【倶樂部余話】 No.287 俄(にわか)や擬(もどき)を本物に (2012.10.01)


 ブリティッシュがトレンドらしいのです。五輪の余波なのか、景気後退の閉塞感からの原点帰りなのか、イタリアよりも知性派向きだからなのか、理由はいろいろ挙げることはできるでしょう。
 加えて、アランセーターにも追い風が吹いています。糸井重里氏が気仙沼で仕掛けているプロジェクトの影響もあるのかもしれませんが、近頃の取材申込の状況からも、今年は「来てる」気がします。
 それなら万々歳じゃないですかと言われそうですが、今までの経験では実はそれ程喜んでばかりもいられないのです。
 俄(にわか)ブリティッシュやアランセーター擬(もどき)の人たちには、当店のように流行関係なく主義を貫いた店は敷居が高いのでしょうか、やはりトレンドとして俄や擬を扱う店に走りがちです。それだけならまだいいのですが、以前からの俄や擬ではない本物の方までもが、流行りモノと一緒にされるのはイヤだからしばらく遠慮しとこう、と、へそ曲がりな気を起こしてしまうのです。
 なので、ハヤリとカブるときは要注意、が今までの教訓なのですが、ネットの時代、小さな情報でも確かな情報なら伝わりやすいという世の中になって、ちょっと変わるかなと思っています。俄や擬から本物に転向する比率は従来よりも格段に高くなるのでは。そんな期待を持って迎えた今年の秋冬なのであります。(弥)  

【倶樂部余話】 No.286 ひとり占めの瞬間(2012.09.01)


 二十年振りに富士山に登りました。雲ひとつない地平線の彼方、茨城県あたりから昇る、まるで朝日新聞のような朝日。今まで見たどの日の出よりも美しいものでした。
 剣が峰三七七六㍍の表碑の前には順番待ちの長蛇の列が。そりゃそうです、何時間も登りつめ、そしてあともう少しで日本最高地点の「ひとり占めの瞬間」が手に入るのですから、一時間ぐらい並んだって平気です。
 皆さんは「ひとり占めの瞬間」って意識したことがあるでしょうか。ヒトやモノ、コトを自分だけの物にする一瞬だけの喜びです。有名人と握手したりツーショットを撮る、なんていうのは割と多い体験でしょう。この瞬間は狙って取れるものもあれば、偶然に訪れる場合もあります。人それぞれに聞かれれば驚くような「ひとり占めの瞬間」の経験を持っているのではないか、と思うのです。
 私の自慢の「ひとり占めの瞬間」は二つ。その一、十七年前の秋の早朝、キャピトル東急ホテルの玄関でエリック・クラプトンと二人っきりですれ違ったこと。このときはあまりの驚きに身体が固まりました。その二はアムステルダムのオランダ国立美術館。十年前の冬。フライトの時間が迫り、開館と同時の急ぎ足で、レンブラントの「夜警」へ一番乗りで到達。数分間、あの大きな絵を遠ざかったり近寄ったりと、独占しました。ただ、この二つ、残念なことにどちらも証拠がないのです。写真もなければ目撃者もいない、なので家人は未だに信じてくれません。
 あなただけのひとり占めの瞬間、是非聞かせてもらいたいものです。(弥)

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【倶樂部余話】 No.285 開店25周年記念・プロ棋士たちのスーツ(2012.07.27)


