倶樂部余話【六十八】なじみの店になじみの客(一九九四年十二月二三日)


最近、百貨店で「もっといいものはないんですか?」という客からの声が増えているそうです。バブル当時には、反対に「もっと手頃なものはないんですか?」という声が多かったでしょうに…。どうして百貨店というのはこうも極端なんでしょう。人の心理の変化というものはもっとゆっくりとしたものでしょうし、急に無理矢理変えさせようとしても変わるものではないように思います。イソップの「北風と太陽」を思い出してしまいます。

電通の発表で、今年のヒット商品の共通のキーワードは「なじみ」なんだそうです。なじみやすい、なじみ深い、自分になじんでいる、価格がなじんでいる、など、かなり幅の広い一語ですが、味があっていい言葉だなと思います。上顧客のことを「おなじみさん」と言います。おなじみさんの通うなじみの店、これが物を買うときの要素としてますます重要視されてくるような気がします。

今年一年のおなじみさんのご愛顧に深く感謝申し上げます。良いお年をお迎え下さい。メリー・クリスマス!

倶樂部余話【六十七】ローモンド湖/安いカシミア/ケルト音楽(一九九四年十一月二三日)


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②「近頃の安いカシミアってどうなの?」と尋ねてくる方もいるので、先日イトーヨーカドーでじっくり見てきました。あれが一万九千円なら怒りもしたでしょうが、六千九百円であの出来ならば充分合格だと思います。ただ、それでもなぜか欲しいとは思いませんでしたし、周囲にもちょっとひとこすりするだけで通り過ぎる人が目立ちました。なぜなんでしょう。
 
 それと「カシミアというのは大変デリケートで弱い素材なんですよ」ということをもっとしっかりと表示しておかないと後々問題じゃないかな、と感じました。

③去る十一月五日に開催しました第二回「アイルランド・ナイト」、子供連れも含め、約四十人の聴衆で大盛況でした。この催しを聞き付けてわざわざ九州・福岡から駆けつけて下さった方や、大道芸を見に来ていたプロの作曲家の方など、思わぬ来客もあり、守安夫妻の最終の新幹線帰りという事情がなければ、きっと延々と深夜までケルト音楽とギネスで盛り上がっていたことでしょう。

当日の様子は、店内に写真を掲示していますのでご覧下さい。また、守安夫妻は来る十二月七日の午後にも静岡に来て、県女性総合センター「あざれあ」でコンサートを行います。詳しくは当店まで。

倶樂部余話【六十六】♪ケルト音楽♪(一九九四年十月十五日)


「カジるとハマるんだよね、ケルトって。」守安(功)さんと私が出会って以来、いつも出る言葉です。

クラシックのフルート奏者だった彼が、「使命感」を感じ、ケルト音楽のプロを目指した心境が、私には実によく分かります。

「蛍の光」や「ダニーボーイ」などもケルト民謡ですし、またカントリー&ウェスタンなどもアメリカに渡ったケルト音楽がルーツだと言われています。

笛、太鼓、アコーディオン、などのマイクを使わないシンプルな生演奏は、心も身体も躍るのに、不思議に安らぐ音楽です。

年一度、当店のバーカウンターが本来の役目を果たすミニ・コンサート「アイルランド・ナイト」、第二回目を開催します。昨年同様、吹き抜け階段に座り込みで客席代わりにします。当日アランセーターを着ている人に限りギネスビール一杯無料です。是非お気軽にご参加下さい。



倶樂部余話【六十五】背広の基準価格の算定式(一九九四年九月十日)


秋です。待ち焦がれた秋です。

「価格破壊」が流行語のようになりました。値段が下がるのは基本的に嬉しいことです。これは低価格品だけのことではなく、現に当店でも、工場直結や直輸入の工夫などで、カシミアセーター三万円代、カシミアコート12万円、アランセーターも四万円代、など最高額時の半値を目標に、高額品の分野では自ら従前価格の破壊に努めています。

ところで、背広の値段については、まるで価格破壊の旗手のように方々で取り上げられていて、かえって選択を見失っている方々が多いような気がします。かつて、戦後間もない頃「背広は初任給の何ヶ月分」などと言われていましたが、私の提言はこうです。すなわち「背広の値段は年収の1%」。だから、年収五百万円で十万円のスーツが不相応と言うなら、年収一千万円で七万円もこれまた不相応だと言えます。

