高校生の娘が珍しいことに(!)私に聞きます。「ねぇ、円高っていいことなんだとばかり思ってた。だって私が小さい頃にお父さんがよく『やった、円高、円高!』って喜んでたじゃない。でも最近のニュースだと円高はよくないことのように言ってるみたいだし…。」
確かに十二年振りに訪れた空前絶後の円高です。もちろん我々には円安よりも円高にこしたことはないのですが、しかし今回はそうそう喜んでもいられない「困った円高」なのであります。
そもそもこの円高ユーロ安、九月中旬以降の世界金融不況の副産物みたいなもので、あまりにも急転直下でした。しかも時期が悪すぎます。秋冬物の仕入れが大半済んだ後での円高ですから、今店内にある輸入品のほとんどは高いユーロで仕入れたものです。でも「コレ来年はきっと安くなるよね」と問われれば、もうこれは否定できません。将来に向けて価格が下がる、つまりデフレ状態ですから、当然買い控えになります。
ところが店側も、来年安く売るためには、高く仕入れた今の在庫を無くさないと次の仕入れができません。かくして、円高メリットを享受しているわけではないのに、販売価格は値下げを余儀なくされる、という構図になるのです。表向きは「円高差益還元」と称して値下げを実施する海外ブランドも、実は円高差益なんてほとんどないのではないか、と想像が付きます。
でも、お客様にとっては、何も不都合はなく、むしろありがたい話でしょう。売る側の価格設定が弱気にならざるを得ない今シーズンですから、お買いになる側はどうぞ強気に、丁々発止の値踏み交渉なんぞを楽しまれてはいかがでしょうか。(弥)
「2008年(228-239・裏14)」カテゴリーアーカイブ
【倶樂部余話】 <号外> 引っ越し先の発表です (2008.12.1)
年明け一月に店舗を引っ越しします、と前号でお伝えしました。多くの方から「同じ紺屋町で、大股で137歩、らせん階段・レンガづくり、の2階って、 一体どこ?」と問い合わせをいただきました。
「あそこじゃないの?」といろんな答えが出ましたが、ズバリの正解者はわずか2名でした。
それでは発表します。
住所は、紺屋町5-10 まるめビル2階。パルコの裏手・両替町通りで、浮月楼の正門の向かい側、1階に医心堂薬局さんが入居するビルの2階部分になります。
今より少し狭くなりますが、広い窓からは徳川のお屋敷跡の木立が見えます。
移転の具体的な日程は改めてお知らせいたします。
【倶樂部余話】 No.238 引っ越しを決めました (2008.11.1)
重要なお知らせをいたします。店を引っ越すことになりました。時期は年が明けて一月中旬の予定です。
いろいろな事情が重なり、実は店の移転は二年ほど前から検討課題として挙がっていたのです。これから将来さらに売上げ拡大を目指すのか、それとも今の規模を維持しつつスローライフを志向するのか、その岐路にあって段々と後者の選択に気持ちは傾いていきました。いくつかの移転先候補を当たってきたのですが、このたびほぼ希望どおりの場所を確保することができましたので、いよいよ引っ越しすることを決めました。
移転と言っても、手狭になって、とか、拡張のため、という理由ではないので、できるだけ淡々と大騒ぎせずに引っ越したい、と考えています。が、そうは言っても、この店として二十年、会社としては三十五年間も世話になったこの場所を動くのですから、やはり引っ越しまでの三ヶ月ほどはいつもとは違う変則的な体制となることは避けられません。そんなこともあり、まずは顧客の皆様にいち早くお知らせしなければ、と思い、ここでお知らせすることにいたしました。
で、どこへ移るの、という肝心のその場所ですが、そのうち分かることですので、発表はもう少し先にして、しばらくの間クイズにすることにしました。ヒントです。ここから大股で百三十七歩という至近なところ、同じ紺屋町の町内で、レンガづくり・らせん階段の二階、というのは今とおんなじです。
さあどこでしょう。ご来店の方に順次お教えすることにしまして、皆様の十一月のご来店をお待ちすることといたしましょう。(弥)
【倶樂部余話】 No.237 ちりとて・瞳・だんだん… (2008.10.1)
