倶樂部余話【一〇一】子供が憧れる大人の服装(一九九七年一一月六日)


近ごろこんなお客様が増えていて嬉しい限りです。

其の壱。事前にご来店のアポを電話していただける方が増えました。あらかじめ購買履歴をお調べしておけますし、一日の予定も立てやすくなりますので大変助かります。アポというより、私の在店確認といった感が多いようですが、お知らせしている不在日以外はまずほとんど居りますのでご安心を。

其の弐。百貨店などで服飾販売に従事している、いわゆる同業者のお買い物が増えています。自店で買えば様々な商品をいろいろと安く買える手段もあるだろうし、当然に選択眼にも厳しい「玄人」の皆さんですから、とてもありがたく思います。私自身、他店を見学する機会は多くても、自分の服を他人の店で買うということは滅多にないので、これは評価に値する現象だろう、と誇れます。

其の参。五〇歳代後半から六〇歳代のお客様がカジュアルウェアに意欲的です。聞けば皆様リタイア前後で、今後の二十年をどう楽しく謳歌するか、奥様と共に懸命に模索されている様子が伺えます。お話の中に出てくるのは「ライカのカメラ」「鉄道廃線跡」「日本百名山」「ジパング倶楽部」「日本野鳥の会」などなど、一様に生き生きと目を輝かせて話されます。長年着慣れた背広姿からの変身願望を満たすのは、歴史に裏付けられた本場本物のアウトドアウェアやセーター、ジャケットであって、決して奥さんにその辺で買ってきてもらうまがい物であってはならないのでしょう。

このような「ラピタおじさん」(小学館の「大人の少年誌」ラピタに因んで)は今後確実に増えてきます。あと五年すると、団塊世代はリタイアという関門に差し掛かるのです。リタイアした元みゆき族は、どんなカジュアルウェアを望むのでしょうか。

戦後の高度経済成長を支えてきた企業戦士が、粋な「ラピタおじさん」を志す。そんな現象はとても微笑ましく、私は心から拍手を捧げたい気持ちになります。ようやく我が国でも「子供が憧れる大人の服装」といった欧州型の構図へ進む時代の到来を予感させる期待が持てるのです。