【倶樂部余話】 No.283 その大丈夫は大丈夫ですか?(2012.05.26)


 「大丈夫です」の用法が近頃何だかおかしい。

 例①。店「手提げ袋に入れましょうか?」客「大丈夫です」→これは、店も客も、手提げは不要である、という意味だと認識している。ここに食い違いはない。

 例②。(商品を見て回っているフリの入店客に向かって)店「お手伝いしましょうか?」客「大丈夫です」→店は (一体何が大丈夫なんだろう?買い物の手伝いをするのが私の仕事なのだが)といぶかしむが、どうも客は(見てるだけだから放っといて)というニュアンスで言っているようだ。店と客で言葉感覚にズレがある。

 例③。(日曜日、品切れの商品を訊ねられたので、在庫があれば取り寄せもできるという場面で)店「明日にならないと問屋への在庫確認ができませんが、よろしいでしょうか?」客「大丈夫です」→店(じゃあ、明日お電話しますからこちらでお名前を…)と言おうとしたら、客はそそくさと店を出て行ってしまうではないか。ポカンとする私。客は(すぐに欲しかったので、明日の在庫確認は必要ないです)という意味だったようだ。解釈がまるで正反対になっていた。

 結論。どうも「大丈夫です」は「OKです」ではなくて、「お願いします」の反対語、つまり「お願いしません」という意味で使われているみたいなのだ。三つの例示にそれぞれ「お願いします」を当てはめてみると逆の意味になることでそれがお分かりいただけるだろう。
 でも、そんな大丈夫は全然大丈夫じゃない、と思うのですがね。どうなんだろ、この日本語。 (弥)

【倶樂部余話】 No.282 トラウザーズというのが英国流です (2012.04.26)


 トラウザーズ、スラックス、ズボン、パンツ、バンタローネ、ボトムス、いろんな呼び方がありますが、総じて上着に比べると日陰者です。
 テレビを観ていても上着はいろんな人を参考にできますが、腰やお尻や足元はなかなか映らないので、トラウザーズの正しい履き方とは何なのかさえ人さまざまです。試着される皆さんの腰の位置も実にまちまちですね。また、上着は着心地と見栄えはほぼ一致しますが、下の方は履きやすいけど見てくれが悪い、あるいは反対に、見た目は良いけど履きづらい、というケースが往々にしてあります。
 上着は八つの布で構成されているのに対し、ズボンを形作るのは主に四つの布です。それでいて腕よりも複雑で激しい脚の動きに対応しなければならないのですから、作る方は苦心します。ここで大切になるのが「くせ取り」という作業。もともとフラットな生地にアイロンでゆがんだクセを付けてお尻やひざの丸みに対応させていくのです。トラウザーズを二つ折りにハンガー掛けしようとするとなぜだかうまく掛けられない、という経験があると思いますが、これはくせ取りが効いているからです。私は「くせ付け」といった方が分かりやすいと思うのですが、なぜか古くから「くせ取り」といいます。自然なくせ付けが出来の善し悪しを決める秘訣だと言えます。
 今月は久々のトラウザーズ特集。脇役ですが名優揃いです。(弥)  

【倶樂部余話】 No.281 英国は深い (2012.03.30)