さて、当店ではこのたびオリジナルカスタムオーダースーツを開店以来初の全面変更を実施し、生地、型紙、オプション、仕立て、工場など、すべてを見直しました。昔ながらのいわゆる「註文服」とは異なり、VAN、次のポパイ、その次のDCといずれかの洗礼を通過してきた世代への、新しい「クラシック・オーダースーツ」だと考えています。価格は八~九万円代が中心、納期は二十日です。

「こんな時代だからこそ、背広は大事に売りたい(買いたい)」というのが私の真情であり、同時に当店に期待されていることではないかと感じます。数を売るよりも、お客様と私とで相談しながら納得のいく一着を作り上げていく、その過程を何よりも大切にしたいのです。

「オーダーはどうも…」と躊躇されている方も少し考えを変えて下さい。当店では、背広は「選ぶ」のではなく「頼む」のがもう普通のことになりつつあるのです。

倶樂部余話【六十四】夏だけど冬のこと(一九九四年八月一日)


苦労話を売り物にするのは好きではないのですが、正直、このカシミアの企画は骨折りでした。何しろ「カシミアコートを十万円で売りたい。しかも品質は落とさず、なおかつオーダーメイドで。」という難題です。着想から約半年、数々の交渉を重ね、その間に不景気と円高も味方してくれて、ようやく実現に至った夢の企画です。

生地問屋と縫製工場には、閑散期ならば、という条件で無理を聞いてもらいましたので、八月だけの限定受注となります。受注生産のみで、店頭販売の予定はありません。仕上がりは十月末、お支払いもその後です。ジャケットもできますし、レディス仕様も可能です。

暑い盛りに冬の話で、決断しにくいでしょうが、後々喜んでいただけるものと確信し、今回は普段より強めの売り込みをさせていただいております。冬の葬儀の必需品でもあります。是非この機会にご注文をお願いいたします。

倶樂部余話【六十三】第三回「ケルティック・フェスティバル」(一九九四年七月六日)


日本在住のケルト人(アイルランド/英国のコールウォールの一部とスコットランドとウェールズ/仏のブルターニュ/スペインのガリシアとアストリア、などに住む人々、及びそこから移民として米国や豪州などへ渡った人々とその子孫)と、ケルトの大好きな日本人、合計約二千人が一堂に会し、毎夏一度、ケルトの風俗や文化にどっぷりと浸かる集い、それがケルティック・フェスティバルです。

前回は私も観客として参加し、ギネスをあおり、ウェルシュパイに舌鼓を打ち、アイリッシュハープの音色に感傷を誘われ、スコティッシュダンスに身体を躍らせ、バグパイプバンドに感激し、さながらパスポートの要らないアイルランドともいうべき、楽しい一日を過ごしました。特にケルト美術とケルト音楽に興味のある方には必見のイベントです。

今年は、私も主催者側に廻り、アランセーターの普及告知を兼ねたアイルランド製品の販売ブースを出店することになりました。日時は7月2324日の土日、場所は東京平和島のTRC(モノレール「流通センター」下車)です。パンフ、チケットは当店にあります。是非遊びに来て下さい。待ってます。



倶樂部余話【六十二】試験に絶対出ない常識問題(紳士服編)(一九九四年六月七日)


Q1:上着の打ち合わせ、シングルよりもダブルの方が格上である?

Q2:トラウザーズ(スラックス)の裾は、折り返しを付けるダブル仕上げの方が格上である?

Q3:トラウザーズは、ツータックよりもノータックの方が正統である?

A…答えはすべて×です。

 

このように間違った常識のひとつが「肩幅が広いほど動きやすい」です。試しに、右腕で電車の吊り革を持つ動作をしてみます。肩幅が合っている上着を着ている場合には、ちゃんと右腕だけが上がって、右前裾がやや持ち上がり、首の後ろから左半分はほとんど変化しないはずです。ところが肩の大きすぎる上着でやると、腕だけで動いてくれず、服全体が持ち上がり、衿は逃げ、左半身までつられて動いてしまいます。正姿勢でいても衿が首から逃げて浮くような極端な上着ならば、上着全体が身体から抜けて、左側にズレていってしまいます。

つまり、動きやすいかどうかは、肩幅だけではなくて、肩の作りと袖の付け方にあります。上着を試着したら、前ボタンを留め、片腕ずつグルリと一回りさせてみて、服全体が動いていないかをチェックして下さい。そこで販売員が何と言うかで、店のレベルもチエックできるはずですから…

倶樂部余話【六十一】アンダーステートメント~控えめな主張(一九九四年四月二五日)