朝は割と遅いので、長年まさに時計代わりになっているのがNHKの「朝ドラ」です。今までにも秀作駄作いろいろありましたが、先月までの「瞳」、これはひどかった。つまらない、を通り越して嫌悪感さえ覚えました。その前の「ちりとてちん」が近年まれにみる秀逸な出来映えだっただけに、余計にそのギャップに落胆しました。
主役が魅力に乏しいとか、ストーリー展開が陳腐など、ケチを付ければキリがないのですが、まず、舞台となる東京下町・月島の小さな紳士洋品店、これがありえない。こんなに不真面目で全く売る気のない店、ちゃんと洋服屋の商売をしている人に失礼です。それから、芸達者なベテランの脇役陣なのに、前にどっかで見たことある役柄ばかりで意外性がまるでない。全体に真剣な熱意というものが感じられない。何十年も続けてやってる朝ドラなんだから、この程度にお茶を濁して適当にやっても半年ぐらいは何とかなるよ、というマンネリと惰性…。
待てよ、とここまで思って心配になりました。もしかしたら、うちの店もお客さんから同じように思われてはしないだろうか。21年目の秋、新メニューも揃えているのだが、20周年企画が目白押しだった昨年に比べると確かにインパクトは弱い。今年は今までよりも真剣さと熱意に欠けているんじゃなんの、なんて勘違いされてはいないだろうか。いかんいかん、ちゃんと訴えないと、と反省した次第です。
「ちりとて」も「瞳」も記録的な低視聴率だったとか。でも見ている人の熱中度は両者で雲泥の違いでした。うちの店も高視聴率を狙う店ではありませんが、中身の質として、いつもファン客に高い熱中度で来店いただくため、そのアピールは怠ってはいけないぞ、と改めて肝に銘じてます。慣れることや馴染むことと惰性を履き違えちゃいけないと自省してます。
次は「だんだん」。「ありがとう」の謙虚さを忘れずに、わくわくしたい、わくわくさせたい、という気持ちを、十月を機にもう一度リセットしてみよう、と思った、この秋なのでした。(弥)
【倶樂部余話】 No.236 いいご縁を戴きまして… (2008.9.6)
新しい仕入先というのは、こちらから探していくことも多いのですが、逆に先方から当店の実績に一定の評価を頂戴してアプローチの声を掛けていただける場合もあります。この秋冬物からスタートする以下の三つの仕入先は、ありがたいことにどれも後者のケースなのでした。
★葛利(くずり)毛織さん(愛知県一宮市木曽川町)を七月にお訪ねした当初の目的は、純粋に工場見学でした。しかも、先方とはそれまで一面識もなかったので、懇意にしている生地問屋さんに仲介をしていただきました。単純な興味で、今も稼働する旧式のションヘル織機をこの目で見たい、それを話のネタにでもできれば、という程度の気持ちだったのです。
ところが、話が弾んでいくうちに、どうせなら直接商売しましょう、というように事が進んできたのです。それは従来の業界慣習では考えられないことでした。通常、機屋さんの販売は一反(約60m)ごと、対して我々洋服屋の仕入れは10cm刻みですので、両者の売買の単位が大きく違うのですが、それを工場出荷を10cm単位でやりましょう、というのですから、葛利さんとしては大胆な提案であったのです。
少々面食らいましたが、先方の熱意にもほだされ、双方の仲介の労を取ってくれた生地問屋さんにもちゃんと筋を通して了解を取り付け、いよいよ今シーズンからふっくらとしたションヘル織りの自慢の服地が尾州のファクトリーから直接届くようになったということなのです。
★ドーメル(本社パリ)と言えば、スキャバルと並んで英国生地の老舗マーチャントです。パリが企画する英国服地として永年人気があり、古くからある街角の仕立屋さんのウィンドウには今でも必ずドーメルの名前が飾られています。そんな先入観があったので、初めに売り込みのアプローチがあったときも「きっと未だに旧体質な代理店方式で、高い生地値でステータスを迫ってくるのだろうなぁ」と高をくくっていたのですが、さにあらず、でありました。フランス本社が直接日本法人を作り、また英国の有力工場を買収し傘下に収めるなど、物流とモノづくりの両面で革新を遂げ、驚異的なコストダウンを実現していたのです。英国でもこんなに艶っぽい色気のある生地が織れるのか、と思うほど美しい服地なのですが、その生地が先日フランスの本社倉庫から直接ここに届いたのにはちょっと驚きました。
