倶樂部裏話[14]ワープロが壊れました (2008.9.7)


 さぁ秋の始まり、九月の倶樂部余話は何を書こうか、という矢先、ついにワープロが壊れました。23年前に当時一番人気であった東芝RUPOの最新機種を購入して以来、買い換えを繰り返し、四代目に当たる最終機は実に11年も働いてくれました。ルポ君、長いことありがとう。君なしには私は文章が書けませんでした。私が曲がりなりにも本が出せるほどの文章上手になれたのは君のおかげです。

 私のようなワープロ専用機育ちの世代に多いのが、漢字変換の「カナ漢」派。私も例外ではなく、ローマ字入力は嫌いです。私もたまには海外とのメールを英語でやりとりしますから、決してアルファベットのキーボード配置に馴染んでいないということではないのですが、しかし、だいたい、漢字を出したいのにそれをローマ字で打つ、ということがどうも釈然としないわけです。それからカタカナの外来語を英語のスペルでなくローマ字で打たなきゃいけない、というのも気に入らない。ファックスはfaxであってfakkusuじゃないだろ、と憤ってしまいます。
 もっとも高校生の娘なんかはパソコンのローマ字よりもケータイのテンキーの方が得意なようで、器用に指を動かすその様子を見ていると、ああこうやって日本語は変化していくのだなぁ、と実感します。

 以前よりも拘泥しなくなったのが「縦書き」です。ご存じのようにハガキに載せる倶樂部余話は縦書きですので、ホームページにも同様に縦書きで載せられないか、といろいろ縦書きソフトを検討してみたこともありましたが、近頃はあまり気にしなくなりました。
 最近は漱石の小説まで横書き本が登場し、これが結構ヒットしているのだとか。恐らくこれから日本語の標準は横書きになっていくことでしょう。(中国語や朝鮮語なども同じでしょう。)きっとそう遠くないうちに新聞も全て横書きになる時代がやってくると思います。だって縦書きじゃメールアドレスも書けないし、サザンの歌詞はどうやっても横書きじゃなきゃ表現不能ですし。

 反対に横書き主流になってから気になるようになっているのが、漢数字がアラビア数字に化けてしまうこと。腹8分目、第3者はまあ分かるが、3位1体って何だ。リレーの第1走者とその分野の第一人者は違うのだし、餃子の1人前と仕事の一人前は違うのだぞ、と思う私なのです。
 腑に落ちなかったのは、自分の原稿のうち、「一人だけ」と書いたのを「1人だけ」と校正担当者に直されたときでした。じゃ、「1人芝居」もありなのか、20歳を「はたち」と読ませるのか、と、憤りは収まりませんでした。

 ということで、ワープロが壊れましたので、21年間ワープロで作ってきたハガキ通信も今回からパソコンで製作となりました。お手元に届いたハガキをご覧になって、あれっなんだか今までと少し体裁が違うなぁ、とお感じになられたことでしょう。できる限り慣れ親しんだフォームに倣おうとしたので、今回はかなりWordと格闘しました。しかし、このWordの「おせっかい」な性格、あんまり好きになれないんですけどね。 (弥)

【倶樂部余話】 No.234  服屋から靴を考えてみると… (2008.7.1)


  服屋の目で靴を見るといろんなことに思い当たります。
 もし服の寸法が五ミリ狂っていても、気付く人はほとんどいないでしょうし、このぐらいは仕方ないよ、の許容差の範囲で済まされますが、同じ五ミリもこれが靴となると、表記がワンサイズ変わるほどの大きな違いとなります。
 しかも、靴というのはひとつ作ればいいというものではなく、必ず左右二つを全く同じに作らなければなりません。寸法が違っても革の模様が違っても少しの差も許されないのですから、当たり前のようですが、これはすごいことだと思うのです。
 反面、不思議に思うのは、服屋にとってメジャー(巻き尺)は必携の道具でこれがないと仕事になりませんが、靴屋さんに行って足の寸法を測られることはまず稀で、靴のサイズというのはほとんど客の自己申告で決まってしまうもののように思えます。
 服屋の私が言うのも何ですが、誂え(=オーダー)に適しているのは服よりもむしろ靴の方じゃないかと感じることがよくあります。寸法の個人差は服の比ではなく、どんなに素晴らしい品もサイズが合わないとその真価が発揮できない、という点も服以上でしょう。ただ、靴のオーダーの場合、服よりもその完成図が想像しにくい、という弱点は否めず、それが初めてオーダーをやってみようという方の気持ちのハードルを少し高くしているのではないかと思います。
 「かっこいい靴を履くには、我慢は付きもの。痛い思いも仕方ない。」と思っている方は多いようで、春からレディスを始めてからは、特に女性にそれを強く感じます。確かにブランドのある高価な靴、それは絶対にいい靴です、否定しません。が、自分の足にストレスなく履けるかっこいい靴、これも併存するものとして、また絶対に必要な靴なのだと思います。
 もうひとつ、今後はエコという観点から見ても、履き潰すのではなく、リペア(=修理)して履き続けられる、という利点が誂え靴にはあることも見逃せない要素となることでしょう。
 靴を作るなら、夏。ただいまサマー・キャンペーンを実施中です。(弥)

