【倶樂部余話】 No.316 戦場の上を飛ぶという経験 (2015.2.1)


 毎年この時期の余話は、店を五日間留守にしてのダブリン出張の話。行ってきます。
 日本とアイルランドには直行便がないので、どこかで乗り継ぐ必要がある。過去20数回、欧州のいろんな都市を経由したが、昨年からのお気に入りがイスタンブール。アジア大陸横断の12時間とヨーロッパ大陸東西の両端4時間のフライトをつなぐダイナミックな乗継だが、ここは、ウクライナ、ギリシャ、そしてIS(アイシル)、と、紛糾地域の三角形の中心に位置しているのだ。
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 実は、往路、私は戦場の真上を飛行していたらしい。座席前の飛行マップの画面にはウクライナ東部を南下する当機の姿。紛争地帯だから当然ここは避けて通るものと思っていたので少々驚く。深夜ゆえ下界の様子は見えなかったが、まさか今まさに当機にミサイルの照準が当てられているのでは、と思ったら、瞬間背筋が震えた。
 ダブリン空港での入国審査でも異様な光景が見られる。当機の乗客の大半がアラブ人だからだろう、やたらに時間の掛かること。四人の小児を連れた出稼ぎ移民と思しき黒装束の年配女性や自爆テロ要員にも疑われそうな孤独な少年が、泣きそうな表情で別室へ連れられるのを目撃した。
 到着後はまず急いで市内の名店クレオを訪問。昨秋天に召されたアランセーターの恩人の一人キティ・ジョイスに弔意を届ける。
 さあそこからがメインの仕事。大展示会を二日半掛けて十数社との商談に駆け回る。特に昨年度に壊滅的な欠品を招いたセーター類の再構築が今回の最大の課題だったが、狙いを付けた数社に熱意を伝えてどうにか直談判に成功。まだ詳しく言えないのだが、うまくいけば世界のどこにもない当店独自のユニークな品揃えがこの秋は実現できるだろう。もちろんアランセーターの打ち合わせもしっかりと。その他ケープやツイード、陶器などの既定路線もおおむね順調、さらに新たなコートの仕入先も発掘できた。
 途中でISが日本人二人を人質に取ったとのニュースが会場に伝わり、アイルランドのみんなが心配してくれる。何人かとの議論では、そういう場合は身代金要求は無視し捕虜交換には応じる、というのがどうも欧州の見解らしい。IRAの記憶が残るアイルランド人の意見には説得力がある。
 帰路、長すぎる乗り継ぎ時間の合間にイスタンブール一の繁華街を急ぎ足で散策。路地裏に拡がる食堂街やバザール、猥雑な雰囲気に街の活気を感じ、一瞬だけ旅人の気分になれた。
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 帰国便、今度はウクライナ上空を飛ばず。この一週間で紛争が激化したからだろうか、それとも単に風向きなのか。おかげで安心して眠れ、無事帰国しました。ただいま。(弥)