【倶樂部余話】 No.233  ウェスト85センチの攻防 (2008.6.1)


 メタボ健診の攻防ラインが、ウェスト85センチ、という数字。
 先日私も主治医にメジャーを当てられ、ささっと「88センチ」と書かれたので、カチンときまして「ちょっと先生、今私が履いているスラックス、82センチですよ。その測り方、変じゃないです? いいですか、ウェストっていうのはこうやって測るんですよ…」と、逆にお手本を見せてやりました。
 何だか85センチを越えたら急に肩身が狭くなるようなおかしな風潮ですが、実は、当店で一番売れるベルトやスラックスのサイズ、これが85センチです。つまり当店の男性客には85センチのウェストの方が最も多いということに他ならないのですが、当然に皆が皆メタボな体質なんてわけではありません。
 それに、同じ85センチでも、身長160センチの方ですと確かに少々コロッと愛嬌のあるご体格(AB体)ですが、180センチある人だと標準体格(A体)の人でウェストがちょうど85センチですから、長身の方にはかなり不利な判定基準ですね。かように身長を無視してことさらウェストだけを問題視してもほとんど意味のないことのように思えます。
 さらに疑問は、女性は90センチ、という基準。普通は女性の方が男性よりもウェストはくびれて細いものなんですが、なぜ女にはそんなに甘いんでしょうね。
 まぁともかくメタボ候補の男性の数を日本中で増やしちゃえ、そんな厚生労働省の意図が見えるような、ウェスト85センチの独り歩きなのであります。(弥)

【倶樂部余話】 No.232 カシミアセーター・ファクトリー訪問記 (2008.5.4)


 カシミアセーターの受注会を今月開催しますが、その実施前に一度見学しておきたいと思い、甲府の南、笛吹川(富士川の上流)に近い製造現場に伺いました。地図で測ると当店のある静岡市から北へ直線距離でわずか七十キロ、山梨県中央市成島にある(株)ユーティーオーの山梨工場です。工場と呼ぶにはあまりにも小さいファクトリーでしたが、ここで一枚ずつ、糸の太さもデザインも色もサイズも異なるカシミアセーターが作られているのです。キーワードは「さいしん」です。
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☆最新…ニット生産の専門知識を熟知した技術者によって一枚ごとに違う設計図がパソコン上で作られ、それに連動して二台の日本製編み機が稼働します。セーターの主要なパーツはこうして正確に編まれていきます。
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☆細心…どれほど高度に自動化した編み機だとしても、見頃や袖などに分かれて編まれたパーツであれば、それら同士を結合させる「リンキング」の工程は手作業なのです。細かい櫛(くし)のような道具を使って、一針一針慎重に進められます。見ているだけで目が疲れて肩が凝ってきそうで、よく針目を違えて飛ばしてしまわないものだと感心します。ここがセーターづくりのキモのところですね。ここで扱う製品は全てカシミア製のしかも一枚一枚がすでに購入するお客様が決まっている特注品なのですから、大量生産の工場のように「何しろ生産効率が大切、多少の不良品が出ても返品を引き取ればいい」という慌てた気持ちでは務まりません。
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☆砕身…洗いは普通の家庭洗濯機、乾燥も室内で自然干し、と極めて小規模。洗い方も干し方も一枚ずつなのでこの方が融通が利くのです。カシミアの糸は原料からしてとても高価、たとえ十センチだって無駄にはしません。工場長は床に落ちた糸を踏みそうになって足をくじいたそうな。だから、粉骨砕身!
それにしても、綿ぼこりひとつ落ちていないクリーンな現場にはちょっと驚きました。私も内外幾つかのニット工場を見ていますが、こんなきれいなファクトリーは初めてでした。
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 畑の真ん中の、一体中で何をやってんだかすら分からないような小さな工場。でも世界でもきっとここでしかできない離れ業をやっています。カシミアセーターの受注会、従前から大幅にスケールアップして、まもなく開催です。 (弥)


※現在の取り扱いはありません。

【倶樂部余話】 No.231  アメカジとキャンディーズ (2008.4.10)