【倶樂部余話】 No.233  ウェスト85センチの攻防 (2008.6.1)


 メタボ健診の攻防ラインが、ウェスト85センチ、という数字。
 先日私も主治医にメジャーを当てられ、ささっと「88センチ」と書かれたので、カチンときまして「ちょっと先生、今私が履いているスラックス、82センチですよ。その測り方、変じゃないです? いいですか、ウェストっていうのはこうやって測るんですよ…」と、逆にお手本を見せてやりました。
 何だか85センチを越えたら急に肩身が狭くなるようなおかしな風潮ですが、実は、当店で一番売れるベルトやスラックスのサイズ、これが85センチです。つまり当店の男性客には85センチのウェストの方が最も多いということに他ならないのですが、当然に皆が皆メタボな体質なんてわけではありません。
 それに、同じ85センチでも、身長160センチの方ですと確かに少々コロッと愛嬌のあるご体格(AB体)ですが、180センチある人だと標準体格(A体)の人でウェストがちょうど85センチですから、長身の方にはかなり不利な判定基準ですね。かように身長を無視してことさらウェストだけを問題視してもほとんど意味のないことのように思えます。
 さらに疑問は、女性は90センチ、という基準。普通は女性の方が男性よりもウェストはくびれて細いものなんですが、なぜ女にはそんなに甘いんでしょうね。
 まぁともかくメタボ候補の男性の数を日本中で増やしちゃえ、そんな厚生労働省の意図が見えるような、ウェスト85センチの独り歩きなのであります。(弥)

【倶樂部余話】 No.232 カシミアセーター・ファクトリー訪問記 (2008.5.4)


 カシミアセーターの受注会を今月開催しますが、その実施前に一度見学しておきたいと思い、甲府の南、笛吹川(富士川の上流)に近い製造現場に伺いました。地図で測ると当店のある静岡市から北へ直線距離でわずか七十キロ、山梨県中央市成島にある(株)ユーティーオーの山梨工場です。工場と呼ぶにはあまりにも小さいファクトリーでしたが、ここで一枚ずつ、糸の太さもデザインも色もサイズも異なるカシミアセーターが作られているのです。キーワードは「さいしん」です。
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☆最新…ニット生産の専門知識を熟知した技術者によって一枚ごとに違う設計図がパソコン上で作られ、それに連動して二台の日本製編み機が稼働します。セーターの主要なパーツはこうして正確に編まれていきます。
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☆細心…どれほど高度に自動化した編み機だとしても、見頃や袖などに分かれて編まれたパーツであれば、それら同士を結合させる「リンキング」の工程は手作業なのです。細かい櫛(くし)のような道具を使って、一針一針慎重に進められます。見ているだけで目が疲れて肩が凝ってきそうで、よく針目を違えて飛ばしてしまわないものだと感心します。ここがセーターづくりのキモのところですね。ここで扱う製品は全てカシミア製のしかも一枚一枚がすでに購入するお客様が決まっている特注品なのですから、大量生産の工場のように「何しろ生産効率が大切、多少の不良品が出ても返品を引き取ればいい」という慌てた気持ちでは務まりません。
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☆砕身…洗いは普通の家庭洗濯機、乾燥も室内で自然干し、と極めて小規模。洗い方も干し方も一枚ずつなのでこの方が融通が利くのです。カシミアの糸は原料からしてとても高価、たとえ十センチだって無駄にはしません。工場長は床に落ちた糸を踏みそうになって足をくじいたそうな。だから、粉骨砕身!
それにしても、綿ぼこりひとつ落ちていないクリーンな現場にはちょっと驚きました。私も内外幾つかのニット工場を見ていますが、こんなきれいなファクトリーは初めてでした。
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 畑の真ん中の、一体中で何をやってんだかすら分からないような小さな工場。でも世界でもきっとここでしかできない離れ業をやっています。カシミアセーターの受注会、従前から大幅にスケールアップして、まもなく開催です。 (弥)


