倶樂部余話【六十五】背広の基準価格の算定式(一九九四年九月十日)


秋です。待ち焦がれた秋です。

「価格破壊」が流行語のようになりました。値段が下がるのは基本的に嬉しいことです。これは低価格品だけのことではなく、現に当店でも、工場直結や直輸入の工夫などで、カシミアセーター三万円代、カシミアコート12万円、アランセーターも四万円代、など最高額時の半値を目標に、高額品の分野では自ら従前価格の破壊に努めています。

ところで、背広の値段については、まるで価格破壊の旗手のように方々で取り上げられていて、かえって選択を見失っている方々が多いような気がします。かつて、戦後間もない頃「背広は初任給の何ヶ月分」などと言われていましたが、私の提言はこうです。すなわち「背広の値段は年収の1%」。だから、年収五百万円で十万円のスーツが不相応と言うなら、年収一千万円で七万円もこれまた不相応だと言えます。

さて、当店ではこのたびオリジナルカスタムオーダースーツを開店以来初の全面変更を実施し、生地、型紙、オプション、仕立て、工場など、すべてを見直しました。昔ながらのいわゆる「註文服」とは異なり、VAN、次のポパイ、その次のDCといずれかの洗礼を通過してきた世代への、新しい「クラシック・オーダースーツ」だと考えています。価格は八~九万円代が中心、納期は二十日です。

「こんな時代だからこそ、背広は大事に売りたい(買いたい)」というのが私の真情であり、同時に当店に期待されていることではないかと感じます。数を売るよりも、お客様と私とで相談しながら納得のいく一着を作り上げていく、その過程を何よりも大切にしたいのです。

「オーダーはどうも…」と躊躇されている方も少し考えを変えて下さい。当店では、背広は「選ぶ」のではなく「頼む」のがもう普通のことになりつつあるのです。