 この秋、この店は開店二十五周年を迎えます。四半世紀。よくまあ続いたもんです。で、記念に当店だけのオリジナルのスーツ生地を作ることにしました。
 服地の別注は、二十周年の時にハリスツイードでやりましたが、このときは既存の生地をベースに、配色を独自に指定し乗せ換えたものでした。それに対し今回はウールの原料から、糸、織り方、配色に至るまで、すべてがオリジナルで、正真正銘世界で当店だけの服地を作ろうという企てですから、実現できるのかどうか、ちょっと冒険でした。
 当初からの私のアイデアはこんなもの。「英国ハリソンズのフロンティアのようなどっしりと重量感のある平織り、仏ドーメルのアマデウスに見られるようなマッターホルンの青空のような鮮やかなブルーを入れたカラー、できれば英国羊毛を使いたい、これを葛利毛織のションヘル織機でスローに織り上げる」という、当店のおいしいところをすべて盛り込んだ「いいとこ取り」。こんな漠然とした着想を持って、五月の雨の日、愛知県一宮市の葛利毛織さんを訪ね、打ち合わせが始まりました。
 感覚的な私の要望に対して、葛利さんは技術者としての裏付けで答える。そんなやりとりの後、膨大な過去の見本帳から小さな端切れを探し出してきました。「求められているのはこんな生地じゃないですか。実はこの服地、プロの将棋差しの方からの要望だったんです。長時間の正座に耐え、シワの復元力も強く、それでいて上半身は動きやすく、かつ長い季節に使えるスーツが欲しい、というものです」それを見た瞬間、私「そう、これです、これ。この感じ」と。
 そこからは意気投合、かくして私のわがままを葛利さんがカタチあるものにしてくれることに。試し織りの見本生地も先日届き、上出来の仕上がりです。開店二十五周年記念、プロ棋士たちのスーツ、いよいよ発売になります。(弥)

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【倶樂部余話】 No.284 いつからセールを始めるか(2012.06.22)


 いつから夏のセールを始めるか、は我が国永遠の議論のようです。三越伊勢丹が従来よりもたったの2週間だけスタートを遅らせると発表したのが意外にも大ニュースになりました。五月にこのニュースが大した関心もない人にまでも周知徹底されたおかげで、かえって世間にセール待ちの空気を強めさせたなんていう皮肉なことにならなきゃいいがな、と思っています。
 フランスではこの議論は起きません。なぜならセールの日程は国の法律で決まっているからで、夏だと六月最終水曜日の朝八時から、なんだそうです。これは民間のことに国が介入していると言うよりも、個人消費を国家経済の重要な要素と捉えていることの現れなんでしょう。国を挙げての一斉スタートですからそりゃお祭りのように盛り上がるはずです。抜け駆けの好きな国民性を持つ日本でこそ、国レベルでこういうルールづくりが検討されていいと思います。高速無料化やエコポイントなんかができるぐらいだから、その気になればすぐに決められるはずでしょ。
 で、当店ですか。盛夏物が少ない、七月が決算、早めに秋物を立ち上がりたい、などの事情もあって、フランスと同時期に始めることにしました。(弥)

【倶樂部余話】 No.283 その大丈夫は大丈夫ですか?(2012.05.26)


 「大丈夫です」の用法が近頃何だかおかしい。

 例①。店「手提げ袋に入れましょうか?」客「大丈夫です」→これは、店も客も、手提げは不要である、という意味だと認識している。ここに食い違いはない。

 例②。(商品を見て回っているフリの入店客に向かって)店「お手伝いしましょうか?」客「大丈夫です」→店は (一体何が大丈夫なんだろう?買い物の手伝いをするのが私の仕事なのだが)といぶかしむが、どうも客は(見てるだけだから放っといて)というニュアンスで言っているようだ。店と客で言葉感覚にズレがある。

 例③。(日曜日、品切れの商品を訊ねられたので、在庫があれば取り寄せもできるという場面で)店「明日にならないと問屋への在庫確認ができませんが、よろしいでしょうか?」客「大丈夫です」→店(じゃあ、明日お電話しますからこちらでお名前を…)と言おうとしたら、客はそそくさと店を出て行ってしまうではないか。ポカンとする私。客は(すぐに欲しかったので、明日の在庫確認は必要ないです)という意味だったようだ。解釈がまるで正反対になっていた。

 結論。どうも「大丈夫です」は「OKです」ではなくて、「お願いします」の反対語、つまり「お願いしません」という意味で使われているみたいなのだ。三つの例示にそれぞれ「お願いします」を当てはめてみると逆の意味になることでそれがお分かりいただけるだろう。
 でも、そんな大丈夫は全然大丈夫じゃない、と思うのですがね。どうなんだろ、この日本語。 (弥)

【倶樂部余話】 No.282 トラウザーズというのが英国流です (2012.04.26)