 映画「The Iron Lady マーガレット・サッチャー」を観ながら、一月にロンドンへ行ったときのことを思い出していました。
 何度目かのロンドンですが、実はまともに観光というものをしたことがなく、今回初めてバッキンガム宮殿の衛兵交代を見学する機会を得ました。冬の平日だというのにもかかわらず集まった数百名の見物客に混じって、一時間強のその儀式を楽しみました。さながらディズニーランドのパレードの様ですが、何しろこっちは恐らく何百年ずっと変わっていないであろう本物の儀式ですからね、素晴らしい観光資源です。で、思ったのです。「英国王室ってすごいよ、王室がこの国に寄与しているウェイトのなんと大きなことだろう。日本の皇室だってもっと国の資源として有形無形に活用することができただろうに。単純に『皇室っていいよなぁ』って、政治や宗教やイデオロギーとは全く無関係に、そう思っても良かったのに、戦後ずっとそう言えなかったことは、日本にとって不幸なことだったなぁ」と。
 名所や空港などあちこちのお土産コーナーにたくさん置かれていたのが、エリザベス女王の在位六十周年(Queen’s Diamond Jubilee)を記念したグッズの数々。女王陛下の顔写真が大きくプリントされたショッピングバッグなんて使って恥ずかしくないんだろうか、と思いましたが、考えてみれば英国のお札やコインにはみんな彼女の肖像画が描かれてるんだから、きっともう愛すべき国民的キャラクターになってしまっているのでしょうね、エリザベスは。これも日本の皇室ではありえない違いでしょう。
 六月初めにはこの女王在位六十周年を祝う式典が盛大に執り行われるようで、パレードあり船舶ショーありコンサートあり(ポール・マッカートニーは十年振りにまた御前でハー・マジェスティを歌うのだろうか)、と今からとても楽しみな四日間です。天皇陛下はとりわけこの式典への参加を切望されているそうで、実現すれば六十年前の戴冠式にも臨席した経験を持つ数少ない賓客となります。
 そしていよいよ七月二七日からはロンドン五輪が始まります。古いモノの中に違和感なく整然と新しいモノを取り込む、というロンドンらしさをオリンピックでもきっと遺憾なく見せてくれることでしょう。
 うーん、やっぱり英国は深いな。(弥)

【倶樂部余話】 No.280 O2O(オン・トゥ・オフ)は嬉しい傾向です (2012.2.23)


 当店のお知らせブログ「クリップボード」が「面白い」と言われます。ほとんどの項目は入荷商品の紹介記事で、特に読み物として意識して書いているわけではないので、商品が楽しい、と言われるのなら分かるのですが、記事の書きっぷりが面白い、という評価はちょっとこそばゆい思いがします。
 ただ自信を持って言えるのは、自分の言葉で書いている、ということ。だって、誰でもネットで簡単に検索できるような同じ様な内容を写したって仕方ないじゃないですか。その商品に出会った経緯、モノづくりの背景、仕入れた理由、売り言葉、買う人のメリット、などなど、商品ひとつひとつに語りたいことはたくさんあります。どうもこの視点が私は他人よりも少し長けているらしいのです。確かにネット店舗ではこんな勝手な書き方はできないだろうから、これはリアル店舗ならではの特徴なのでしょう。
 ひと頃は「店で商品をチェックするけど買うのはネット」という人が増えて、リアル店舗はショールームじゃないぞと憤りましたが、近頃は逆で「O2O」(オンライン・トゥ・オフライン、または略してオン・トゥ・オフ)というIT用語が言われるようになりました。「ネットでしっかり調べて、でも買うのはリアル店舗で」という傾向がはっきりとしてきたようです。いよいよアマゾンが米国でリアル店舗の検討をしているという噂まで出てきました。
 最近改めてつくづく思うのです。店を持っててよかったな、と。(弥)

【倶樂部余話】 No.279 先入観に訴えるブランド名のトリビア (2012.1.21)


 看板やブランド、商標についてのトリビア。あなたは「へぇ」いくつ叩きますか。
 小樽の菓子処ルタオ。ここの本社は北海道から遠く離れた鳥取県で、この会社は他にも築地ちとせなど、日本全国のご当地銘菓を数多く手掛けています。
 うどんの丸亀製麺。ここも神戸の会社で讃岐の丸亀とは全く無関係、丸亀には製麺所はおろか店舗すらないそうです。
 カナダのダウン(羽毛)ウェアのブランド、カナダグース。ブランド名はグース(ガチョウ、雁)ですが製品にはダック(あひる)のダウンを使っています。同じダウンでもグースとダックでは評価は随分と異なります。
 英国のハンドニットのブランド、インバーアラン(Inverallan)。アラン(Aran)セーターはアイルランドの名産品なのに、このセーターは英国(スコットランド)製です。スペルがLLとRで違いますが、日本人には同じカタカナのアランです。
 商人としては、ネーミングの好例としてこの商売上手を見習うべき、と評価すべきなのかもしれません。しかし私にはどうしても釈然としない感覚が残るのです、騙してるわけでも嘘をついているわけでもないというのは分かるのですけれど。
 じゃ、静岡なのにセヴィルロウ倶樂部、はどうよ、って、ですか。まさか当店の本店がロンドンにあって静岡は支店、などと勘違いされる方は皆無でしょう。皆様の先入観をミスリードしようなどという魂胆は全くありません。 (弥)