VAN体験の団塊世代とポパイ体験のウルトラマン世代を中心に、背広への関心が再び高まってる気配をひしひしと感じます。人気は、一九三〇年代英国調の、絞りがきいた細身のシルエット、シングル三ッ釦サイドベンツ。流行とは世相の具現化ですから、人気の理由は「バブル当時のスタイルからの脱却(ルーズなダブルスーツは別名バブルスーツ?)」とか「俺は某有名郊外量販店では買ってないぞ、という証し」なのでしょうか…。

昨年の冬、当店のアランセーターを取材したフジテレビの教養(?)番組「ワーズワースの冒険」が先頃中身の濃いセヴィルロウ(背広)の特集を組みました。ギーブス&ホークスのロバート会長も出演してました。今回はその中からいくつかの話をご紹介します。

「セヴィルロウで背広をオーダーするとき、まず最初に聞かれるのは『職業はなんですか?』である」そう、当店でもかなりその傾向がありますね。背広選びのお手伝いをするのに、職業と年齢は一番重要な要素かもしれません。

「フグで没した、故八代目板東三津五郎の語った、身だしなみの条件とは、①金のかかったように見えないこと(かかっていても)②趣味のいいこと ③(外見だけでなく)教養から来る美しさがあること ④何よりも人の目に立たないこと。」さすがに人間国宝、言が奥深い。肝心なのは中身ということか。

「英国人の背広への気構えを一言で言うと『アンダーステートメント(控えめな主張)』。背広は地味に、控えめな柄のダークスーツで。逆にシャツ、タイや小物は派手に、主張を込めて」。確かに、英国のシャツやタイは割に派手です。それにカフスボタンやポケットチーフなどにも決して配慮を忘れない。日本人はダークスーツに白シャツを合わせるから主張が見えない、と言われる?

さて、ご参考になったでしょうか。これで背広はどこで求めればよいのか、もうお分かりですね。当店からのアンダーステートメントでした。



倶樂部余話【六〇】娘とキット家具を作りました(一九九四年三月二二日)


新たに取り扱い始めた米国キット家具を、先日実際に作ってみました。「手伝う!」と言ってきかない四歳の娘も、下塗りや釘持ちなど、意外にも役に立ってくれて、「ここのところは私がやったんだよね」と自慢げに話しております。ゴルフなんか控えて、春の日だまりの中、家族で週末に本格的な家具作りなんぞ、お父さんは確実に尊敬されますよ。大抵の物は二日あれば余裕で作れますし、キットとは思えない立派な出来栄え。私の作ったキャビネットは一階に展示中、ご参考にどうぞ。

さて、先日のアンケートでも大方の皆様に歓迎していただいている婦人物や雑貨などの展開について、どんな風にしていくの?という声がありますけれど、例えば、都心やリゾート地などの一流ホテル内のショップ、といったものを漠然とイメージしていただけると比較的近いのではないかと思います。夫婦、親子や友人連れで、世俗よりも少しゆっくりした時間の流れの中で、ちょっと珍しい物を発見しながらの買い物、という点、ホテルショップには独特の雰囲気があります。お客様がそんな感動を感じてくれればうれしいな、と思っているのです。

倶樂部余話【五十九】家具の販売を始めます(一九九四年二月一五日)


バレンタインの戦績はいかがでしたか。「迷惑だょ」と思いつつも、お返しを欠いては信用問題です。で、今年も、お父さんたちの強い味方、好評「ホワイトディ・パック」をご用意しました。例年どおり予約のみの販売ですので、忘れてしまわないうちにお早めにお申し込み下さい。

十二月報で「使用中の家具類を格安処分」と書いたところ、気の早い方から、改装?、果ては、閉店?、などと問われ、いささか苦笑しました。が、いよいよ英国古家具と米国手作りキット家具の販売準備が整い、現在カタログや写真帳でお客様からご要望をヒアリングの最中です。是非ご来店いただき、ご意見をお聞かせ下さい。

さて今回は、昨年行い大変有意義でしたアンケートの再実施です。私もこの月一回の当報で「口では言いにくいことも文章なら伝えられる」ことを実感してますので、是非通信欄をびっしり埋めてご返信下さい。楽しみにしています。

売場では、一部冬物最終処分と並行し、「まだ寒いけど押さえておこう」と思っていただけるだけのメリット充分の春物が続々と入荷してます。どうぞ店内で時間をかけてお確かめ下さい。