【倶樂部余話】 No.297 英なギリー米なサドル (2013.07.03)


 夏の当店は「靴を作ろう!」のキャンペーンを毎年実施しています。それに合わせて私も必ずこの時期に一足ずつ作ることにしています。今回は、流行とは関係なく私が特に思い入れを強く持っている二種類の靴についてお話しします。

 まずはサドルシューズ。No297saddle靴全体を馬に見立てると、甲部分に鞍(くら=サドル)を被せたような切り替えのある靴です。プレーントゥの亜流とも考えられますが、このデザインがツートンに色分けがしやすいことからコンビの靴に採用されることが多く、アイビーやプレッピーなどアメリカのキャンパスルックの印象が強い靴です。私は三足のサドルを所有していましたが、やはり二足がコンビものです。今はとてもアメリカンなイメージのあるサドルですが、もともとのデザインは内羽根靴のひとつとして英国から来ているものですので、昨年作った四足目のサドルは、例えばもしロンドンのジョージ・クレバリーにサドルをビスポークしたら、という仮想で、思いっ切り英国的でドレッシーなサドルシューズを作ってみたのです。

 今年、現在制作中なのがギリーシューズです。No297gillie
あまり名前も知られていない程のマイナーな靴ですが、これこそ英国スコットランドの伝統的民族靴で、よく絵はがきやガイドブックで見掛けるような、タータンチェックのキルトスカートを履いてバグパイプを吹いてたりスコティッシュダンスを踊ってたりする、ああいう場面で履いている靴がギリーシューズです。ウイングチップ(フルブローグ)の原型と考えられていて、自転車のチェーンのような甲部分のデザインが特徴的です。私の一足目は15年程前に当店が英グレンソンに別注を掛けたモノ、二足目は5年前にグラスゴーのメンズショップで本来ダンス用のレンタル専用品を無理に頼んで買い取ったモノです。(重たくてしかもカカトの音がうるさくて、ほとんど履いてませんが)今回の三足目はもちろん宮城興業に頼んでいますが、既存の選択肢にはないものなので、特注品扱いで型紙からわざわざ起こしてもらっています。まもなく仕上がる見込みです。

 当店での夏の靴のキャンペーンは、夏枯れする服の売上げを補うためのこっち側の勝手な事情なのですが、毎年夏に一足ずつ靴を作る、これは結構いい習慣付けじゃないか、と思っています。 (弥)
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【倶樂部余話】 No.296 「あまちゃん」まつり? (2013.06.13)


 今月のイベントは「あま」です。といっても「あまちゃん」の海女じゃなくて、「亜麻色の髪の乙女」の亜麻です。ナチュラルな清涼感や清潔感がウリの素材です。
 麻フェアじゃいけないの?いや麻にもいろいろありまして、珈琲豆袋のジュート麻、ロープのサイザル麻、帽子のマニラ麻、和紙の原料のコウゾ・ミツマタ、琉球の芭蕉布、国内栽培厳禁の大麻(ヘンプ、マリファナ)、シュロもバナナもみんな麻です。衣料品の麻という表示はリネン(亜麻)とラミー(苧麻)だけに限られますが、ラミーは温暖なアジアが産地でかつては裃(かみしも)などにも使われたやや堅めでシャリッとした手触りのもので、寒冷地で採れるリネンとは別物です。つまり麻=リネンではなくてリネンは麻の一種です。
 じゃリネン特集でいいじゃん?ところが、ややこしいことにリネンには別の意味もありまして、テーブルクロスやシーツ、布巾などインテリアファブリックもリネンと呼ばれます。これらが古くは亜麻製であったことから派生して拡大された意味なのですが、リネン特集というとインテリア生地のイベントと誤解されそうです。
 ということで麻ともリネンとも呼ばずに「亜麻」なのです。ま、ちょっと朝ドラにあやかろう、っていう気持ちがまったくないわけじゃないですが、ね。(弥)

【倶樂部余話】 No.295 だけどな店 (2013.05.20)