【倶樂部余話】 No.278 いわゆる福袋に関する若干の考察 (2011.12.25)


 三十年ほど前、まだ私が新入社員だった頃、福袋の企画会議で「いっそ透明な袋で中身を見せちゃえば…」と提案したところ、一笑に付せられ即却下されました。あまりに時代が早すぎましたね。今じゃ、中身が見えるは当たり前、年内にネットで予約して正月に配達というのも珍しくありません。でも、これじゃ、鮨屋でにぎりの出前を頼むのと何ら変わらず、あるいは大吉ばかりのおみくじを引くようで、こんな運試しにもならないハズレなしのものを果たして福袋と呼んでいいものやら、と感じます。
 先日ある会合で「この正月、福袋は売れるか」が話題になりました。福袋を買う習慣のない私は「大震災の以降、不要なモノや余計なモノはただでもいらない、という風潮が強くなっている。さらに今の消費者はハズレを引くことをすごく怖がるだろ。だからこの正月の福袋は売れないに違いない」との意見です。しかし福袋の好きな友人は「福袋っていうのは、例えば五万円相当を1万円で買った、ということだけで幸せなんだよ。震災の落胆から復興へ向かうこんなときだからこそ、得をした、運がいいぞ、という気持ちをより味わいたいものだ。だから今年の福袋は売れるはず」と反論します。さて、どちらに軍配が挙がるか、あと二週間もすれば分かるはずです。それを私は年頭の運試しにすることにしましょう。
 メリー・クリスマス。今年一年のご愛顧に感謝します。皆様よいお年をお迎え下さい。(弥)

【倶樂部余話】 No.277 レビュ男くんレビュ子さん (2011.12.1)


 ネットでよくある「レビュー」というやつ。実際に使った(読んだ、観た)人の評価とか感想などと訳せばいいのでしょうか。私も、宿探しや書籍選びには割と参考にします。映画だけは事前に調べすぎると期待が膨らみすぎて落胆することが多いので、事後にだけ読むことにしました。しかし、利用しながらその反面で思うのです、レビューばかり当てにしてると自分で判断する能力をなくしてしまうぞ、と。
 私は仕入れのときに「一番注文が付いてるのはどれ?」と売り手に尋ねることがあります。それは自分の店で誰に何をどう勧めたいかを判断する材料として知っておきたいからですが、よその店で客として自分のモノを買うときには「一番売れてるのはどれ?」とは聞きません。自分が買うモノには自分なりの理由があるからです。ところが近ごろ若い方から「これとこれ、どっちがよく売れてるんですか?」「お勧めはどれですか?」といった類の問い合わせが増えたなぁと感じているのです。そのくせ、どの服に合わせたいか、どう使いたいか、など、自分のことは一切話さず、ひたすら最大公約数のレビューを求めてくる、レビュ男くんレビュ子さんたちなのです。
 失敗することをものすごく恐れているのが今の若い人たちなのかな、と少し気の毒にもなります。失敗は成功のもと、とか、三度目の正直、とか、七転び八起き、とか、急がば回れ、とか、紆余曲折、とか、彼らにはそういう言葉が通じなくなるのでしょうか。
 将来アマゾンが婚活ビジネスを始めて、こんなモノを買っているあなたにはこんな人がお薦めです、などと言われると、その通りに結婚相手を決めてしまう、なんていう社会になってしまったら…。ああ、恐ろしや恐ろしや。(弥)

【倶樂部余話】 No.276 父を天に送りました (2011.11.1)