※現在の取り扱いはありません。

【倶樂部余話】 No.231  アメカジとキャンディーズ (2008.4.10)


 長くこの仕事を続けていると、たまには「昔取った杵柄」が役に立つこともあるものです。しかし、近頃のアメカジ(アメリカン・カジュアル)復活の流行に際してほど、これをどっぷりと実感する事態はありませんでした。もちろんその杵柄は相当に錆び付いてはいるのですけれど…。
 「セヴィルロウ倶樂部」は21年目になりますが、その前の私はアメカジの店やジーンズ店を切り盛りしていました。さらにそのもっと前、そもそも大学生の私はいわゆる「ポパイ少年」の典型だったのでした。当時のポパイはまさに私にとってのバイブルで、教科書以上にラインマーカーだらけとなってまして、暇があれば神田や渋谷、青山あたりのお店を冷やかし冷やかし回ったものでした。
 さて、今回のアメカジ復活。オックスフォードのボタンダウンシャツもスイングトップもプレッピーも、らせん階段のように輪廻するファッションの習わしのひとつだと言われればそれまでですが、当時は客であった大学生の我々がとうとう五十歳となり、いよいよ仕掛ける側として社会の実権を握り始めた、それゆえの現象ではないかと感じています。
 あれから三十年。と言えば、キャンディーズ解散三十周年のファン同窓会が先ごろあって、話題となりました。私もあのとき後楽園球場に熱い思いを寄せた一人として感慨を深くしました。(1978.4.4.FinalCarnivalとプリントされた白いスタッフ・トレーナー、今でも大切に取ってあります。)このイベントは、ファンクラブ(全キャン連)元幹部のガン死という悲劇が契機ではありましたが、しかしこの時間の隔たりが、きっと二十年や二十五年だったらこれは実現しなかったのではないでしょうか。当時のファンのほとんどが五十歳あたりになり、堂々と昔を振り返ることができるようになった、それが三十年、だから現実のものになったんだろうと思います。
 つまり、アメカジ復活とキャンディーズ解散30周年には、関連性がある。これ、誰か論文のテーマにしないかなぁ、と思ってるのですが…。 (弥)

【倶樂部余話】 No.230  誂(あつら)えワールド (2008.3.7)


 誂(あつら)え(オーダーメイド)の世界を拡げよう、は、今年の課題のひとつとして掲げておりまして、この旗のもと、新たに四つの会社との取り組みが始まりました。

◆紳士スーツの縫製は、従来から岩手の東和プラム(旧・天神山)さんにお願いしていますが、それに加えて新しく二月から仲間に加わったのが、豊橋の小さなファクトリーアルデックスさんです。豊橋という立地はちょっと意外ですが、それは元々この会社の発祥が、天竜川を下ってくる信州産の生糸を使った絹織物工場であったことに由来します。
 何しろ現場を見学に伺って驚いたのは、熟練の職人さんが持つ匠の手業の伝承をトヨタ的な合理化手法で分解解釈しながら、若い人材を積極的に投入して、サステイナブル(持続可能)な経営体質を目指している点でした。カッコいいスーツを作るその技術力への高い評価はもちろんですが、生き残る製造業とはこういうことなのか、と思い知らされたものです。