 長くこの仕事を続けていると、たまには「昔取った杵柄」が役に立つこともあるものです。しかし、近頃のアメカジ(アメリカン・カジュアル)復活の流行に際してほど、これをどっぷりと実感する事態はありませんでした。もちろんその杵柄は相当に錆び付いてはいるのですけれど…。
 「セヴィルロウ倶樂部」は21年目になりますが、その前の私はアメカジの店やジーンズ店を切り盛りしていました。さらにそのもっと前、そもそも大学生の私はいわゆる「ポパイ少年」の典型だったのでした。当時のポパイはまさに私にとってのバイブルで、教科書以上にラインマーカーだらけとなってまして、暇があれば神田や渋谷、青山あたりのお店を冷やかし冷やかし回ったものでした。
 さて、今回のアメカジ復活。オックスフォードのボタンダウンシャツもスイングトップもプレッピーも、らせん階段のように輪廻するファッションの習わしのひとつだと言われればそれまでですが、当時は客であった大学生の我々がとうとう五十歳となり、いよいよ仕掛ける側として社会の実権を握り始めた、それゆえの現象ではないかと感じています。
 あれから三十年。と言えば、キャンディーズ解散三十周年のファン同窓会が先ごろあって、話題となりました。私もあのとき後楽園球場に熱い思いを寄せた一人として感慨を深くしました。(1978.4.4.FinalCarnivalとプリントされた白いスタッフ・トレーナー、今でも大切に取ってあります。)このイベントは、ファンクラブ(全キャン連)元幹部のガン死という悲劇が契機ではありましたが、しかしこの時間の隔たりが、きっと二十年や二十五年だったらこれは実現しなかったのではないでしょうか。当時のファンのほとんどが五十歳あたりになり、堂々と昔を振り返ることができるようになった、それが三十年、だから現実のものになったんだろうと思います。
 つまり、アメカジ復活とキャンディーズ解散30周年には、関連性がある。これ、誰か論文のテーマにしないかなぁ、と思ってるのですが…。 (弥)

【倶樂部余話】 No.230  誂(あつら)えワールド (2008.3.7)


 誂(あつら)え(オーダーメイド)の世界を拡げよう、は、今年の課題のひとつとして掲げておりまして、この旗のもと、新たに四つの会社との取り組みが始まりました。

◆紳士スーツの縫製は、従来から岩手の東和プラム(旧・天神山)さんにお願いしていますが、それに加えて新しく二月から仲間に加わったのが、豊橋の小さなファクトリーアルデックスさんです。豊橋という立地はちょっと意外ですが、それは元々この会社の発祥が、天竜川を下ってくる信州産の生糸を使った絹織物工場であったことに由来します。
 何しろ現場を見学に伺って驚いたのは、熟練の職人さんが持つ匠の手業の伝承をトヨタ的な合理化手法で分解解釈しながら、若い人材を積極的に投入して、サステイナブル(持続可能)な経営体質を目指している点でした。カッコいいスーツを作るその技術力への高い評価はもちろんですが、生き残る製造業とはこういうことなのか、と思い知らされたものです。

◆婦人靴のパンプスを一足ずつパターンオーダーで作る、つまり今当店でやっている宮城興業の紳士靴オーダーをレディスに置き換えたバージョンとも言えるものですが、この難易度ウルトラCとも思える誂えを現実のものにしてしまったのがハイコムさんです。(ブランド名はヒューメックス)
 この会社、元来は靴を製造するための機械を欧州から輸入して日本の製靴工場に販売する仕事をしていたのですが、何年か前に、足をコンピュータで三次元計測する機械(足のCTスキャナーみたいなものだと思っていただければいいでしょう、数千万円するらしいです)を導入、通商産業省(当時)のサポートにより、この機械で日本全国約五千人の女性の足を測るという機会を得たのでした。この五千人分の貴重なデータをもとに、日本人女性に本当に合っている独自の木型を考案し、それを約60足の試し履き靴として用意する、というシステムを編み出しました。つまり、元々の発想が普通の靴屋さんとは全く異なっているのです。というよりも、靴屋さんでは誰もこんな面倒なことをやろうと考える人はいなかっただろうと思います。で、ここがもうひとつ凄いのは、どうしても足型からの発送だと「履き心地最優先、デザインは二の次」となりがちなのに、デザイン面でも全く野暮ったくないのです。こりゃ女性の足には福音だよ、と意気投合、このシステムを導入している販売拠点はすでに全国で三十数カ所あるのですがたまたま静岡県が空白地帯となっていたこともあって、めでたく当店に導入ということに相成った次第。
 実は、先ほど、宮城興業が手掛ける紳士靴オーダーのレディス版、と申しましたが、正確に言うとそれは誤りで、そもそも宮城興業はハイコムの機械を買う顧客でありますが、紳士靴のパターンオーダーをスタートするに当たりこちらの考案したシステムを存分に参考にした、したというのが経緯であります。つまり、ハイコムさんの方が先生だったのでした。

