倶樂部裏話[3]Thank you, anyway (2002.4.27)


 我が娘たちは、小さい頃、「お父さんは、仕事をしないで、いつもお店でお客さんと遊んでばかりいる。」と見ていたようです。

 我々小売業などの接客商売は、他のビジネスと違って、一般の消費者を相手にする仕事です。今風にいえば、B to Bではなくて、B to C だということですが、このB to C の特徴は、Bのこちら側はビジネスであるのに対して、Cのお客様側はレジャーだという点です。ビジネスにはいろいろなルールがあります。挨拶、身なり、納期、支払い、などなど。しかし、相手方はビジネスではなくレジャーであるのですから、同じルールを相手方には求められない、という性格を持っているわけです。
 同じ接客業の中でも、利用したら必ず代金をいただける飲食業や宿泊業などと違って、物販業というのは、成功報酬型です。モノが売れて始めてその労働の報酬を頂戴できるわけで、遊園地や美術館のように入場料を徴収することもなければ入場者を制限することもできませんし、弁護士のように相談料をいただくでもなく、医師のように初診料を徴収することもないのですから、どれだけお客様にお努めしても、モノが売れなければ全く対価はいただけないということになります。つまり、空振りがあるのが当然、というのが、物販業の宿命だともいえます。

 そう、何も改めて言うこともなく、当たり前のことです。お客様は遊びに来ているのだから、挨拶ができなくても普通のことだし、モノが売れなかったときだって、それはなにもお客様のせいではない、欲しいモノをご用意できなかった私どもが悪いのだから、むしろ、店からお客様に謝らねばいけないのだ。分かっている、分かっているが、しかし、私たちも人間、どこかで求めているのです、「Thank you, anyway.」を。

 Thank you, anyway. という英語。たとえば、道に迷って通りがかりの人に尋ねたのに、運悪くその人では分からなかった、というようなときに、「(結果、私の役には立たなかったけれど、私のために尽くしてくれて) ともかく、ありがとう。」という気持ちで使われます。「役に立てず、済まない。」と感じている相手を慮って発せられるこの言葉に、相手はどれだけ救われることでしょう。

 私たちがお相手するお客様は、店頭だけではありません。電話やファックスの時もあり、これらも接客の一種です。そして、最近多いのが、電子メールでの問い合わせです。メールでの問い合わせには、ある特徴があって、それは、問いが短ければ短いほど、答えが長くなる、ということです。  例えば、「○○について教えて下さい。」というだけのメールですと、「○○というのは、………という商品で、色は……、サイズは……、使い方は……、価格は……、」と返信は延々と長くなり、必要によっては写真を添付することもありますが、「私は、性別は…、年齢は…、職業は…、サイズは…、です。御店のホームページに載っていた○○を検討しています。」という問い合わせなら、「今ご用意できるのは……です。……をお奨めします。購入方法は……」と簡潔にお答えできます。
 確かに、メールでの応答は、ほかの方法に比べて、極めて便利ですし、格段に説明が伝わりやすく、ご購入につながる可能性も高いのですが、その分私どもが返信に費やす手間と労力も、正直、店頭の接客以上にかかることが間々あります。 たった一行の問い合わせに、一時間以上掛けて返信を出し、更なる問い合わせを期待したのに、それきり何の返答もない、としたら……。私たちの落胆ぶりは想像していただけるでしょうか。せめて、「Thank you, anyway.」の一言さえあれば、と思ってしまうのです。

 この文章を読める方は、インターネットを利用できるメンバーズの方に限られています。そして、当店に限らず、様々な問い合わせにメールを利用されることも多いのではないかと思います。様々な問い合わせに返信するほうの立場から、どうか、少しだけでも「Thank you, anyway. 」を気に掛けていただきたい、と、思うのです。

 そして、いろんなお店で、接客を受けたときは、たとえ欲しいモノがなかった場合でも、「Thank you, anyway.」。労をねぎらわれたその一言で、販売員は生き生きと蘇り、次への活力が生まれます。接客業に携わる人間というのは、人と関わることの大好きな人種ばかりです。だからとても単純に、落ち込んだり喜んだり、してしまうものなのです。(弥)