 父、野沢武良男を天に送りました。享年八十歳。「変わらずいつもお洒落だね、ダンディだね」と言われるのが嬉しくて、帽子とステッキで呉服町通りを闊歩して店へ往来する父の姿はお客様にもお馴染みだったことと思います。
 「銀座をつまらなくしたのは、ボールペン、ビニール傘、百円ライター、この三つだそうです。でも故人にはこれらは全く無縁でした。彼は、万年筆にこうもり傘にデュポン、の粋な人でした」交遊の深かったエッセイストの山川静夫さんからはそんな弔辞もいただきました。
 三年前にちっちゃな膵臓がんが見つかり、切らずに抗がん剤治療を続けていました。いよいよ痛みとの戦いになるのか、という矢先、パタンとあっけなく逝ってしまい、本人が望んでいたピンピンコロリにかなり近いものでした。
 振り返れば呉服町通りの野澤屋ビルにVANを扱うジャックを開店したのが四十年前。以来、静岡にトラッドなメンズファッションを根付かせる、という創業の精神が今のこの店へとつながっています。その流れを絶やさぬよう、後継者の私は努めなければなりません。
 まだまだ事後のあれこれがいろいろとあって落ち着きませんが、取り急ぎご報告まで。今後ともよろしくお願いいたします。(弥)

【倶樂部余話】 No.275 ボストンみやげで経済学 (2011.10.1)


 大学生の長女が夏休みにボストンに行くというので、「ハーバード大学の生協でコレ買ってきて」とメールを送りました。40年前に初めてアメリカ旅行に行った父から土産でもらった69㌣のノートです。別段珍しいモノではなかったと思うのですが、私にとっては、これこそアイビーの本物だぞ、と、割と大切に使ったものでありました。現地からメールが届き「表紙が少し違うけどほぼ同じモノありました。でも値段は 40年前の8倍です」と。ということは10年ごとに倍々かぁ。米国の物価って随分と上がったんだなあと実感します。娘へ返信。「ドルでは8倍でも円換算だと、驚くなかれたったの2倍なんです。40年前は1㌦=300円の時代、今はその1/4だからね。」
 そう言いながらも、えっホントかなぁ、と思って、今度はこの40年間の日本の物価指数を調べてみました。すると、前半の20年で3倍に上がったきり、それ以降の後半20年間というもの我が国の物価はほとんど上がってないのです。いわゆる「失われた20年」にあたるところです。その間米国や欧州の物価は上がり続け同時に円高も進みました。そしてちょっと計算してみたら面白いことが分かりました。このノートの値段は円にするとこの20年間ずっと変わらないのです。経済学者が「物価の変化を加味すると今の為替水準は異常な円高ではない」と言っているのがようやく理解できました。
 同じ様なことが、先日アイルランドから3年振りに仕入れた商品でも起こりました。3年前と全く同じジャケットを頼んだところ、現地の価格は4割も上がっていて「こりゃ困ったなあ」と頭を抱えていたのですが、入荷してみたらユーロが4割安くなっていて、結果として仕入れ値は変わらなかったというオチになったのです。
 一冊のノートのおかげで、為替と物価の勉強ができました。さて当時の69㌣は今の貨幣価値に直すと1,600円。私は随分と贅沢なノートを父からもらったのですね。(弥)

275_3

【倶樂部余話】 No.274 ぜんぶお任せで (2011.8.25)


 「ぜんぶお任せしますので」というお客様。実はこれが一番難しい注文でして、どちらかというと苦手なほうでした。
 スーツにせよ、シャツや靴にせよ、オーダーの場合には寸法を採ること以外に、決めなければいけないことが山ほどあります。着用頻度、素材決め、季節は、価格は、裏地やボタンは、オプションはどうする、と数々の選択肢のうちから、ああしよう、こうしようと、悩みながら話し合いながら決めていく、これがオーダーすることの醍醐味で楽しみだと思うので、できるだけお客様には時間を取ってもらい、一緒に決めていく方がいいのだ、と考えていました。ですから「面倒くさいよ」という方にもお付き合いいただいてバカ正直にひとつひとつ確認をしながら進めました。まあ、要望を完全に汲み取れる自信もありませんし、後から「こんなこと頼んでないよ」と怒られるのも怖いものですし。
 しかし、近頃、思い直しました。それは、自分への逃げであり、言い訳であり、本物のプロではない、と。どんな理由だろうと「任せる」と頼まれた以上は、瞬時にしてその人の嗜好と目的を見抜き、なるべく時間と手間を煩わすことなく、限りなく「お任せ」いただいてしかもベストな満足感も味わっていただく。これこそが真のプロではないだろうか、と。
 正直、怖いです、自信ないです、ビビります。でも今後は「ぜんぶお任せで」と言われても引くことなく、にっこり笑顔で「はい、安心してお任せ下さい」とお受けできるように努めます。(弥)