◆婦人服のオーダーが紳士服のようにはなかなか存在しない理由は、きっと「割が合わない」(様々な意味で)からなのでしょう。事実、オーダー服は得意なはずの当店でもこの実現にはかなりの難航を要しました。つくづく、同じスーツなのに男と女ってこんなに凸凹(でこぼこ)が違うものか、と感じますし、同時に、こりゃ紳士をやってなかったら絶対に手掛けたくないジャンルだろうな、とも思います。
 ですので、どうしても紳士服の添え物的に片手間で取り扱うところが多いようなのですが、その中で、本気で婦人服オーダーにも取り組んでいるのが、古くから神田で服地販売を営んでいるヨシムラさんでした。今回はここが長年にわたり蓄積してきた婦人服オーダーのノウハウをご厚意によって全面的に伝授してもらうことになりました。特訓を受けた相川のメジャーを持つ手はまだおぼつかないものがありますが、ようやく積年の懸案だった宿題、どうして女はオーダーができないの?、にひとつの答えを出せたんじゃないか、と感じています。

◆カシミアセーターの受注会、今年は男女ともに5月の開催へ向けて着々と準備を進めているところですが、そのパートナーがUTO(ユーティーオー)さんです。糸の太さ、編み地、カタチ、サイズ、色、全てが異なるセーターを一枚ずつ作る、それを国内工場で最短納期一ヶ月で、しかも「袖を少し短く」とか「首周りをもっと狭く」とか「袖口はリブじゃなくて筒状に変更して」なんていう個人ごとの要望にも応えてしまう、という、気の遠くなるような離れ業を事業にしてしまったのですから、驚きです。
 昨年まで当店のカシミアセーターはスコットランドに注文を出していたので、気に掛けたのは、そのクオリティに差があったら困るな、ということでした。店でよくお話ししているように、カシミアセーターについての製造側の考え方はふた通りで、ふんわり仕上げる九分咲きのイタリア調とかために仕上げた五分咲きの英国調、に大別されるのですが、この会社の方針は当店と同様にやはり後者の英国的な考え方であって、しかも乾燥機を使わない自然乾燥ですので、これはむしろスコットランドの上を行っていたのです。製造のファクトリーは山梨県中央市にあり、その水は南アルプスに降る水、つまり偶然にも私たち静岡の人間が毎日飲んでいる水と同じ水で作られるセーターということなのです。

……私たちには直接にモノを作る技術は何にもありません。しかしだからこそ、さまざまなモノづくりの専門家と取り組むことができ、そしてそれを多くの人に紹介することができます。それが喜びでもあり誇りでもあるのです。 (弥)

※ハイコム(ヒューメックス)とUTOは、現在は取り扱いがありません。

【倶樂部余話】 No.229  セヴィルロウを歩いて考えた (2008.2.4)


 四年振りのロンドン。昨年一月にフィレンツェで特別展「ザ・ロンドン・カット/セヴィル・ロウ・ビスポーク・テイラーリング」を観覧し(余話【217】参照)、今また話題はロンドンなのだということを実感した上で、ならばやはりこの目で確かめなくては、と丸一日掛けてセヴィルロウ周辺を歩き回りました。
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【倶樂部余話】 No.228  無駄遣いをさせない店 (2008.1.1)


