倶樂部余話【343】ずっと続けるって言ったのに…(2017年5月1日)


客「こないだ作ったアレに合わせて…」  店「こないだ、っていつ頃?」 客「二、三年前かな…」。 って、調べてみると実は八年前…。この時間感覚のズレはある程度仕方のないことで、店はお渡しした時点でその商品から手を離れますが、客はそれを手元で使っているうちは時の経過がとてもゆっくりになるものなのです。ついちょっと前、が、十年前だったりすることもざらで、それだけ愛着を持って使い続けてくれた証拠なんですから、ありがたい誤解です。

このように、買う側の人の時間感覚は売る側が考えているよりも案外とても長くて、売る側は毎年毎年どうしようかと刹那的に一年単位で品ぞろえを考えてしまうのに対し、お客様の方は、来年これ買おう、再来年はこれで、あれは三年後にして、と複数年の購買計画を組むのを楽しみにしている人も思いのほかいらっしゃいます。

そんなことの中から申し訳ない事態が生まれます。いつまでもあると思われている商品がなくなることです。定番として長く続けますから、という仕入れ先の言葉を信じて扱い始めたのに、たった一年で廃番になったり、急に取引条件が厳しくなって仕入れができなくなったり。「ずっと続けるというから買うのは一年待ったのに、だったら去年無理してでも買っとけばよかったよ」などと言われると、約束を守れずウソついたことになっちゃってごめん、というすまない気持ちになります。

この事態は、モノ溢れと徹底的なコストダウン傾向の昨今、以前よりもますます顕著になっている気がします。なので月並みですが「来年あるかどうかわかんないからモノがあるうちに買っといて」というほかありません。決して押し売りをするつもりはないのですが、後の祭りになってしまっては元も子もないのです。

総理大臣は衆院解散だけはウソをついても許されると言われています。私にも継続定番の廃止にはそんな特権がもらえないものかと思います。(弥)

倶樂部余話【342】服飾を学問のように語る人(2017年4月1日)


この倶樂部余話の第一回は29年前の1988年9月。開店一周年企画として出来合いのDM裏面の余白にプリントごっこで印刷した簡素なものでしたが、実をいうと楷書草書云々の文章の内容も天声人語風のその体裁もあるところのパクリでありました。その元ネタこそグレンオーヴァーであり、そこの大ボスが赤峰幸生さんでした。当時の当社にとってグレンオーヴァー=赤峰さんは、主力仕入れ先という実務面ももちろん精神的にも柱になっていた存在で、彼ほどに紳士服飾を学問のように語れる人を私はいまだに知りません。何度か参加した赤峰教室、懐かしいです。

亡くなった父は彼がまだ20代のころからその力を大層評価していて、私もずっとこのハガキを送り続けてきましたから、かれこれ当社とは50年近くの付き合いになりますが、昨年の5月突然に電話がありました。私の手術入院をご心配いただいた見舞いの電話でしたが「実はね、グレンオーヴァーを復活させる計画があるんだよ」との話。20数年前に経営の蹉跌から消えたブランドですが、それが復活するとは、うれしい話でした。その話から一年が経ちようやく商品の姿となり、先々週には東京で久々に赤峰節の学問的レクチャーを直接受けてきました。(還暦なんてまだまだひよっこだぁ、とはっぱ掛けられました) そしてコートやジャケット数点が店に届いたのです。

今どきノスタルジーだけではモノはなかなか売れませんし、過去の成功ブランドの復活が必ずしもうまくいく例ばかりではないことは重々知っています。決して楽観はしていませんが、当社の古くからの顧客にとってもこいつは面白い話だろうと、ここでお知らせせずにはいられなかったのです。(弥)

俱樂部余話【1】


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新生グレンオーヴァーのHPはこちら。
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商品紹介記事はこちら

倶樂部余話【341】季節感を否定してみるという発想は?(2017年3月1日)


 石頭にならないためにたまには常識を見直してみることも大切です。
例えば季節感。この商売ではことのほか季節感を強調することが肝要と言われます。この季節にはこれを着ましょう、という提案ですね。ところが売場で演出する季節感と実生活で感じる季節感にはズレがあるなぁ、と日頃から感じるのです。大ざっばに言うと、すなわち、春は思ったよりも寒い、夏は思いのほか暑い、秋もまだまだ暑い、冬はなかなか暖かい、と常にずれている様な感覚があります。「この季節にはこれ、って売る側はそう言うけどさ、そう言われても実際の気候がこれじゃあね、……」というセリフを一年中顧客から聞いているような気がするのです。