 ウィスキーはブレンデッドよりもシングルモルト、コーヒーでもブレンドよりはストレート、というのが従来の評価。合わせ技よりも一本槍、の方がとかくもてはやされていました。団子しかない店、とんこつ一筋、靴下屋とかシャツだけの店とか、言うなれば「だけの店」です。
 でも近頃ちょっと逆の人気になってきてないか、と感じています。例えばこんな店、ありますよね。蕎麦屋だけどラーメンが評判の店とかトンカツの出てくる鮨屋とか。果物屋でホットケーキだって考えてみたら妙な組み合わせですよ。ドラマでは蕎麦のうまいバーが登場してますし、○○だけど××な飲食店を街歩き探訪する「だけど食堂」なんていう番組もあります。
 さて当店。店名は背広一本槍の「だけの店」のようですが、お客様が持っている印象はきっと「だけどな店」ですね。その「だけど」も人によって様々なんでしょう。背広屋だけど看板商品はセーター、オーダー屋だけど品揃えもある、メンズ屋だけどレディスあり、洋服屋だけど食器も売る、英国を謳ってながらアイルランドびいき、ファッションなのにDMは文字ばっかり、他にもあるのかな。ともかく「組み合わせの妙」というのが楽しみになっていることは間違いないでしょう。
 ところで、近頃ランチで気に入ってるのは、ラーメン屋で食べる揚げたてのかき揚げ天丼。これ、美味なんです。(弥)

【倶樂部余話】 No.294 マトリョーシカ人形 (2013.04.25)


 マトリョーシカ人形ってご存知ですよね。こけしのような女性の人形がだんだん小さくなっていくつも入れ子構造で重なるように収納されている、ロシアの土産物です。
 「マトリョーシカちゃん」という絵本があって、娘たちがまだ幼い頃かなりのお気に入りだったことを思い出します。
 さて、ひとつの型紙を元にしてサイズ違いの型紙を作っていくことをグレーディングと言いますが、このグレーディングをしたボディをサイズ違いで重ねるとあたかもマトリョーシカ人形のようになります。シャツやカットソーなどはほとんどきれいな同心円状に入れ子になりますが、スーツやジャケットとなると必ずしもそうはなりません。お分かりでしょう、人間の体型の変化って、そんなに都合良く拡大縮小コピーのように均一に変わってくれるわけではないのです。お腹は出ても背中は太りませんよね。また太っている人と痩せている人ではゆとり量も違います。意外に思われるかもしれませんが、太っている人ほどゆとり量は少なくしないといけないのです。
 このグレーディングの巧拙が一番顕著に現れるのがトラウザーズ(スラックス)でしょう。へたな典型はウエストが大きくなると太腿までブカブカになってしまう、というもの。巧いところになると、サイズが大きくなると型紙はだんだんいびつな「じょうご(ろうと)」のようなシルエットに変化してきて、サイズ違いを重ねてもキチンとマトリョーシカにはならない。悔しいかな、この点が欧州の製品は大変長けていると感じます。グレーディングというと普通は基本サイズからどんどん大きくしていくものなのですが、恐らく欧州の製品はかなり大きなサイズを基本にしてそこから小さくグレーディングしていく、という、日本と逆のやり方を取っているのではないかなと思うのです。
 今回トラウザーズを愛でる特集を迎えることになって、つらつらとそんなことを考えました。(弥)

【倶樂部余話】 No.293  奈津井さんのスーツ (2013.03.22)


 汚職で捕まった代議士の様に見えてはいけないのが、ネクタイなしでスーツを着る、というスタイル。本当は相当に難度の高い着こなしなのですが、震災以降の半強制的なクールビズの流れにあっては避けて通ることはできません。そこで某地方銀行勤務の奈津井さん(仮名・35才)に、どんなスーツなら作ってみたい?とヒアリングすることにしました。
 「上下揃いで着ることもあれば上だけや下だけのバラでも着たい。タイは付けない時の方が多いですが、でも締めることもあります。下の方が早く傷むので、のちのち上だけでも使えるデザインで。肩パットはなくていいです。邪道でしょうが、半袖のシャツでもいいように腕がベト付かないサラッとした袖裏地に。着丈短め衿幅細めですけど、行き過ぎないで程良く…、銀行員なので。」
 「生地はですね、色が黒か紺で、無地っぽいけど無地じゃない。光沢のあるのはノーです。通気性は最重要ですが、でも透けちゃダメ。シワにならないポリ混で、それでいてふんわり柔らかいいい生地ってあるんでしょうか。予算は六万五千円で上げてもらいたいんですが…。」
 はい、承知しました。すべてお望みをかなえましょう、とまず見本を一着作ってみました。で、せっかくここまで考えたのだから、この「奈津井さんのスーツ」、他の方にも薦めることにします。三種の生地に絞って十着限りで用意しました。ぜひ見に来て下さい。(弥)

