倶樂部余話【九十八】三つ釦のスーツは、トレンドか?/開店十周年記念号(一九九七年八月二〇日)


三つ釦のスーツは、トレンドか、定番か?

ハーディ・エイミス著「イギリスの紳士服(原題”The Englishman’s Suit”)(大修館書店)は、十七世紀後半から現代まで、スーツがどのようにして今の姿を形作っていったのか、を、歴代の国王や皇太子の服装が与えた大きな影響力を中心に、つぶさな考証を重ねている。著者は、五十年来ロンドン・セヴィルロウに店を構え、エリザベス女王のお抱えデザイナーとしても名高い米寿の「子爵」で、いわば英国服飾界のご意見番ともいえる人であるから、その信頼度は非常に高いと考えてよい。

乗馬服やフロックコートの時代から、十九世紀末、いよいよスーツの原型が登場する。五つ釦、四つ釦を経て、以来この百年の間で最長寿を保っているのが三つ釦なのである。著者はその理由を、英国服の特徴である「ドレープ」が最も効果的に引き出せるからだろう、と推測している。

戦後、スーツは既製服の大量販売の時代へ。そして、1970年代始め、二つ釦が、人種のるつぼ、アメリカで流行した。ゆったりとした深いVゾーンは、様々な体型に合わせることができたのである。あのアイビー系ズンドウ三つ釦の流行りも恐らく理由は同じだったろう。日本人が二つ釦が基準と考えてしまった原因はここにある。

このように、紳士服の世界において、英国以外の国では、英国的でないものを新たな付加価値として訴え、トレンドを引っ張ってこようとする。十年前にはそのベクトルがイタリアに向いたので、ダブルのソフトスーツの大流行が見られたわけだ。

そして今、ベクトルは久しぶりに英国を指して内側に向いている。だから三つ釦が流行のように思われている。しかし、少なくとも当店に限っては、十年前も十年後も、そのベクトルの向きは変わるはずもない。強弱はあろうが。

つまり当店では三つ釦はスタンダード(基準)なのである。

 

※これが十周年記念特別号・秋の巻。ここでスタッフに相川が加わった。