていました。都市数のほうが多いのは、英、伊、愛、は乗降地が復数あるからで、その他の8ヶ国は、仏、独、蘭、デンマーク、スウェーデン、フィンランド、トルコ、カタール。これで11です。近頃ではありがたいことに欧州内のLCC(格安航空会社)が充実していて、おまけにダブリンはLCCの雄ライアンエアーの本拠地なので、かつてよりもプランの組める可能性が格段に広がっていて、例えば、昨年のように、トルコ航空で三人でダブリン行って、私と妻はローマで観光、娘だけロンドンに飛び、イスタンブールでまた合流して帰る、なんていうプランはライアンエアなしにはできない芸当でした。

 これを国際線の航空時刻表サイトを検索しながら、ここには行けるか行けないか、乗り継ぎが間に合うのか、あれれ曜日が合わなくて飛んでない、とか、いろいろ探るわけです。これも仕事のうち、と自分に言い訳しながら、1ヶ月以上かけて可能性を追求します。実に楽しい作業です。フライトプランが決まると、宿の手配、レストランの検索、などお決まりの準備、もちろん仕入先への発注の下調べも入念にしますよ、仕事ですから。意外に手の掛かる支度が手土産で、外国人や在留邦人に日本から持っていく手土産も20個以上となるとそれなりの荷物ですが、これまでに育んできた大切な友情の証ですから、手抜きはできません。それと稀にあるのが不良品の戻し。セーターやコートなど、これで行きのトランクが一杯になったこともあります。

 と、まあ、わずか4-5日の海外旅行ですが、あれこれこういう下準備があってのもの。今年はこれがごっそり抜け落ちた。なので悔し紛れに今回はこんな余話を書いてみました。(弥)

倶樂部余話【387】 「いずれ球は来る」の極意(2021年1月1日)


 年賀状に、嬉しかったこととして、夫婦でローマ探訪(1月)、初孫の誕生(8月)、全47都道府県の踏破完了(9月)、の3つを書いたのですが、実は、あまりにも些細だけどとても嬉しかったことがもう一つありまして、それが「いずれ球は来る」の極意を得たこと、でした。と言ってもちっともわからないでしょうから、少し説明しますと、40数年来続けているテニスの中でずっと苦手意識を持っていたのがボレーだったのですが、この極意を得て以降、私の意識は全く変わったのです。

 きっかけは朝刊第一面下の毎日のコラムです(日本経済新聞2020年9月24日付「春秋」)。それほど長い文章ではないので、そのまま引用します。
 「王貞治・ソフトバンク球団会長の師匠、荒川博さんが巨人の仲間とともに、間の取り方や精神集中のヒントを、合気道に求めていたのはよく知られている。
あるとき、打撃でどうしてもタイミングが取れない、とこぼすと、合気道の師はなんでそんなことで悩むのか、という顔をして言ったそうだ。『球は(いずれ)来るんだろう?』
直球にしろ変化球にしろ、多少の時間差はあれ、ベースの上、つまり自分の目の前に来るのだから、思い煩うことはない。じっと球を待ち、来たら打てばいいではないかというわけだ。
さすがに『間』の問題のエキスパートであるはずの武道の大家。野球には詳しくなくても『来た球を打つのみ』という境地にしか答えはない、と直観したらしい。(後略)」

 これには目からウロコでした。そうか、いずれ球は来るのだから、こちらから迎えに行ったり追ったりしなくても、ただ待っていればいいんだ、と。それ以来、ボレーのボールが近づくたびに「いずれ球は来る」と心で念じながら、慌てずにじっと球を待っていることができるようになったわけです。

 この「いずれ球は来る」をネット検索してみると、この日経のコラム以外に原典のようなものは不思議に何も出てこないのですが、反対にこのコラムを引き合いに出したブログなどがいろいろと検索結果として現れてきます。他のスポーツになぞらえたものはもちろんですが、経済紙のコラムゆえか、経済活動や社会現象、果ては人生相談などなど、いろんな事象に置き換えて結論づける文章が並んできます。いかにこの極意に感銘を受けたり触発を覚えたりした人が多かったのか、意外なほどでした。真の極意というのはそういうものなんでしょうね。ちなみにいま目の前にいる愚妻にこの極意の話をしたら、彼女はすぐに宗教に結びつけました。あなたはこの極意を何になぞらえるでしょうか。

 かくして、私、苦手なボレーを克服し、週2回のナイターテニスに今年もまた勤しむのであります。(弥)