倶樂部余話【一一六】身の危険を感じた瞬間(一九九九年二月一〇日)


 

恒例?の出張報告です。

 
【アイルランド編】

四年連続のアイルランド。今回は通例の来冬物の仕入れ発注業務の他、服地だけの直輸入の交渉、英著名ブランドを生産するファクトリー(靴とシャツ)との直接取引などが目的で、成果は上々、この秋も乞うご期待です。

シャツの工場がアイルランドの最北端(ここがまた美しい!)にあり、初めて英領北アイルランドへ足を踏み入れました。六年前に同じルートをたどった人が、国境には鉄条網と検問所、街角には装甲車、と話していましたが、今はどれも見当たらず、以前ほどの緊張感はないようです。ただ少し大きな町へ入ると、英国系住民(ユニオニスト)とアイルランド系住民(ナショナリスト)との居住エリアは明確に区別されていて、前者は中心街にあり、電柱や縁石が赤白青(英国旗の配色)のストライプ模様で塗ってあります。後者は町はずれで緑白橙(アイルランド国旗の配色)に塗り分けられていますので、外来者でもすぐに分かります。

私は、レンタカーで、主街道から外れて風景のいい田舎道を走り、そのままある町の裏側から侵入してしまったのです。異様な雰囲気を感じました。すれ違う人々の視線がいつものフレンドリーな目ではなく、異邦人に怯えているような眼差しなのです。見渡すとあちこちにIRA万歳の看板が。そこはティロン州というIRA過激派を最も多く輩出している、一番抗争の絶えない地域なのでした。どっからか撃たれるんじゃないか、生まれて初めて身の危険を感じた瞬間でした。四世紀以上に渡るいざこざで、街に漂う疲弊感は何とも言い表しようもないほどに哀しく、まだまだ平和への道は長いのだろうなと感じました。

北はちょっと怖い、でも風景は最高、人は暖かい。デリーのパブでおっさんが歌ってくれた本場の正調「ダニーボーイ(ロンドンデリーの唄)」は実に心に染み入りました。

【ロンドン編】

意外と思うかもしれませんが、ロンドンの滞在は六年振り。というのも、アイルランドものと違って、英国モノの仕入れは概ね国内で発注できるからですが。

目的は二つ。ひとつは、ビクトリア・アルバート博物館(V&A)で開催中の展覧会にて、四百年の英国服飾の歴史をつぶさに鑑賞するため。こんな貴重な資料室を身近に備えている英国のデザイナーたちをとても羨ましく思いました。

いまひとつは「セヴィルロウが最近すごくいいんだよ」という噂をこの目で確かめるために。百年経っても変わらないかと思っていたこの小さな仕立屋横丁は、確かに熱を帯びていました。二百年以上の伝統に裏付けられた自信が、それに憧れる新しい世代を寛容に受け入れ、更にそれに刺激を受けて自らも成長を志している、そういう勢いがこのとおりには感じられました。新進の店舗が増えただけでなく、老舗も負けじと改装を重ね、競い合っています。人通りもまばらだったのが、今では素晴らしいメンズファッションの通りに変わりつつあります。

セヴィルロウの名は、我が国の背広の語源ということのほか、恐らく今後、老舗の看板にあぐらをかいたような高級注文服小路というかつてのイメージから脱却し、もっと広義に英国メンズファッションの代名詞として再注目されることでしょう。当然に、これを店名に掲げる者として、この変革は大変嬉しい励みであり、「止まっていたらダメだったんだ。やはりいつも進み続けなければ」との思いを強く感じたのでした。