 ならば逆に、季節感を否定してみる、という発想もアリなのかもしれません。季節感の演出は最低限にとどめ、反対に、春秋だけでなく、夏も冬も一年中使えますよ、という品揃えを強調してみる、という店があってもいいのかなぁ、と漠然と考えました。それで売場がつまらなくなってしまったら意味はないですが、その発想でも楽しい売り場が作れて、売り上げが取れればそれを肯定されることもあり得るだろうと。

 いつも三月は売場づくりに腐心するのですが、この発想が反感を買うのか、共感をもらえるのか、不安の中で今年は店を作ってみようと思うのです。(弥)

倶樂部余話【340】年下の男の子が止まらない(2017年2月1日)


 困りました。毎年この時期の当話は海外出張報告の類なのですが、わざわざ書くような面白いネタが見つかりません。起きたトラブルと言えばブルーモスクで右の手袋を落としたことぐらいで、あまりにすべてが順調すぎて、最後に荷物が出てこない、なんて言う大どんでん返しがあるんじゃないかと怖くなったくらいです。
ブルーモスク
行きの長すぎる乗り継ぎ時間を利用して早朝のイスタンブールの街を散策。ホントにここはいい街ですよ。でも戒厳令の出ている国、テロに遭ったらそれまで。さすがに今回だけは補償無制限の旅行保険を掛けました。街は思ったほどの物々しい警戒もなく、逆にこのユルさじゃいつどこでテロが起きても不思議はないですね。
Ballsbridge
2泊3日のダブリンはほとんど展示会場に缶詰め。一晩だけお気に入りのパブで生演奏を聴けたのがせめてもの息抜きでした。アイルランドの一番の敵対相手は英国、そして最大の仲良しは米国。なので、会う人会う人話す中身は、ブレクジットとトランプ・ショック、こればっかり。さながらこの二つの事柄のアンケート調査に日本からやってきたという感覚でした。

 いつものようにニコラス・モスのサンプルを割らないように慎重に抱えて帰国したのですが、ブルーモスク以来「年下の男の子」がずっと頭の中で止まらない。片方なくした手袋…。(弥)

倶樂部余話【339】探してます、人の死なないミステリー。(2016年12月24日)


英国やアイルランドに興味が深いと、じゃファンタジーもお好きでしょ、とよく言われるのですが、私はファンタジーが大の苦手。「千年が経ち、一人は石になり、もう一人は木になりました」と一行で片付けられるこの大変化に私の想像力はついていけないのです。

全く多読家ではないのですが、それでも読む小説はミステリーが多いです。で、何年か前に「十数時間の長いフライトの中で読むのに適した本は何かないか」と図書館をうろうろしていたところ、見つけたのが、いわゆるアンソロジーとかオムニバスとか呼ばれる、当代人気作家たちによるミステリーの短編集でして、何しろ数ページ読んで合わないと思ったらどんどん次に移れるのでとても気楽です。年末のこの時期はそういうアンソロジーの新刊がよく出るので、この数年買ったり借りたりして読んでいます。
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ミステリーにも好みがありまして、とにかく人がどんどん死んでいくのがダメです。だって現実にはそんなに次々と人は死んだりしないでしょ。ストーリーの中盤以降に重要人物が口封じのためにあっけなく殺されたり、第二第三の殺人から墓穴を掘って犯人が浮かんだり、そういう見え透いた展開は興ざめなんです。死ぬ人はできるだけ少ない方がいい、最初の一人は仕方ないとしても、できることなら、一人も死なない、というのが理想です。はい、そうなんです、実はずっと追い求めているんです、人が一人も死なないミステリーの傑作。どなたがご存じでしたら教えて欲しいんですよね。

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神の御子イエス・キリストの生誕をともに祝います。
すなわち、メリー・クリスマス。(弥)

倶樂部余話【338】ショップのショールーミング化が進化する(2016年12月1日)


