倶樂部余話【九〇】先祖詣で(一九九六年一二月三日)


ケネディやクリントンを始め二千万人といわれるアイリッシュに向けてアイルランド観光庁が発行している雑誌がある。こんなモノを定期購読している日本人は私ぐらいだろうと思うが、中に「あなたのご先祖お探しします」という広告が載っている。私は四年前のあの一夜を思い出してしまう…。

六月、私はスコットランド巡り四日間のバスツアーに参加した。同乗客には初老の米国人夫婦が多い。エジンバラに着き、ホテルの宴会場で毎夜催されている「スコティッシュナイト」という観光ショーへ。名物のハギスを食べながら、ステージではタータンチェックの男女数人が躍ったり歌ったりで、私はすっかり観光気分に浸っていたが、突然目の前の席の米国婦人がワッと泣き始めたのである。「この歌、祖母がよく歌ってくれたのよ…」。

そうか、この人たちの旅は「先祖詣で」なんだ、自分のアイデンティティを血のルーツに求めに来ているんだ、と感動したのも束の間、次に奇妙な孤独感が襲ってきた。この聴衆はみんな血のつながりのある米国人やカナダ人、オーストラリア人など、その中にいる全く無関係な日本人の私はまさに異邦人じゃないか。ショーのフィナーレはスコットランド民謡「蛍の光」の大合唱。一人日本語で大声張り上げて歌う私の姿はきっと奇異に映ったことだろう。

深夜、ホテルの部屋へ帰り、テレビをつけると、NHKの衛星放送、雅子様が笑顔で手を振ってパレードしている。部屋の窓からは眼前に拡がる見事なエジンバラ城の夜景、テレビの中では皇太子ご成婚パレードの生中継。この夜味わったカオスは、少しばかり飲み過ぎたスコッチのせいばかりではなかったろう。メリークリスマス。