◆婦人靴のパンプスを一足ずつパターンオーダーで作る、つまり今当店でやっている宮城興業の紳士靴オーダーをレディスに置き換えたバージョンとも言えるものですが、この難易度ウルトラCとも思える誂えを現実のものにしてしまったのがハイコムさんです。(ブランド名はヒューメックス)
 この会社、元来は靴を製造するための機械を欧州から輸入して日本の製靴工場に販売する仕事をしていたのですが、何年か前に、足をコンピュータで三次元計測する機械(足のCTスキャナーみたいなものだと思っていただければいいでしょう、数千万円するらしいです)を導入、通商産業省(当時)のサポートにより、この機械で日本全国約五千人の女性の足を測るという機会を得たのでした。この五千人分の貴重なデータをもとに、日本人女性に本当に合っている独自の木型を考案し、それを約60足の試し履き靴として用意する、というシステムを編み出しました。つまり、元々の発想が普通の靴屋さんとは全く異なっているのです。というよりも、靴屋さんでは誰もこんな面倒なことをやろうと考える人はいなかっただろうと思います。で、ここがもうひとつ凄いのは、どうしても足型からの発送だと「履き心地最優先、デザインは二の次」となりがちなのに、デザイン面でも全く野暮ったくないのです。こりゃ女性の足には福音だよ、と意気投合、このシステムを導入している販売拠点はすでに全国で三十数カ所あるのですがたまたま静岡県が空白地帯となっていたこともあって、めでたく当店に導入ということに相成った次第。
 実は、先ほど、宮城興業が手掛ける紳士靴オーダーのレディス版、と申しましたが、正確に言うとそれは誤りで、そもそも宮城興業はハイコムの機械を買う顧客でありますが、紳士靴のパターンオーダーをスタートするに当たりこちらの考案したシステムを存分に参考にした、したというのが経緯であります。つまり、ハイコムさんの方が先生だったのでした。

◆婦人服のオーダーが紳士服のようにはなかなか存在しない理由は、きっと「割が合わない」(様々な意味で)からなのでしょう。事実、オーダー服は得意なはずの当店でもこの実現にはかなりの難航を要しました。つくづく、同じスーツなのに男と女ってこんなに凸凹(でこぼこ)が違うものか、と感じますし、同時に、こりゃ紳士をやってなかったら絶対に手掛けたくないジャンルだろうな、とも思います。
 ですので、どうしても紳士服の添え物的に片手間で取り扱うところが多いようなのですが、その中で、本気で婦人服オーダーにも取り組んでいるのが、古くから神田で服地販売を営んでいるヨシムラさんでした。今回はここが長年にわたり蓄積してきた婦人服オーダーのノウハウをご厚意によって全面的に伝授してもらうことになりました。特訓を受けた相川のメジャーを持つ手はまだおぼつかないものがありますが、ようやく積年の懸案だった宿題、どうして女はオーダーができないの?、にひとつの答えを出せたんじゃないか、と感じています。

◆カシミアセーターの受注会、今年は男女ともに5月の開催へ向けて着々と準備を進めているところですが、そのパートナーがUTO(ユーティーオー)さんです。糸の太さ、編み地、カタチ、サイズ、色、全てが異なるセーターを一枚ずつ作る、それを国内工場で最短納期一ヶ月で、しかも「袖を少し短く」とか「首周りをもっと狭く」とか「袖口はリブじゃなくて筒状に変更して」なんていう個人ごとの要望にも応えてしまう、という、気の遠くなるような離れ業を事業にしてしまったのですから、驚きです。
 昨年まで当店のカシミアセーターはスコットランドに注文を出していたので、気に掛けたのは、そのクオリティに差があったら困るな、ということでした。店でよくお話ししているように、カシミアセーターについての製造側の考え方はふた通りで、ふんわり仕上げる九分咲きのイタリア調とかために仕上げた五分咲きの英国調、に大別されるのですが、この会社の方針は当店と同様にやはり後者の英国的な考え方であって、しかも乾燥機を使わない自然乾燥ですので、これはむしろスコットランドの上を行っていたのです。製造のファクトリーは山梨県中央市にあり、その水は南アルプスに降る水、つまり偶然にも私たち静岡の人間が毎日飲んでいる水と同じ水で作られるセーターということなのです。

……私たちには直接にモノを作る技術は何にもありません。しかしだからこそ、さまざまなモノづくりの専門家と取り組むことができ、そしてそれを多くの人に紹介することができます。それが喜びでもあり誇りでもあるのです。 (弥)

※ハイコム(ヒューメックス)とUTOは、現在は取り扱いがありません。

【倶樂部余話】 No.229  セヴィルロウを歩いて考えた (2008.2.4)


 四年振りのロンドン。昨年一月にフィレンツェで特別展「ザ・ロンドン・カット/セヴィル・ロウ・ビスポーク・テイラーリング」を観覧し(余話【217】参照)、今また話題はロンドンなのだということを実感した上で、ならばやはりこの目で確かめなくては、と丸一日掛けてセヴィルロウ周辺を歩き回りました。
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【倶樂部余話】 No.228  無駄遣いをさせない店 (2008.1.1)