 あけましておめでとうございます。
 先日来日した大御所デザイナー、ジョルジョ・アルマーニ氏が、記者会見の席で「日本の消費者に何かメッセージを」という記者の問いに対して、三つのアドバイスを語りました。まず「自分を偽るような装いをしない」。次に「ブランドロゴに惑わされない」。最後に「ファッションジャーナリストが書いたり言ったりしていることをうのみにしない」。さすが御大、こういうことはこのくらいの人が言って初めて意味を持つのですね。
 一方、米アウトドア用品のパタゴニアが「売らないビジネス」を主張しています。曰く、モノを作って売ることはそれだけ環境に負担を与える。とすれば直せるものはできるだけ修理をしてあげて、なるべく新品を作らないし売らない。それでも経営の成り立つ会社であるのが理想、ということでしょう。
 この二つの話は、どちらも矛盾をはらんでいて、とても逆説的であり、批判的であって、また皮肉っぽくもあり、しかし、何だか中身には妙な説得力を感じて、思わずうなずいてしまうのです。
 そんな含みで、正月だから風呂敷拡げて言ってしまおう、と思うのです。当店は「お客様に決して無駄遣いをさせない店」を目指そう、と。無駄遣いをさせるモノは仕入れない、置かない、売らない、極力…。これを開店二十一年目の課題にすることにしました。
 本年も変わらずのお引き立てをよろしくお願い申し上げます。(弥)

【倶樂部余話】 No.227  逃げも隠れもできない (2007.12.1)


 私が「アイルランド/アランセーターの伝説」を著してからもう五年も経つというのに、未だに聞きかじりだけの誤記に出くわします。スコットランドが発祥地になってしまっていたり(註1)、編み柄の組み合わせを無理やりに家系にこじつけたり(註2)、の記述が相変わらずなのです。
 アランセーターのことに限った話ではありませんが、他にも近頃はプロだかアマだかすらよく分からない書き手(なぜかガイドとかナビゲーターとか呼ばれている)による、伝聞だけで裏を取らない原稿がネット上に増えているように思います。
 これはネット等での匿名性と関係があると思います。モノを書く人の多くは、全て匿名ではないにせよ、どこのどういう人かは知られずに済みます。ところが私の場合、匿名性はほぼゼロです。実店舗があってほとんど常にそこにいますし、書くだけでなく書いたモノを実際に店で売っていますから、店を見られれば、もし私の記述にウソがあってもすぐにばれてしまいます。「これを書いたのは誰?」と糾弾されれば、私は逃げも隠れもできません。それが怖くて恐ろしくて臆病で、とてもいい加減なウソなんか書けないのです。
 幸運なことにそれが私の記述の信頼性を高めているのでしょう。先日も遠方からお越しになった方が「いろいろネットで調べてみたけど、ここが一番本当みたいだったので、ちょっと遠かったんだけど意を決してここまで来ました」とアランセーターをお求めになって帰られました。私がウソが書けない理由、決して誠実だとかなんかじゃなくて、逃げ隠れができないから、なのです。(弥)

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【倶樂部余話】 No.226  本棚のある店 (2007.11.9)


 あんまり誉められた行為とは言えないでしょうが、他人の家を訪れると、ついつい本棚やレコード棚をじっくりと眺めてしまいます。その家人の思いがけない趣味嗜好を知ってほくそ笑んでしまったり、全くジャンル違いの本が隣り合わせで、これを同一人物が読んでいることに驚いたり、ちょっと覗き見的な快感がありますよね。
 なぜそんなことを思い出したかと言いますと、先日、新しくできたメンズのお店を視察に行ったら、そこにも本棚があったからなのです。このお店、私もよく知るライターのY氏が最初のコンセプト作りからメンバーの一人として参画し、大手アパレルWが丸の内のお堀沿いに作った壮大な実験店Lなのですが、「大資本がお金出してくれるんなら俺だってこんな店作ってみたいよ、チキショー」と嫉妬に駆られたほどに、良く錬られた、居心地のいいお店でした。そして、そこの本棚は商品である服自身以上に見事に「私たちはこういう店です」というアピールを投げ掛けていたのでした。
 当店にも開店当初からずっと本棚があります。思い起こすと、ここに足を止めて眺めている人って割といらっしゃるんですね。今まで気が付かなかったのですが、うちの店の特徴のひとつ、それは「本棚のある店」だったのです。(弥)  

【倶樂部余話】 No.225  地方の店 (2007.10.10)