 トラウザーズ、スラックス、ズボン、パンツ、バンタローネ、ボトムス、いろんな呼び方がありますが、総じて上着に比べると日陰者です。
 テレビを観ていても上着はいろんな人を参考にできますが、腰やお尻や足元はなかなか映らないので、トラウザーズの正しい履き方とは何なのかさえ人さまざまです。試着される皆さんの腰の位置も実にまちまちですね。また、上着は着心地と見栄えはほぼ一致しますが、下の方は履きやすいけど見てくれが悪い、あるいは反対に、見た目は良いけど履きづらい、というケースが往々にしてあります。
 上着は八つの布で構成されているのに対し、ズボンを形作るのは主に四つの布です。それでいて腕よりも複雑で激しい脚の動きに対応しなければならないのですから、作る方は苦心します。ここで大切になるのが「くせ取り」という作業。もともとフラットな生地にアイロンでゆがんだクセを付けてお尻やひざの丸みに対応させていくのです。トラウザーズを二つ折りにハンガー掛けしようとするとなぜだかうまく掛けられない、という経験があると思いますが、これはくせ取りが効いているからです。私は「くせ付け」といった方が分かりやすいと思うのですが、なぜか古くから「くせ取り」といいます。自然なくせ付けが出来の善し悪しを決める秘訣だと言えます。
 今月は久々のトラウザーズ特集。脇役ですが名優揃いです。(弥)  

【倶樂部余話】 No.281 英国は深い (2012.03.30)


 映画「The Iron Lady マーガレット・サッチャー」を観ながら、一月にロンドンへ行ったときのことを思い出していました。
 何度目かのロンドンですが、実はまともに観光というものをしたことがなく、今回初めてバッキンガム宮殿の衛兵交代を見学する機会を得ました。冬の平日だというのにもかかわらず集まった数百名の見物客に混じって、一時間強のその儀式を楽しみました。さながらディズニーランドのパレードの様ですが、何しろこっちは恐らく何百年ずっと変わっていないであろう本物の儀式ですからね、素晴らしい観光資源です。で、思ったのです。「英国王室ってすごいよ、王室がこの国に寄与しているウェイトのなんと大きなことだろう。日本の皇室だってもっと国の資源として有形無形に活用することができただろうに。単純に『皇室っていいよなぁ』って、政治や宗教やイデオロギーとは全く無関係に、そう思っても良かったのに、戦後ずっとそう言えなかったことは、日本にとって不幸なことだったなぁ」と。
 名所や空港などあちこちのお土産コーナーにたくさん置かれていたのが、エリザベス女王の在位六十周年(Queen’s Diamond Jubilee)を記念したグッズの数々。女王陛下の顔写真が大きくプリントされたショッピングバッグなんて使って恥ずかしくないんだろうか、と思いましたが、考えてみれば英国のお札やコインにはみんな彼女の肖像画が描かれてるんだから、きっともう愛すべき国民的キャラクターになってしまっているのでしょうね、エリザベスは。これも日本の皇室ではありえない違いでしょう。
 六月初めにはこの女王在位六十周年を祝う式典が盛大に執り行われるようで、パレードあり船舶ショーありコンサートあり(ポール・マッカートニーは十年振りにまた御前でハー・マジェスティを歌うのだろうか)、と今からとても楽しみな四日間です。天皇陛下はとりわけこの式典への参加を切望されているそうで、実現すれば六十年前の戴冠式にも臨席した経験を持つ数少ない賓客となります。
 そしていよいよ七月二七日からはロンドン五輪が始まります。古いモノの中に違和感なく整然と新しいモノを取り込む、というロンドンらしさをオリンピックでもきっと遺憾なく見せてくれることでしょう。
 うーん、やっぱり英国は深いな。(弥)

【倶樂部余話】 No.280 O2O(オン・トゥ・オフ)は嬉しい傾向です (2012.2.23)