 あけましておめでとうございます。
 先日来日した大御所デザイナー、ジョルジョ・アルマーニ氏が、記者会見の席で「日本の消費者に何かメッセージを」という記者の問いに対して、三つのアドバイスを語りました。まず「自分を偽るような装いをしない」。次に「ブランドロゴに惑わされない」。最後に「ファッションジャーナリストが書いたり言ったりしていることをうのみにしない」。さすが御大、こういうことはこのくらいの人が言って初めて意味を持つのですね。
 一方、米アウトドア用品のパタゴニアが「売らないビジネス」を主張しています。曰く、モノを作って売ることはそれだけ環境に負担を与える。とすれば直せるものはできるだけ修理をしてあげて、なるべく新品を作らないし売らない。それでも経営の成り立つ会社であるのが理想、ということでしょう。
 この二つの話は、どちらも矛盾をはらんでいて、とても逆説的であり、批判的であって、また皮肉っぽくもあり、しかし、何だか中身には妙な説得力を感じて、思わずうなずいてしまうのです。
 そんな含みで、正月だから風呂敷拡げて言ってしまおう、と思うのです。当店は「お客様に決して無駄遣いをさせない店」を目指そう、と。無駄遣いをさせるモノは仕入れない、置かない、売らない、極力…。これを開店二十一年目の課題にすることにしました。
 本年も変わらずのお引き立てをよろしくお願い申し上げます。(弥)

【倶樂部余話】 No.227  逃げも隠れもできない (2007.12.1)


 私が「アイルランド/アランセーターの伝説」を著してからもう五年も経つというのに、未だに聞きかじりだけの誤記に出くわします。スコットランドが発祥地になってしまっていたり(註1)、編み柄の組み合わせを無理やりに家系にこじつけたり(註2)、の記述が相変わらずなのです。
 アランセーターのことに限った話ではありませんが、他にも近頃はプロだかアマだかすらよく分からない書き手(なぜかガイドとかナビゲーターとか呼ばれている)による、伝聞だけで裏を取らない原稿がネット上に増えているように思います。
 これはネット等での匿名性と関係があると思います。モノを書く人の多くは、全て匿名ではないにせよ、どこのどういう人かは知られずに済みます。ところが私の場合、匿名性はほぼゼロです。実店舗があってほとんど常にそこにいますし、書くだけでなく書いたモノを実際に店で売っていますから、店を見られれば、もし私の記述にウソがあってもすぐにばれてしまいます。「これを書いたのは誰?」と糾弾されれば、私は逃げも隠れもできません。それが怖くて恐ろしくて臆病で、とてもいい加減なウソなんか書けないのです。
 幸運なことにそれが私の記述の信頼性を高めているのでしょう。先日も遠方からお越しになった方が「いろいろネットで調べてみたけど、ここが一番本当みたいだったので、ちょっと遠かったんだけど意を決してここまで来ました」とアランセーターをお求めになって帰られました。私がウソが書けない理由、決して誠実だとかなんかじゃなくて、逃げ隠れができないから、なのです。(弥)

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【倶樂部余話】 No.226  本棚のある店 (2007.11.9)


 あんまり誉められた行為とは言えないでしょうが、他人の家を訪れると、ついつい本棚やレコード棚をじっくりと眺めてしまいます。その家人の思いがけない趣味嗜好を知ってほくそ笑んでしまったり、全くジャンル違いの本が隣り合わせで、これを同一人物が読んでいることに驚いたり、ちょっと覗き見的な快感がありますよね。
 なぜそんなことを思い出したかと言いますと、先日、新しくできたメンズのお店を視察に行ったら、そこにも本棚があったからなのです。このお店、私もよく知るライターのY氏が最初のコンセプト作りからメンバーの一人として参画し、大手アパレルWが丸の内のお堀沿いに作った壮大な実験店Lなのですが、「大資本がお金出してくれるんなら俺だってこんな店作ってみたいよ、チキショー」と嫉妬に駆られたほどに、良く錬られた、居心地のいいお店でした。そして、そこの本棚は商品である服自身以上に見事に「私たちはこういう店です」というアピールを投げ掛けていたのでした。
 当店にも開店当初からずっと本棚があります。思い起こすと、ここに足を止めて眺めている人って割といらっしゃるんですね。今まで気が付かなかったのですが、うちの店の特徴のひとつ、それは「本棚のある店」だったのです。(弥)