【倶樂部余話】 No.229  セヴィルロウを歩いて考えた (2008.2.4)


 四年振りのロンドン。昨年一月にフィレンツェで特別展「ザ・ロンドン・カット/セヴィル・ロウ・ビスポーク・テイラーリング」を観覧し(余話【217】参照)、今また話題はロンドンなのだということを実感した上で、ならばやはりこの目で確かめなくては、と丸一日掛けてセヴィルロウ周辺を歩き回りました。
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 セヴィルロウ自体はわずか二百メートルの小さな通りで、以前から有名無名数々のテイラーがショールームや工房を構えていました。Yowa2282

 私が初めて訪れた二十年ほど前にはフリ客が冷やかしで入れるようなショップもあまりなく、歩く人もまばらで思ったより寂しい通りだった記憶があります。しかし、この通りの立地条件というのはすこぶる良く、何しろリージェント・ストリートとボンド・ストリートという二大ショッピング街の間に位置しているのですから、この「英国紳士服の聖地」に旗艦店を構えたい、という不動産需要は増加して不思議はありません。
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今回目に付いたのは、仕立屋横丁の風情を残す古い建物が次々に新築に建て替えられていたことで、そこにピカピカの新しい店(でも老舗の店名だったりする)が進出を続けています。聞けばこのセヴィルロウの家賃相場はこの何年かで数倍に高騰したらしく、道理で外資や商社などのスポンサーがしっかりと付いている資金潤沢なブランドばかりが並んでいるわけだ、と感じました。
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 ついでに言うと、先述のフィレンツェでの特別展は、数々のテイラーが一同に名を連ねる「セヴィルロウ・ビスポーク協議会」なる組織の存在があったからこそ初めて実現できた企画なのですが、この団体、もともとは度重なる大家さんからの家賃の値上げ要請に対して店子側も一致団結して交渉に当たらなければ、と2004年に作られた組織でして、何がどういう効果をもたらすか、分からないものです。
 狭いエリアにこれほどメンズの店ばかりが集まっている通りというのは、恐らく世界でもここだけで、この界隈は大変特徴のあるショッピングエリアになっていると言えるでしょう。店の中身も注文服だけでなく既製品を多く置く店が増えて、またドレスウェアのみならずカジュアルやジーンズの店も現れ、ほとんどの店は「ジャスト・ルッキン」ができる店ですから、随分とセヴィルロウの敷居も低くなったものです。Yowa2285
 同時に「ビスポーク(bespoke)」の言葉の定義もかなりハードルが下がってきているように感じます。私の感覚では、ビスポークというのは、オーダースーツの中でも最高のランクに位置するもの、つまり全ての寸法を計測し、わざわざ顧客独自の型紙を起こし、そのほとんどをハンドメイドで仕立て、仮縫いでの修正を何度も繰り返して、何ヶ月か掛けて作り上げる、最低でも三十~四十万円ぐらいはする、ほんの一握りの上級客のためのもの、というように思っていました。もちろん今でもそのくらい厳格な意味合いで「ビスポーク」の看板を掲げるテイラーもありますが、一方でいわゆるパターンオーダーやイージーオーダーのレベルでも一着ごとの注文服であれば一様に皆ピスポークと言ってのけるような店もあるようで、これにはちょっとがっかりです。
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 楽しいのは、これは小さな店が並ぶアーケード街に特に顕著なのですが、百年も前からあるような古い店と若い勢いを感じさせる新進の店がひとつの通りの中で渾然一体として並んでいることの魅力です。その面白さをある店で若い店員に話したら彼はこう答えました。「そうだろ、それが『英国らしい』(ブリティッシュ)ってことなのさ。」なるほど、英国というのは本当に「大人な国」ですね。(弥)