倶樂部余話【七十七】「傘がない」人のために(一九九五年一一月二六日)


一ヶ月前にパソコンを買いまして、パソコン通信や話題のインターネットへも接続が完了しました。

まだ始めたばかりで、そんなに大それたことが言えるほどではないのですが、それにしても世界中の様々な最新情報がいとも簡単に次々と目の前に出てくる様は、確かに感動に値します。遊び感覚で接続すると知らぬ間に二時間ぐらい、あっという間にすぎてしまいます。まさに情報の洪水の中を漂うわけですが、しかし冷静に考えると、そこに提供される情報の99%以上は自分にはほとんど必要のないものだということが分かります。

片や、毎日店に立っていると、お客様からは様々な情報提供を求められます。洋服の専門知識だけではなく、例えばこの十日間だけでも、「トンカツのうまい店はどこ?」(この類の飲食店の問い合わせはかなり多い)とか「呼吸器系のいいお医者様をご存知ないですか?」、さらに「結婚することになったのですが、相応しい教会をご紹介いただけますか?」、これなど人生の一大事のご相談です。これらは皆、ご本人にとって今一番欲しい情報なのですが、インターネットでは簡単に手に入れることはできません。

井上陽水の「傘がない」という古い詞をご存知でしょうか。♪行かなくちゃ…♪というアレです。我が国の将来を語る政治家のニュースなんかよりも、雨なのに傘がなくて恋人の家に行けないことの方が大問題だ、という内容です。

「情報」は「情」&「報」だという人がいます。インターネットは「報」で、うまいトンカツ屋は「情」だと言えます。雑誌は「報」ですが接客は「情」です。どんなに高度情報化社会になろうとも、独自の情報を提供し続けられる店でありたいと思います。「傘がない」お客様のために。