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【倶樂部余話】 No.292 アラン諸島で再び考えた(2013.02.21)


 13年振り4回目、と言うと甲子園出場みたいですが、これが私のアラン諸島訪問歴です。毎年のように20回近くもアイルランドへ通っている私にしてもこういう訪問歴ですから、やはりアラン諸島は未だに辺境に属する場所ではあります。但しかなり便利で手近な辺境になってきてはいますが。 アランセーターの本を書き上げて10年、当時私が予想した将来像は果たして正しかったのか。ダブリンで会う人会う人「あの島はこの10年でものすごく変わったよ」と聞くかと思うと「いやいやちっとも変わっちゃいないさ」と言う人もいます。一体何が変わって何が変わっていないのか、短い滞在の中でツテを辿ってできるだけ多くの島の家族を訪ね、話を聞いてきました。
 何しろ夏がものすごく変わったらしいのです。ツーリストでごった返す夏の観光業だけで通年の生活が賄えているようです。反面、冬はほとんど昔と変わらないみたいです。港が新しくなり新築の家も増えました。でも特徴的な石積みの仕切り壁が続く道の風景はたいして変わりがありません。石を一切動かしてはならぬとの景観保護のお達しがお上からあるんだとか。
 アイルランドの経済状況が悪く、どうせ不景気なら都会にいないで故郷に帰って親の面倒をみようか、ということなのでしょう、このところこの島々にもUターンする地元出身者が目立つようになり、それに伴い子供の数が増えてます。幼稚園の園児数、今年5人で来年は10人、と倍になります。そして島の小学校では編み物と楽器の演奏は必修科目です。島の未来は明るいです。 しかしアランセーターを編む人は減る一方。割りの悪い内職仕事の編み物に骨のきしむような思いをせずとも生活が成り立つようになったのです。寂しい気持ちにもなりますが、それはひとときの旅人としてのわがままな感想に違いありません。島が近代化され豊かになっていくことは島の人たちにとっての幸福なのですから、それを妨げるような思いを抱いてはいけないでしょう。
 まさかこんな世界の果てのような小さな島々に幾度も来ることになろうとは。訪れるごとにいつしか私の視点は旅人の目なのか島民の目なのか、自分でも分からなくなってきたようなのでした。(弥)

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【倶樂部余話】 No.291 ホストが礼を尽くすようにゲストにも礼儀があるはず(2013.01.17)


 注意書きとかお触れ書きの類いというのは、読まなくても済む人は読んでくれるのに、読んで欲しい人には伝わらないものです。
 当店の入口に「ご来店のお客様へお願い」という小さな掲示をして十年近くになります。お読みいただいた方もいらっしゃるでしょう。同じ文章はHPにも掲載していて、そこにはその理由も述べていますから、HPで読んだという人の方が多いかもしれません。(こちら(ずっと下の方)です。)
 そこには、挨拶をしようよ、とか、両手ポケットはやめようね、とか、商品引っ張るな、とか書き並べていて、要は、余話【165】(2002年10月)で述べているように、自分の店は自宅と同じ、客だから何しても勝手というわけではなく、ホスト(=店)がホストとしての礼を尽くすように、ゲスト(=客)にもゲストとしての礼儀があってしかるべきだろう、ということなのです。
 別に宣伝することでもないし、お客様が自然に覚えていってくれればいいわけでして、今までこれをことさらに取り上げることはなかったのですが、十年経ち、思えば昨今うちのようなタイプの店がこうも減ってしまってはお客様が経験する場もなくなってしまうだろう、ということで、啓蒙というと偉そうですが、今後は少しこんなことにも触れていこうと考えを改めることにしました。これからはちょっと強めに言いますので、どうかご理解の程をお願いいたします。(弥)  

【倶樂部余話】 No.290 師走に思う雑感 (2012.12.24)