国内50近くのアパレルなどのファクトリーを一つのブランドで串刺しし、高品質な定番アイテムの集積をネット販売する、というのが、ファクトリエです。4年ほど前の立ち上げ時から、目の付け所はなかなかいいぞ、と感じていました。しかも商品をチョイスするストライクゾーンが私の選択眼と割と近いので、こういうモノが自分でも仕入れられたら面白いんだろうけどまあ難しいだろうし、もしかしたらこういったところが将来のライバルになってくるのかもしれないなぁ、と漠然と思っていたのでした。

そんな矢先、10月のとある日、そのファクトリエからコンタクトが。「いま各県ごとにフィッティングサンプルを置いて対応するエリアパートナー店を募っているのですが御店で静岡県を担当しませんか」という誘い。あれれ、ライバルからパートナーに大転換です。面白いじゃないか、と急いで先方へ伺ってほとんどの商品をチェックした上で、この話に乗ってみることにしました。

単に新規ブランドを導入するのと大きく違う点が二つ。まず、自分が仕込んだのではないものを売るということ。ただこれは先述のように選択眼が近いので意外に抵抗がないのです。もう一つは、店にあるのはサンプルで、実際の売買は店頭のiPadでネット決済して後日配送する、という形態をとるということ。店ではモノを見るだけで買うのはネット、という「ショップのショールーミング化」が近頃顕在化してきていますが、それを逆手に取るというか、積極的に肯定します。いわば究極のお取り寄せ形態であって、今は珍しくても、将来は当たり前になる時代が来るんじゃないかと感じています。

シーズン途中からのスタートなので、品揃えがまだまだ不完全ですが、そろそろと12月から、新しいこと、始めます。(弥)

ファクトリエ–世界に誇るMade in Japan

倶樂部余話【337】ハロウィンにあたって(2016年10月31日)


ハロウィン。元来は古代ケルトの風習で、死者の霊を呼び覚ます、いわば「お盆」のような祝祭です。

さて、日本人の八割は子供なんだそうです。両親ともに見送った私は二割の少数派の方に属しますが、間もなくもっと少数派になりそうな事態を迎えることになります。同じ酉年で二回り違いの母は24年前からずっと58歳のままなのですが、もうすぐ私はそれを上回るのです。親の歳を超える。ここから先の道にはもう母の轍(わだち)はないのだなぁ、と思うと、ちょっとさみしいような怖いような、妙に不思議な気持になります。

自分の母親はこんな歳で逝ったのか、さぞや悔しかったろうなぁ、なんて思っていたら、ショックなことが起きました。ある人からレジェンドと呼ばれたのです。えっ、レジェンドって、普通ならとっくに引退してもいい歳なのに第一線で現役を張り続けている人、って意味だと思うんですけどね。敬称の様なので多分褒められたんでしょうけれど、スポーツ選手ならいざ知らず、50代でレジェンドってそりゃないだろう、と思いませんか。ミュージシャンや俳優にはバリバリの80代だってたくさんいるじゃないですか。確かに私だって販売担当者としては上から数えたほうが早くはなりましたけど、まだまだ…。ええぃ、父の歳を超えるまであと23年、そうなったら晴れてレジェンドと堂々呼ばれてあげましょうとも。(弥)

倶樂部余話【336】ノーラさんの息子が亡くなると…(2016年10月1日)


「ノーラの長男が急死したのよ」とアイルランドのアンからメールが。それは一大事です。どう一大事かというと、ノーラおばさんは当社のために毎年十数枚のアランセーターを編んでもらっている大切な編み手なんです。今年もすでに数枚が届いていますが、残りの分がなかなか届かないので催促のメールを入れまして、その返信が冒頭の知らせでした。「残りは彼女の気分が良くなってから引き取りに行ってくるから、そしたら送るわね」とアンが書き添えています。ああ、待ってる人も結構いるのに困ったなぁ、しかし無理を承知で頼んでいるセーターです、待つよりほか仕方ありません。

そんな時シェットランド島のピーターからもメール。「今年は熟練の編み手がみんな引退しちゃって、作業が全然はかどらないよ」との言い訳です。

多分他人からはよくそんなんで商売になりますね、と言われることでしょう。確かに全くビジネスライクではないです。仕上がってくる品物にもばらつきがありますから、売るのだってひと苦労です。