 当店のお知らせブログ「クリップボード」が「面白い」と言われます。ほとんどの項目は入荷商品の紹介記事で、特に読み物として意識して書いているわけではないので、商品が楽しい、と言われるのなら分かるのですが、記事の書きっぷりが面白い、という評価はちょっとこそばゆい思いがします。
 ただ自信を持って言えるのは、自分の言葉で書いている、ということ。だって、誰でもネットで簡単に検索できるような同じ様な内容を写したって仕方ないじゃないですか。その商品に出会った経緯、モノづくりの背景、仕入れた理由、売り言葉、買う人のメリット、などなど、商品ひとつひとつに語りたいことはたくさんあります。どうもこの視点が私は他人よりも少し長けているらしいのです。確かにネット店舗ではこんな勝手な書き方はできないだろうから、これはリアル店舗ならではの特徴なのでしょう。
 ひと頃は「店で商品をチェックするけど買うのはネット」という人が増えて、リアル店舗はショールームじゃないぞと憤りましたが、近頃は逆で「O2O」(オンライン・トゥ・オフライン、または略してオン・トゥ・オフ)というIT用語が言われるようになりました。「ネットでしっかり調べて、でも買うのはリアル店舗で」という傾向がはっきりとしてきたようです。いよいよアマゾンが米国でリアル店舗の検討をしているという噂まで出てきました。
 最近改めてつくづく思うのです。店を持っててよかったな、と。(弥)

【倶樂部余話】 No.279 先入観に訴えるブランド名のトリビア (2012.1.21)


 看板やブランド、商標についてのトリビア。あなたは「へぇ」いくつ叩きますか。
 小樽の菓子処ルタオ。ここの本社は北海道から遠く離れた鳥取県で、この会社は他にも築地ちとせなど、日本全国のご当地銘菓を数多く手掛けています。
 うどんの丸亀製麺。ここも神戸の会社で讃岐の丸亀とは全く無関係、丸亀には製麺所はおろか店舗すらないそうです。
 カナダのダウン(羽毛)ウェアのブランド、カナダグース。ブランド名はグース(ガチョウ、雁)ですが製品にはダック(あひる)のダウンを使っています。同じダウンでもグースとダックでは評価は随分と異なります。
 英国のハンドニットのブランド、インバーアラン(Inverallan)。アラン(Aran)セーターはアイルランドの名産品なのに、このセーターは英国(スコットランド)製です。スペルがLLとRで違いますが、日本人には同じカタカナのアランです。
 商人としては、ネーミングの好例としてこの商売上手を見習うべき、と評価すべきなのかもしれません。しかし私にはどうしても釈然としない感覚が残るのです、騙してるわけでも嘘をついているわけでもないというのは分かるのですけれど。
 じゃ、静岡なのにセヴィルロウ倶樂部、はどうよ、って、ですか。まさか当店の本店がロンドンにあって静岡は支店、などと勘違いされる方は皆無でしょう。皆様の先入観をミスリードしようなどという魂胆は全くありません。 (弥)

【倶樂部余話】 No.278 いわゆる福袋に関する若干の考察 (2011.12.25)


 三十年ほど前、まだ私が新入社員だった頃、福袋の企画会議で「いっそ透明な袋で中身を見せちゃえば…」と提案したところ、一笑に付せられ即却下されました。あまりに時代が早すぎましたね。今じゃ、中身が見えるは当たり前、年内にネットで予約して正月に配達というのも珍しくありません。でも、これじゃ、鮨屋でにぎりの出前を頼むのと何ら変わらず、あるいは大吉ばかりのおみくじを引くようで、こんな運試しにもならないハズレなしのものを果たして福袋と呼んでいいものやら、と感じます。
 先日ある会合で「この正月、福袋は売れるか」が話題になりました。福袋を買う習慣のない私は「大震災の以降、不要なモノや余計なモノはただでもいらない、という風潮が強くなっている。さらに今の消費者はハズレを引くことをすごく怖がるだろ。だからこの正月の福袋は売れないに違いない」との意見です。しかし福袋の好きな友人は「福袋っていうのは、例えば五万円相当を1万円で買った、ということだけで幸せなんだよ。震災の落胆から復興へ向かうこんなときだからこそ、得をした、運がいいぞ、という気持ちをより味わいたいものだ。だから今年の福袋は売れるはず」と反論します。さて、どちらに軍配が挙がるか、あと二週間もすれば分かるはずです。それを私は年頭の運試しにすることにしましょう。
 メリー・クリスマス。今年一年のご愛顧に感謝します。皆様よいお年をお迎え下さい。(弥)