倶樂部余話【433】ペギーとキャサリンと (2024年11月1日)


 初夏のある日、ダブリンのクレオからこんな問い合わせが入りました。「キャサリンというニッターを知ってますか。オモーリャに属して編んでいたんだけど、オモーリャが閉店してしまったので、クレオから仕事をもらえないか、って、かなり執拗に自薦してきてるの。どのくらいのスキルがあるのか皆目わからないので、野沢さんならご存知かと思って」

 ここでちょっと補足。アイルランドの首都ダブリンの博物館の眼の前にあるクレオCleoは世界最高水準の珠玉のアランセーターを手掛けるアイルランドでもピカ一の店。技術力と想像力に長けた国内の秀逸なニッターだけを厳選して仕事を出しています。私との付き合いも40年近くに及び、今でも毎年数枚ずつのアランセーターを譲ってもらっています。片や、ゴールウェイの目抜き通りの黄色い店オモーリャO’Mailleとも25年以上前からの付き合いでした。アラン諸島にも近く、10人あまりのニッターを抱え、当社にも年間十数枚のアランセーターを供給してくれていましたが、今年4月、惜しむらく閉店しました。
 
 さて、小さな世界の他愛のない話ですが、お聞きください。
 問い合わせを受けて、急いでオモーリャの資料をひっくり返します。ありました、ニッターにキャサリンの名前のあるアランセーター、今までに5枚くらい売ってます。すべてオモーリャのテンプレート(指定パターン)で編まれてます。
 「キャサリンのセーターはうちでも今までに何枚か入ってるよ。編みのスキルも仕上がりのバランスも問題ない、いいニッターだと思います。ただ、想像力やスピードはわかりません。自分からクレオに売り込んでくるぐらいだから、自信もあるだろうし、いい話じゃないかな」
 キャサリンとは会ったことはないのですが、なんだか彼女の身元保証人になったような気分です。ん、なんか昔も同じようなことがあったなぁ。20年ほど前、オモーリャの店先でアランセーターを物色していたときのこと。
 「ジャック(私のことです)、このセーター、見覚えない?」センターにダイヤモンド、サイドにツリー・オブ・ライフ、袖付けはセットインスリーブ、このパターンは、、、サインを見ると、、、
「イニシマン島のペギーじゃないか! 私の本にも登場している同い年のニッターだよ。確か身体を悪くして治療のために島を離れて本土に移ったって前にモーリンから聞いてたけど」
「また編みたいって、うちに来たのよ。話を聞いたら、イニシマン島でパドレイグ・オシォコンのところに編んでた、っていうじゃないの。ジャックの話もしてたわよ」
ペギーのインディビジュアル(個人独自の)なパターン(柄(ステッチ)の組み合わせ)はとても人気があったのですが、がんを患ってリタイアして以来、消息がわかりません。オモーリャが閉店してしまったので、問い合わせることもできません。キャサリンの移籍の話を聞いてすぐにペギーのことを思い出しました。

 オモーリャからクレオへの移籍。正直、クレオとオモーリャでは店の格というものが違います。ドジャースとエンジェルスくらいと言ってもいいかな。それくらいクレオのニッターになるのには高いハードルがあります。クレオは慎重にこう言います。
「キャサリンに腕試しに一枚なにか編ませてみようと思うんだけど、、、」
と聞いて、私にひとつのアイデアが浮かびました。
 「そしたら、身元保証人代わりに、一枚注文してもいい? キャサリンにペギーのパターンで編んてもらいたいんだ。それもオモーリャお得意のサドルショルダーで。もちろん出来が良ければ私が買うよ」
ほんとに他愛のない話でつまらないかもしれませんね。でも私にとっては宝物のような話なのです。私でなければ頼めないアランセーター、キャサリンがクレオに編んだペギー・パターンでオモーリャスタイルのアランセーター、それが昨日届いたんです。(弥)