★衆院選自民党圧勝。「政権交代とあんまり言うので、どうせ短命だろうからちょっとだけ、のつもりが、まさかあんな素人集団で三年もやり続けるとは。しまったな」と思っていた人たちは、きっと今また「しまった。こんなに大勝させるつもりじゃなかったのに」と感じているはず。得票比率こそが民意のバランスだと思うのだが、大半が死票になって民意が反映されない議席配分というのは、何かおかしいんじゃないだろうか。
★新都知事に猪瀬直樹氏。彼の「ミカドの肖像」を読んだのは1987年、私が三十歳の時で、多方向からの事実を絡め合わせてひとつのストーリーを紡いでいくノンフィクション文学の醍醐味を味わったのがこの作品でした。その八年後私がアランセーターの本を書こうと思いたったとき、おこがましくも(「ミカドの肖像」みたいなノンフィクションが書けたらいいなぁ)と目標にしました。当然その内容は「ミカド…」の足元にも及ばない拙い出来でしたが、私にとって猪瀬氏はある意味、ひとつのきっかけをくれた恩人であるのです。まあ勝手に私がそう思ってるだけですが。
★その拙著は、アランセーターの伝説なんてうそっぱちなんです、と暴露している本では決してないのです。伝説を信じられる心、科学で証明できない何かの存在を信じたい気持ち、そんなものが印象に残せればと願いました。この三ヶ月間のドラマ「ゴーイング・マイホーム」を観て、そんなアイルランドのことを思い出しました。
★この一年間のご愛顧に感謝します。皆様に、メリー・クリスマス。そして良いお年をお迎え下さい。(弥)

【倶樂部余話】 No.289 遠いのに近い、近いのに遠い (2012.12.01)


 11月になるともう次の冬への仕掛けが始まります。
 11/13、恵比寿の某ホテル。英国で六世代三百年の歴史を誇る老舗のネクタイ生地ファクトリーから担当者が来日中で、仲介者を交えて別注タイの打ち合わせ。初対面で大いに緊張しましたが、驚いたのは、申し訳ないくらい少ない本数なのにこちらの希望どおりの配色で注文を受けてくれる柔軟さでした。しかもサンプル織りはたった二週間で作って日本に送ってくる、という驚異的スピード。英国と静岡との距離感を感じることもなく、三百年生き残りの秘訣ここにあり、という気がしました。
 翌週11/20は静岡県磐田市福田(ふくで)地区へ初めてのドライブ。コーデュロイでは国内シェア90%超という一大産地ですが、近年は安価な中国製に押され生産量は減少の一途です。地産地消を振りかざすまでもなく、せっかく地元にいい素材があるのならばこれは是非とも活用してみたい、と思い、新装開店なった織物組合のショップを訪ねました。運良く意欲的な織布ファクトリーの若社長と会うことができ、「高品質な定番のコーデュロイを見本帳を元に少量ずつ適時に仕入れるシステムはないのだろうか」と相談しましたが、なかなか糸口が掴めません。コーデュロイという布は我々の想像以上に作る単位が大きいらしくて、普段何十反の話をしている彼にメーター単位の相談では、どうも「のれんに腕押し」みたいな感触で、小口でエンドユーザーに提案できるような窓口さえ見当たりません。実現までの道のりはまだまだ長いな、と感じました。

【倶樂部余話】 No.288 旅の甘~い(?)思い出 (2012.11.01)


 話題に困ったときは食べ物の話に限ります。美味しかった話だと「そりゃ良かったね」と言われるのがオチなので、今回は旅先で食べたNGなモノを挙げてみることにします。
 アイルランドの田舎町で出された地中海風?豚肉のオレンジソース和え。フィンランド・ヘルシンキ、ラップランド料理店でのトナカイのブラックベリーソース掛け。どちらも甘ったるいジャムがどっさりと乗っていて、肉とフルーツの掛け合わせは、元来から酢豚にパイナップルさえも苦手な私ですから、手を出してはいけないメニューだったのです。肉の量も半端でなく、見ただけでもうすっかり満腹になりました。
 ロンドンのど真ん中ピカデリーサーカスであまりの空腹に慌てて頼んだ餃子。まさに段ボールを噛んでいるようでこれほどダメな餃子は初めて。えてして日本人は中華料理に慣れすぎているので欧州のアレンジには違和感があることが多いです。むしろ韓国やタイ料理の方が中華ほど馴染みがない分だけハズレも少ない、というのが私の経験です。
 さて、最後を飾るのは、27年前、新婚旅行のシンガポール、インド人街でタクシードライバーに連れて行ってもらった「地元で一番美味しい」食堂での、フィッシュヘッドカレー。バナナの葉の上に、魚の頭がどすんと乗った素朴なカレーです。見た目のグロテスクさはともかく、身の締まりがまるで感じられない臭みの残った白身魚には辟易でした。二人して(文字通り)手を付けられず、運転手は「こんなご馳走、もらっていいの?」と大喜びでビニール袋に入れてお持ち帰りしていました。
 何ごとも経験したからこそのこと、旅での苦い、いや甘~い(?)思い出です。(弥)