倶樂部余話【一九三】アイルランドとフィンランド(二〇〇五年二月一一日)


 恒例の、海外出張報告をいたします。

 今回は、10度目のアイルランド(3)と初めてのフィンランド(3)という旅程でしたが、この二つの国、割と共通点が多いように感じます。

 ヨーロッパの西端と北端に位置し、ともにヨーロッパではフリンジ(辺境)に当たりますし、人種も、アイルランドは旧東独あたりを発祥とし西に移動して英仏海峡を越えたケルト族、フィンランドはハンガリー周辺から北に移動しエストニアを経てバルト海を渡ったフィン族、と、ゲルマンでもラテンでもスラブでもないヨーロッパの少数派です。また、アイルランドはイングランドに、フィンランドはスウェーデンとソビエトに、長く支配され続け、どちらも散々辛酸を味わった末にようやくの独立を果たした共和国ですし、かつては貧しい農林水産国だったのが、教育重視の政策によって先端のIT工業国に変貌を遂げつつあるユーロ圏の優等生、という点も同じです。

文化的に見ても、クリスマスはもともと古代ケルトの冬至祭がルーツで、そのクリスマスに登場するサンタクロースの故郷はフィンランドです。岩や森など自然物への崇拝意識も強く(岩盤を掘り下げたヘルシンキのテンペリアウキオ教会はアイルランドの古代遺跡ニューグレンジにそっくりでした)、そこには今も妖精が宿っていると信じられています(ムーミンはカバじゃなくてトロルという妖精の一種です)。何より、両国の伝統音楽の調べがとてもよく似ているのには驚きました。

 

さて、アイルランドでの主な仕事は、例年と同じく、ダブリンで年に一度開催される一大展示会(700社が出展)でいろんな商材を探すことでした。この展示会、従来はアイルランドの業者が国内や英米に向けて販売する、という姿勢が強かったのですが、今年目立ったのは、アイルランド国内へ向けて売り込みに来ている英国企業がとても増えているということでした。恐らく、アイルランドの国内消費がかなりの活況を呈しているということの現れだと思います。消費が伸びていると、人はいいモノを買いたがるようになります。だからでしょう、かつては野暮ったさが売り物といった感のあったアイルランド製品も、このところかなりソフィスティケート(洗練化)されてきて、価格ということではないユニークさで、再び国際競争力を取り戻してきているように感じました。

従来から当店と取引のある10数社のアイルランド企業とは概ね満足のいく商談が進められましたし、またいくつかの英国企業とダブリンで商談を済ますことができたことは、大変好都合でした。

 旅慣れたダブリンを後にして、初のヘルシンキへ。フィンランドでの主目的は、ダウン製品(ヨーツェン)の工場を視察することでした。この見学レポートは、今秋の納品時に改めて詳しく述べたいと思いますが、期待を裏切らない素晴らしい現場でした。氷河の雪融け水と電力という豊富な資源、最新技術での徹底した品質管理、そして人間の目と手の力量、この三位一体が見事で、人の手を掛けるべきところと人手を省きテクノロジーを駆使すべきところのメリハリが実に効いている工場でした。ここのダウンを販売できることにますますの喜びを覚えました。

週末は、ヘルシンキの街を散策。ロシアの影響が色濃い街ですが、なにせ零下10℃の凍てつく街角、何度もツルリンしましたし、世界遺産スオメンリンナ島の要塞では腰まで雪に溺れました。「北欧の人はその寒さをも楽しむようにニコニコ元気に街を闊歩している」などとガイドブックにはありましたが、とんでもない、現地の人だって寒いときはやっぱり寒そうな顔をして背中を丸めてましたよ。

フィンランドを始め北欧というと「デザイン」という言葉が浮かびますが、この国には、スプーン一本から巨大な建物に至るまで、人の造作物であれば必ずデザイン(意匠)がある、という意識が根付いているように感じました。人が英知を尽くした技、ということへの評価が高いんです。知的財産権こそは立派に確立されたこの国の誇りなんですね。

食べ物ですか。トナカイの肉に木の実のジャムを掛けて食べる味覚にはいささかついていけませんでしたが、魚介類はどれも新鮮で概ね美味でした。土産には珍しい缶詰をやたらに買い込みました(私、実はちょっと缶詰マニアです)。トナカイの煮込み、熊のシチュー、鰯入りのパン、サンタ印の虹マス……。まだどれも開けてませんが、そのうち闇(やみ)鍋でもやろうかと……。