いったん凋落した後に体制を作り替えて蘇ってくる古いブランドというのが、近頃は珍しくないですが、ドーメルもその一つ、復活した老舗ブランド、と言えるでしょう。
★三番目は、ラコステ。ええ、あのワニでお馴染みの、であります。先方からの誘いには、なんでウチに?と、正直私もちょっとびっくりしたのですが、何でも、百貨店、直営店、大手セレクトチェーン店、といった現状の販売店以外にも、地方の品揃え店にワニのマークが置いてあってもいいんじゃないだろうか、という計画が始まったそうで、当店がフランス本社の承認を通った日本初のケースになったということなのです。ですので、並行品でも闇ルートでもなく、ちゃんと正規の取扱い店としての位置付けになります。
今までこの店では、ワンポイントのブランド品というのはほとんど否定してきましたが、唯一ラコステだけは拒むことができません。なぜなら、ここが世界で最初にワンポイントを発明した元祖であるからです。
このような援軍の支えをもらって、当店21年目の秋が始まりました。今シーズンもどうぞご贔屓に。 (弥)
※現在ラコステの取り扱いは休止しています。
【倶樂部余話】 No.235 フィッシャーマンズ・ストライキ (2008.8.1)
燃油の高騰で採算が取れず全国一斉休漁という行動で世の中にその窮状をアピールしたフィッシャーマンズ・ストライキ。何しろ売上げの半分が漁船の燃油代で消えてしまうのではそりゃたまらないでしょう。ところが「時化(しけ)で入荷がない日みたいなもんだと思えば、大した影響はないですよ」と、築地市場の人たちは妙に冷ややかなコメントを発していました。私がここで考えさせられたのは、魚の値段は誰が決めるのか、という基本の問題。自分で捕った魚に漁師さんサイドでは売値が決められない、という漁業流通の仕組みです。競り(オークション)という値決めの方法は分からない訳じゃないのですが、それでも、生産者ばかりに損が歪んでいくようで、どこか何かおかしい、と思えてならないのです。柄にもなく、「コレじゃニッポンの漁業はどうなっちゃうんだ、大変じゃないか。」と一人叫んでしまいました。
私たち小売業にとっての最大の弱点は何か、というと、私は、自分自身ではモノが作れない、ということだと思うのです。誰かに何かを作ってもらわなければ商売が始まらない。モノの供給を止められたら首根っこを押さえ付けられたのも同然なのが小売屋です。だから、売り手にとって作り手はとても大切、ともに育み合うべきパートナーであるはずです。もちろん、安く仕入れて安く売る、は商売の鉄則でありますが、しかし「お客様のため」という名の下で、お客様第一主義と単なる消費者迎合を履き違えたまま、売値を下げるために生産者や中間業者をいじめて叩いて、適正な利益を配分してあげなかったら、作り手はやがて疲弊し立ち行かなくなるだろうことは明らかです。そうなって困るのは今度は売り手の方なのです。このことは繊維縫製業でも全く同じでして、現に私どもにとって、今お願いしている国内の縫製工場がもうこれ以上なくなってしまったとしたら、ホントに困ったことになるのです。
大規模小売店が流通のイニシアチブを握り、つまり価格決定に強い力を発揮するようになった現代の流通においては、小売業は生産者を守ってあげないといけない義務を負っている、と私は思います。何も難しいことではないはずです。例えば、セブン・アイ(ヨーカ堂)の鈴木さんとイオン(ジャスコ)の岡田さんが二人して「魚を今までより高く売りますけど、どうか買って下さい。日本の漁業を守るためにです。」と訴えれば、賢明な日本の消費者は少なからず共鳴してくれるものと思うのですけれど…。(弥)
倶樂部裏話[14]ワープロが壊れました (2008.9.7)
さぁ秋の始まり、九月の倶樂部余話は何を書こうか、という矢先、ついにワープロが壊れました。23年前に当時一番人気であった東芝RUPOの最新機種を購入して以来、買い換えを繰り返し、四代目に当たる最終機は実に11年も働いてくれました。ルポ君、長いことありがとう。君なしには私は文章が書けませんでした。私が曲がりなりにも本が出せるほどの文章上手になれたのは君のおかげです。
