倶樂部余話【一九六】ディスプレーは動かさないで下さい(二〇〇五年五月五日)


「ジョルジオ・アルマーニ展」(六本木ヒルズ52階・森美術館にて65日まで開催中)を見てきました。これは2000年にニューヨークで初開催されて以来世界中を巡回している展覧会で、私も一昨年ロンドンで見てくるつもりが時間の都合で見損ねてしまったものです。

正直、当店にとってアルマーニさんはほとんど無縁の存在ですし、恥ずかしながら私自身も、ソフトスーツの旗手ぐらいの認識しか持ち合わせていなかったのですが、あのメンズの女性的なソフトスーツは、レディスの男性的な装いと対(つい)に考えることで「ジェンダーの中和」という意義をなすものだったということを初めて知り、恥じ入りました。彼の何十年間かの創造力の凝縮とも言えるこれだけの数の洋服を、解説付きで、しかもショップのように販売員にうるさく付きまとわれたりすることもなく、至近で360°ゆっくりと鑑賞ができて、お代が1,000円ですから、なんだかとても得した気分でした。

感動したのはそのディスプレーの完成度です。約300体の男女の服がボディに着せ付けられて整然と並べられていますが、腕や膝の曲がり具合からスカートの揺らぎ感、帽子の高さや角度にいたるまで、それぞれの服に合わせて一体ずつボディが異なり、その服を一番美しい状態で見せることに徹底がされていて、あたかも生身の人間が着ているかのごとく実に自然に着せられているのです。つい触れたくもなってしまいますが、もし手を伸ばそうものなら、きっとすぐさま近くの監視員が制止に飛んできたことでしょう。

もちろん、ボディに着せてここまで「自然に」見せるためには、相当の針金細工やピン打ち、膨らましの張りぼてやアンコ入れなど、かなりの技術が施されているはずで、ショップのように脱がして販売するという前提では決してできない、展覧会でこそのうらやましい限りの仕業です。

そう、実は、あたかも人間が着ているかのように、あるいは、すうっと簡単にそこに置いてあるかのように、無意識にさりげなく自然に見えるディスプレーであればあるほど、本当はかなりの意識のもと、注意深いピン打ちやワイヤー使い、そのほかの技巧によって、微妙なバランスを保ちながら成り立っている、ガラス細工のようなものなのです。

アルマーニ展と比べるのも大変おこがましいことですが、当店のショーイングのそばに置いてある「ディスプレーは動かさないで下さい」との小さな注意書きもそんな思いからのお願いです。素材を確かめるために手を触れていただくのは全く構わないのですが、構図を考えてさりげなく置いてあるように見せているモノをひょいと持ち上げられたり、ドレープがよく分かるように見えない部分にピンを打ってあるスカートを無造作につまみ上げられたり、きれいに膨らみを付けているジャケットの襟をまるでタオルで手を拭くように指先で握られたり捻られたり、引っ張られないように裏側に隠してある提げタグをわざわざ表にほじくり出して引き上げられたり…、当店のボディたちは常にこのようなひゃっとするような危険にさらされながら皆さんの前に立っているのです。私たちは美術館の係員のように寸前で制止するということはなかなかできませんので、お客様の善意に期待するほかはないのです。どうかご理解を。