【倶樂部余話】 No.243  セヴィルロウが店名の理由 (2009.4.3)


 ビスポーク・テイラーとは、顧客ごとに個別に型紙を起こし、裁断から縫製までのほとんどを手作業で行い、数度の仮縫いの後にじっくりと作り上げる、英国スタイルの最上級スーツを仕立てる店を指します。もちろん価格もそれなりで、最低でも二、三十万円はするでしょう。ロンドンのセヴィルロウには昔からそういう店が集中しています。ですから最近は、セヴィルロウスタイルとかセヴィルロウ仕込みという言葉からビスポーク・テイラーと結びつけて話題にさせることが多くなりました。おかげでセヴィルロウというこの小さな裏通りの知名度はこの数年で格段に上がりました。
 しかし22年前、セヴィルロウという名は、背広の語源の一説ということすらまだほとんど知られていない、一般には実に馴染みの薄いものでした。当時はバブルの真っ盛り、イタリア調のゆったりとした、いわゆる「ソフトスーツ」が流行し始めた頃でしたが、そこに英国調のカチッとしたメンズショップを作ろうとしたので、その店名に英国男性を象徴するキーワードとしてサビルローの名前を冠することを思いついたのでした。(ちなみに、サビルローやセビローでは、さびれる、せびる、につながるので、それがいやで、セヴィルロウという表記を考案しました。) もちろんオーダースーツは開店当初から店の重要な柱のひとつではありましたが、しかし当店はスーツ専門の仕立屋を目指してこの店名を付けたわけではなかったのです。
 今さらわざわざ言うのもお恥ずかしいようなことなのですが、当店のオーダースーツは、パターンオーダーであってビスポーク・テイラーではありません。また将来もビスポーク・テイラーへ進む方向性は持っていないのです。このことは、ちょっと店内を一回りしてその様子や価格帯を見ていただければ、あるいはウェブで店の姿勢をご覧いただければ、すぐに分かっていただけることではあると思うのですが、近頃はこの店名からそういう誤解を受けることが少々増えてきましたので、ホントに全く自慢するようなたぐいの話ではないのですが、改めてここで申し上げておくことにした次第です。(弥)

【倶樂部余話】 No.242 「これでいい」「ここがいい」 (2009.3.5)


 かつては「わけあって安い」が売り物だった無印良品、その現在の商品コンセプトは「これいい」なのだそうです。「これいい」ではなくて「これいい」、含みのあるうまい表現だなぁと思います。例えば私はあるお菓子の包装に「日本一おいしいラスK」と書いてあると、押し付け感を覚えてしまうのですが、つまり「これいい(のだ)」にはちょっと自分本位なエゴな匂いがするのに対して、「これいい(でしょ)」は少し理性的な感じがします。決して「これでいいや」と妥協しているのではなくて、「これ」の「」の感度と精度を極めよ、というメッセージなのだと思います。
 極論すると、世界中のすべての品を使い比べでもしない限りは「(世界で一番)これいい」と断言はできないのですから、実はどの店にしても、当店も含めて、その品揃えは「(うちの店には)これいい」なのです。もちろん無印良品と当店ではその「」は判断の指標が全く異なります。それがその店の性格の違いであり、品揃えのフィルターが多様であればあるほど店ごとの面白さが生まれます。
 要するに、モノを決める前に店を決めるという取捨選択があり、その選別に際して、店というのは「ここいい」ではいけなくて、絶対に「ここいい」でなくてはならないのです。
 モノも大事だがそれより先に店が大切、「ここいい」という店で「これいい」というモノを手に入れる、というのが理想の姿ではないでしょうか。(弥)

【倶樂部余話】 No.241 引っ越し完了 (2009.2.5)


 引っ越しが無事に済み、予定どおりに新しい場所での営業を始めることができました。
 昨年の七月に店の移転を決意してから半年間、大きなトラブルもなくこれほどに順調に進められたのは、新しい家主さん不動産屋さん施工の皆さんグラフィックデザイナーなど多くの方々関係各位の皆様の協力のたまものと、深く感謝しています。
 新店は、旧店の雰囲気をなるべく継承し、さらに不満のあった箇所を改善し、何とか恥ずかしくない店が作れたのではないかと自分なりには満足しています。ご来店の方々からのご感想も、「明るくて見やすいねぇ」「前よりも広く感じますね」「二階だけど意外に入りやすいんじゃないの」など、お世辞半分として差し引いたとしても、概ね好評で、胸を撫で下ろしております。
 お客様からは、時に応じて、お祝い、ねぎらい、励まし、慰め、などなど、いろいろなお声を暖かく掛けていただきました。どれほどに嬉しかったことか、ありがとうございました。素晴らしいお客様に恵まれていること、これがうちの店の何よりの宝なんだなぁと、改めてひしひしと実感しています。
 ともかくも新しい船出はできました。もちろん二十年掛かって店に付いた手垢のような味は一ヶ月やそこらでイミテーションできるはずもなく、それはまたこれからお客様と一緒に付けていくことにいたしましょう。この何ヶ月かに渡ってここに続いた引っ越しネタもこれでオシマイにします。今後も倍旧のお引立てを賜りますよう心よりお願い申し上げます。(弥)

【倶樂部余話】 No.240 チェンジ (2009.1.1)


 あけましておめでとうございます。恒例の年頭所感です。  何しろこの経済危機、「百年に一度」なのだそうで、生きてる人は誰も知らない、この先何が起きても驚いちゃいけないよ、というのですから、何だかおみくじで凶に当たったような、運がいいんだか悪いんだか、という境地です。
 さて、これからの消費はどうなるのか、という話になると、以下のようないろんな予想が登場します。曰く「衝動買いをせずにじっくり吟味」「見栄を張らずに納得してから」「価格が高い安いだけではなく、その価値に見合う価格かどうかをよく見極める」「虚飾を廃すること」「身の丈に合っているか」「軽いノリよりも真面目さ真剣さを重視」「量より質」「顔の見えるサービス」「便利さや豊かさから安心・安全なものへ」「直してでも長持ちさせられる」などなど…。
 あれ、これらは結構うちの店に当てはまっていないだろうか。とすれば、もしかしたらうちの店は意外に不況に強いアドバンテージを持っているのでは、と少々うぬぼれ気味にそう感じたのであります。多くの堅実なお客様に恵まれていることに感謝です。
 オバマ米新大統領だけでなく、きっといろんな事象がチェンジします。強制的であれ自発的であれ、変化を余儀なくされる場面が多々出てくることでしょう。大切なのは、変えてはいけないことを変えずに守るために、変えるべきを積極的に変える、という見極めで、いわば「積極的な守り」のためのチェンジが肝要だと思うのです。
 本年もどうぞごひいきに。(弥)