私のようなワープロ専用機育ちの世代に多いのが、漢字変換の「カナ漢」派。私も例外ではなく、ローマ字入力は嫌いです。私もたまには海外とのメールを英語でやりとりしますから、決してアルファベットのキーボード配置に馴染んでいないということではないのですが、しかし、だいたい、漢字を出したいのにそれをローマ字で打つ、ということがどうも釈然としないわけです。それからカタカナの外来語を英語のスペルでなくローマ字で打たなきゃいけない、というのも気に入らない。ファックスはfaxであってfakkusuじゃないだろ、と憤ってしまいます。
もっとも高校生の娘なんかはパソコンのローマ字よりもケータイのテンキーの方が得意なようで、器用に指を動かすその様子を見ていると、ああこうやって日本語は変化していくのだなぁ、と実感します。
以前よりも拘泥しなくなったのが「縦書き」です。ご存じのようにハガキに載せる倶樂部余話は縦書きですので、ホームページにも同様に縦書きで載せられないか、といろいろ縦書きソフトを検討してみたこともありましたが、近頃はあまり気にしなくなりました。
最近は漱石の小説まで横書き本が登場し、これが結構ヒットしているのだとか。恐らくこれから日本語の標準は横書きになっていくことでしょう。(中国語や朝鮮語なども同じでしょう。)きっとそう遠くないうちに新聞も全て横書きになる時代がやってくると思います。だって縦書きじゃメールアドレスも書けないし、サザンの歌詞はどうやっても横書きじゃなきゃ表現不能ですし。
反対に横書き主流になってから気になるようになっているのが、漢数字がアラビア数字に化けてしまうこと。腹8分目、第3者はまあ分かるが、3位1体って何だ。リレーの第1走者とその分野の第一人者は違うのだし、餃子の1人前と仕事の一人前は違うのだぞ、と思う私なのです。
腑に落ちなかったのは、自分の原稿のうち、「一人だけ」と書いたのを「1人だけ」と校正担当者に直されたときでした。じゃ、「1人芝居」もありなのか、20歳を「はたち」と読ませるのか、と、憤りは収まりませんでした。
ということで、ワープロが壊れましたので、21年間ワープロで作ってきたハガキ通信も今回からパソコンで製作となりました。お手元に届いたハガキをご覧になって、あれっなんだか今までと少し体裁が違うなぁ、とお感じになられたことでしょう。できる限り慣れ親しんだフォームに倣おうとしたので、今回はかなりWordと格闘しました。しかし、このWordの「おせっかい」な性格、あんまり好きになれないんですけどね。 (弥)
【倶樂部余話】 No.234 服屋から靴を考えてみると… (2008.7.1)
服屋の目で靴を見るといろんなことに思い当たります。
もし服の寸法が五ミリ狂っていても、気付く人はほとんどいないでしょうし、このぐらいは仕方ないよ、の許容差の範囲で済まされますが、同じ五ミリもこれが靴となると、表記がワンサイズ変わるほどの大きな違いとなります。
しかも、靴というのはひとつ作ればいいというものではなく、必ず左右二つを全く同じに作らなければなりません。寸法が違っても革の模様が違っても少しの差も許されないのですから、当たり前のようですが、これはすごいことだと思うのです。
反面、不思議に思うのは、服屋にとってメジャー(巻き尺)は必携の道具でこれがないと仕事になりませんが、靴屋さんに行って足の寸法を測られることはまず稀で、靴のサイズというのはほとんど客の自己申告で決まってしまうもののように思えます。
服屋の私が言うのも何ですが、誂え(=オーダー)に適しているのは服よりもむしろ靴の方じゃないかと感じることがよくあります。寸法の個人差は服の比ではなく、どんなに素晴らしい品もサイズが合わないとその真価が発揮できない、という点も服以上でしょう。ただ、靴のオーダーの場合、服よりもその完成図が想像しにくい、という弱点は否めず、それが初めてオーダーをやってみようという方の気持ちのハードルを少し高くしているのではないかと思います。
「かっこいい靴を履くには、我慢は付きもの。痛い思いも仕方ない。」と思っている方は多いようで、春からレディスを始めてからは、特に女性にそれを強く感じます。確かにブランドのある高価な靴、それは絶対にいい靴です、否定しません。が、自分の足にストレスなく履けるかっこいい靴、これも併存するものとして、また絶対に必要な靴なのだと思います。