 丸の内に青山のようなビルが建ち、六本木に新宿のような空間が生まれ、銀座に渋谷のような施設ができる。東京では毎月のように新しい商業施設が生まれ、視察に行くたびに「これだけ次々に目新しいハコが出来続けると、人も移り気にならざるを得ないだろうなあ。私の店は、静岡の『地方の店』で良かったかもしれない。」と改めて感じるのです。
 そう、当店の類いは昔も今も「地方の店」と言われます。それは単に地方都市にある店という以上の意味があって、その規模や品揃え方針、固定客重視の接客や店主のわがままな好き嫌いの度合、など、いろんな要素がひっくるめられている呼び方なのです。ですから、この「地方の店」の反対語は何か、と考えると、恐らく「中央の店々」ということになります。しかもその「中央の店々」は中央だけでなくそこそこの規模の地方都市にも進出してきますので、地方には「地方の店」と「中央の店々」が混在しているのです。
 そして、地方では「地方の店」が減り、代わりに「中央の店々」が増え続けています。さらに中央では次々に新しい店が湧き上がります。それなのに、です、中央には「地方の店」がない、のです。
 さて、地方の客が中央の店へ、という流れはよく言われていることですが、しかし、実は中央の人たちの中にも地方の店(のような店)が好きな人がいる、ということが忘れられてはいないでしょうか。売れ筋に偏って同質化してしまっている店や、富裕層向けと称していたずらに虚栄心をくすぐる店ばかりが増え続けて、目まぐるしいほどの栄枯盛衰の中でパイの取り合いをしているのが中央ですから、そんなあわただしい様子に嫌気をさし「私は『地方の店』の感覚の方が好みだ」と感じる方々が中央にいたとしても何も不思議ではありません。そういう方々は中央で買える立地にいるにもかかわらず地方の店へ目を向けるのではないかと想像ができます。つまり、中央の客が地方の店で買う、という構図だって充分にあり得るのだと思います。マイナーな流れでしょうが、ネット時代になり口コミがマス媒体以上の影響力を持ち始めるようになっているので、この傾向が今後小さくなることはないように感じます。
 当店の売り上げはもちろん静岡県の皆様によって支えられていますが、最近は県外の方からのご用命も無視できない比率を占めるようになってきました。それもこれも当店が「地方の店」であるからなのでしょう。昔は何だか見下されているようで快く思わなかった「地方の店」という呼ばれ方ですが、近頃はそう言われることに密かに喜びを感じるようになってきているのです。(弥)

【倶樂部余話】 No.224  パクられてもパクることなかれ (2007.9.5)


 宮沢喜一元総理の死去の際、静岡新聞の「大自在」(朝日新聞で言うところの天声人語の欄)が、ウィキペディア(ネット上の百科事典)の記述を裏も取らずに無断引用し、大恥をかいた、という事件がありました。
 このホームページの私の文章も実に方々で参照されているようです。最も多いのは、やはりアランセーターについての記述で、くだんのウィキペディアにまで紹介は及んでいます。またマッキントッシュに関する考察なども業界内では少なからぬ影響を与えているようなのです。
 ネット以前の時代ですと、田舎の一商店主がDMのハガキにワープロで書くようなモノと大新聞に書かれた記事とでは、その信頼度には明らかな差があったものでした。ところが、面白いことに、ネット出現以降は、同じような内容の記述に出くわしたとしても、どれが初出の本家モノで、どれが他人の文章のパクリかは、つぶさに記述を読むと比較的容易に判断ができるようになったのです。
 このことは、たとえ無名で小規模だろうと、マス媒体以上に説得力のある発信ができる時代がやって来たという朗報であり、また、決して安易に他人の記述をパクったりせず、いつも内容を咀嚼して自分の言葉で書くことを心掛けるべき、という教訓でもあります。
 もうひとつ、私が言い出しっぺなのが「スーツは年収の1%」説なのですが、これが過日業界紙に某百貨店の男性バイヤーのコメントとして載っていたのにはいささか驚いてしまいました。
 ついでに今回はこんな持論も披露しておきましょう。「スーツは食卓で決まる」。スーツをどの店でどう買うのか、の裁定は、実は店内ではなく、夕食の団らんの家族の会話ですでに決まっているのではないか、というのが私の勝手な推測なのですが、いかが感じられるでしょうか。(弥)