でも、だから愛おしい、だから魅力がある、だからやめられない。しかし一人の編み手の子供が亡くなっただけで急に当てが外れてしまう、そんな脆弱な基盤の上でかろうじて成り立っている、というのもこれまた事実。こりゃもう意地というか信念というか、はい、ビジネスを超越した心持ちであります。(弥)
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倶樂部余話【335】スーツ生誕350周年(2016年9月1日)


スーツにも誕生日があるらしい。服飾史家の中野香織さんによるとそれは1666年10月7日。つまり今年は350周年です。400年には生きてないので、ここは盛大にお祝いしましょうよ、と中野さんは呼び掛けています(註1)。中野さんにはかつてそのエッセイの中でアランセーターの話題で拙著をご紹介いただいた(註2)という恩義がありますので、ここは微力ながら一役買いたいと思う所存。

時の英国王はチャールズ2世。クロムウェルの独裁の後に王位に就き、数多くの愛人を持つ艶福家として知られた国王ですが、紳士服の歴史では大きな役割を果たしてくれていたのです。ペストやロンドン大火などの災いを一新し、また倹約のために、とこの日に男性宮廷服の改革宣言を発したのです。それまでは男性も女性のようにリボンやレースのフリフリを多用したダボついた格好をしていたのですが、ここから、上着(コート)+ベスト+下衣+シャツ+タイ、という五つの組み合わせの服装が誕生したのです。
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と言っても、当時の絵図を見ると、上着の丈はうんと長く、下半身は半ズボン。長髪のカツラにハイヒール、と、現代のビジネススーツとは全く異なっているのですが、これが原型となり次第に洗練されて、現代のスーツのスタイルに進化していくわけです。

特にこの時に新登場したアイテムがベストでした。ところが現代この五つの組み合わせで一番省略されるのもまたベストなのです。だからスーツ生誕350年を祝うにはどうしようか、と考えたとき、こりゃスリーピース、三つ揃えの復活、を訴えることが最適だろう、と考えたわけです。
はい、ですので、当店のこの秋、スーツ生誕350周年記念キャンペーン、三つ揃えを作ろう、の始まりです。(弥)
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註1…中野香織「祝:スーツ生誕350周年」BLOG/FITSGERALD BY FAIRFAX/Apr.08.2016
註2…中野香織「愛されるモード」(中央公論新社・2009年) P.169

 

倶樂部余話【334】英EU離脱(2016年8月1日)


 「英EU離脱」。まさかの事態に、これほどに英国が話題になることもかつてなく、こうなると私もここに何らかの感想を書かないといかんかな、と感じています。
 偉そうなことは言えませんが、恐らく外交では、お得意ののらりくらり作戦で、今後も独や仏を翻弄し、時にはお家芸の二枚舌戦略も繰り出して、結局のところカタチは離脱するもその実はなるべく現状維持の「いいとこ取り」を目論むことになるのでしょう。
 英政府の交渉相手はEU諸国という外向きだけではありません。ご存じのように、英国は、支配するアングロサクソンのイングランドと、支配されるケルト系のスコットランド、ウェールズ、北アイルランド、この四つの連合王国ですが、今回のイングランドの失態からこの連合のたががガタガタに緩んでいて、内政的交渉も大変です。先日(7/22)も、ウェールズにスコットランド、北アイルランド、そしてアイルランドの首脳が集まり、団結して英政府に働きかけようという方針で一致しました。私には外交よりもこちらの方が興味があります。
 当の英国自身を含めて喜んでいる人が誰もいないのではないかとも思える英EU離脱。その中で、ひょっとしたらこりゃチャンスかも、とちょっと微笑んでいるのが八十年前の世界恐慌のさ中に英国から独立を果たしたアイルランドです。これでEU諸国の中でただ一つの英語の国になり、しかも通貨はすでにユーロ、島国にして英国との国境を持つ(だからシェンゲン協定には非加盟)、というのは、英国の避難港として捉えるには確かに好条件です。実際、移動の自由を求めてアイルランドのパスポートを二重申請するアイルランド系英国人は後を絶たないようですし、何しろ、悲願である北アイルランド併合の好機が思いがけずやってきたのです。あわよくばスコットランドとも連合する可能性もなくはない。英独仏の困惑を尻目に、一番利益を享受するのはアイルランドかもしれません。 (弥)