もうひとつ、今後はエコという観点から見ても、履き潰すのではなく、リペア(=修理)して履き続けられる、という利点が誂え靴にはあることも見逃せない要素となることでしょう。
靴を作るなら、夏。ただいまサマー・キャンペーンを実施中です。(弥)
【倶樂部余話】 No.233 ウェスト85センチの攻防 (2008.6.1)
メタボ健診の攻防ラインが、ウェスト85センチ、という数字。
先日私も主治医にメジャーを当てられ、ささっと「88センチ」と書かれたので、カチンときまして「ちょっと先生、今私が履いているスラックス、82センチですよ。その測り方、変じゃないです? いいですか、ウェストっていうのはこうやって測るんですよ…」と、逆にお手本を見せてやりました。
何だか85センチを越えたら急に肩身が狭くなるようなおかしな風潮ですが、実は、当店で一番売れるベルトやスラックスのサイズ、これが85センチです。つまり当店の男性客には85センチのウェストの方が最も多いということに他ならないのですが、当然に皆が皆メタボな体質なんてわけではありません。
それに、同じ85センチでも、身長160センチの方ですと確かに少々コロッと愛嬌のあるご体格(AB体)ですが、180センチある人だと標準体格(A体)の人でウェストがちょうど85センチですから、長身の方にはかなり不利な判定基準ですね。かように身長を無視してことさらウェストだけを問題視してもほとんど意味のないことのように思えます。
さらに疑問は、女性は90センチ、という基準。普通は女性の方が男性よりもウェストはくびれて細いものなんですが、なぜ女にはそんなに甘いんでしょうね。
まぁともかくメタボ候補の男性の数を日本中で増やしちゃえ、そんな厚生労働省の意図が見えるような、ウェスト85センチの独り歩きなのであります。(弥)
【倶樂部余話】 No.232 カシミアセーター・ファクトリー訪問記 (2008.5.4)
カシミアセーターの受注会を今月開催しますが、その実施前に一度見学しておきたいと思い、甲府の南、笛吹川(富士川の上流)に近い製造現場に伺いました。地図で測ると当店のある静岡市から北へ直線距離でわずか七十キロ、山梨県中央市成島にある(株)ユーティーオーの山梨工場です。工場と呼ぶにはあまりにも小さいファクトリーでしたが、ここで一枚ずつ、糸の太さもデザインも色もサイズも異なるカシミアセーターが作られているのです。キーワードは「さいしん」です。
☆最新…ニット生産の専門知識を熟知した技術者によって一枚ごとに違う設計図がパソコン上で作られ、それに連動して二台の日本製編み機が稼働します。セーターの主要なパーツはこうして正確に編まれていきます。
☆細心…どれほど高度に自動化した編み機だとしても、見頃や袖などに分かれて編まれたパーツであれば、それら同士を結合させる「リンキング」の工程は手作業なのです。細かい櫛(くし)のような道具を使って、一針一針慎重に進められます。見ているだけで目が疲れて肩が凝ってきそうで、よく針目を違えて飛ばしてしまわないものだと感心します。ここがセーターづくりのキモのところですね。ここで扱う製品は全てカシミア製のしかも一枚一枚がすでに購入するお客様が決まっている特注品なのですから、大量生産の工場のように「何しろ生産効率が大切、多少の不良品が出ても返品を引き取ればいい」という慌てた気持ちでは務まりません。
☆砕身…洗いは普通の家庭洗濯機、乾燥も室内で自然干し、と極めて小規模。洗い方も干し方も一枚ずつなのでこの方が融通が利くのです。カシミアの糸は原料からしてとても高価、たとえ十センチだって無駄にはしません。工場長は床に落ちた糸を踏みそうになって足をくじいたそうな。だから、粉骨砕身!
それにしても、綿ぼこりひとつ落ちていないクリーンな現場にはちょっと驚きました。私も内外幾つかのニット工場を見ていますが、こんなきれいなファクトリーは初めてでした。
畑の真ん中の、一体中で何をやってんだかすら分からないような小さな工場。でも世界でもきっとここでしかできない離れ業をやっています。カシミアセーターの受注会、従前から大幅にスケールアップして、まもなく開催です。 (弥)
※現在の取り扱いはありません。