倶樂部余話【412】映画「イニシェリン島の精霊 (原題 The Banshees of InishErin)」を観て(2023年1月27日)


映画「イニシェリン島の精霊」を観て
H様
この度は試写会にお招きいただき、ありがとうございました。滅多にできない体験をいたしました。以下、感想を書き連ねますが、評論家のようにうまくまとめることはできませんので、もし、媒体に使ったりすることがあるならばどう抜き出してもどうアレンジしていただいても構いません。お任せいたします。

架空の島という設定ですが、本土での内戦の砲弾の音や煙が間近に見えることやリズドゥーンバーナ(クレア県)の音楽学生がセシューンにやってきたりすることから、モデルとなった島はおそらくイニシイアに違いありません。もしくはパブが一件しかないならイニシマンかもしれませんが。ちなみに、これはアイルランドに詳しい者なら誰でも知っていることですが、イニシ(ゲール語でInis,英語ではInish)は島を意味しますので、InisOirは東の島、InisMorは大きな島、InisMeianは真ん中の島、を意味します。この3つの島をアラン諸島Oileain Arannといいます。INISHERINはInisErinですからエリン島ということになりますが、それでは響きが悪いのでユニゾンさせてイニシェリン島と邦訳したのでしょう。今さら言っても遅いことですが、しかし実際の聞こえ方はhはほとんど聞こえずイニシエリンですので、ユニゾンはしないで、ェは小文字でなくイニシエリン島のほうが良かったんじゃないでしょうか。インシュリンと勘違いされることもなく、またイニシエは日本語にも近いです。ついでに言うと、私が指摘いたしましたあのチラシのスペルミス(INSHIERIN)もこの言葉の成り立ちを知っていればすぐに発見できたことのように思います。まあ、今さら言っても仕方ないことですけれど。邦題を付けるのは大変ですね。

私に一番期待されているコメントは衣装についてのことでしょうから、まずそこから述べたいと思います。しかし、事前にいただいた資料からも、コスチュームを担当したエメ・ニーヴァルドゥニグEimer Ni Mhaoldomhnaighという女性(なんてアイリッシュなお名前でしょう)は高名なベテラン衣装デザイナーであるらしいし、また1923年当時のアランの島民の服装については当然に徹底的な時代考証をしているはずです。もちろん架空の島での物語ですから、何も当時の服装を忠実に再現する必要はないのです。この当時の実際の島民の服装は一言でいうともっとみすぼらしいものです。

1930年にイニシモアの映画撮影現場を訪れたある女優の証言によると「島の男たちは、皆同じようないでたちでした。手編みのジャージーセーターの上に、衿のない白いボウニィーン・ジャケットを着、足元に生皮のパンプーティ(サンダル)、腰にはカラフルなクリス・ベルトという風に。年配の男たちはフェルト製のつば広の帽子をかぶってました」。対して、今回のこの映画での衣装はもっとかっこよくなってますよね。そしてそれぞれの人間の立場や性格をうまく分けているなぁ、とも感じました。特にコルムの服装は象徴的です。バックルのあるベルトやジャケットやロングコート、これは現代の我々から見ると当たり前の服装ですが、明らかに他の島人の服装とは異なっていて、彼がもともとの島民でなく本土から移り住んできた男だということがすぐにわかります。ドハティという姓なのでドニゴールあたりの人かもしれません。

パードリイグの衣装で最も印象的なのは茜色のポロセーターでしょうか。

当時の島民のセーターは、男は紺色、女は茜色、というのがお決まりでしたので、この茜色のセーターはバードリイグのちょっと中性的な(女々しい?)性格を暗示させていたのかもしれません。またこのポロセーターのダイヤモンド模様は1937年に国立博物館で公開された女の子が着ていたアラン諸島のセーターがモチーフになっているものと思われます。他にも妹シボーンのちぐはぐな色合わせの安っぽい普段着など、島人にはちょっと派手めの色彩感覚があったことを象徴しているようでした。赤いコートにはタラブローチを付けてました。黄色いコートに付けていたブローチはクラダリングのモチーフでした。当時ではベタな流行遅れのものでしょうが、彼女の精一杯のおしゃれだったように感じます。

ひとつ面白かったのは、バンシーを象徴する老婆の魔女のような格好。これはペチコートを逆さまにしてかぶるアラン諸島独特のスタイルを取り入れています。そして紐の部分には、アラン独特のベルトであるカラフルなクリスが縁取るように縫い付けられていました。


 私の専門はアランセーターですが、このフィルムにみなさんがよく知る白いアランセーターは現れてきません。先述した1930年の女優の証言はこう続きます。 「この当時は、アランの子供たちは、毎週日曜日のミサにセーターを着て臨んでいました。家族によってそれぞれ独自の柄が編み込まれたそのセーターは、すべて一点の曇りもない輝くほどに真っ白なセーターでした」と。つまりアラン諸島では白いアランセーターは子供が着るものでした。では大人の男は何を着ていたかというと紺色のセーターです。それもこの当時は今のアランセーターほど豪華な編み柄が入ったものではなく、ガンジーセーターに少しずつ柄の装飾が足されていった程度のものでした。柄が豪華になって大人の白いアランセーターが現れるのは1940年代に入ってからのことです。1920年代はいわばシンプルなガンジーセーターが豪華なアランセーターに昇華していく過渡期に当たる時期であったのです。その意味ではボードリイグがジャケットの下に着ていた紺色のセーターはそのガンジーではなかったかと推察できます。

もう一つ一瞬だけ映ったシーンを私は見逃しませんでした。港での場面、小さなフッカー(貨物船)に乗って荷受けをする若者が着ていたのが、上半分だけに編み柄の入ったちょっと明るい紺色のセーターでした。このセーターは、1918年に編まれたと言われるイニシマンに残された資料のセーターに大変良く似ています。このセーターを登場させた時代考証は完璧だと、感服いたしました。

さて、このフィルムのキャストに思いがけず知り合いがいたので触れさせてください。女性シンガーの役で透き通った美しい歌声を聞かせてくれたラーサリーナ・ニホニーラ(Lasairfhíona Ní Chonaola)です。ラーサリーナはイニシイア出身のシンガーで、イニシマン出身の父ダラとイニシイアの母パセラの娘。ダラはイニシイアの詩人・歴史研究家であり、資料室を併設した小さなクラフトショップも経営しています。20年以上前から良く知るファミリーで、私が販売しているアラン諸島のDVDにも登場し、素晴らしいシャーン・ノス(無伴奏の独唱)を聞かせてくれています。https://www.savilerowclub.com/clipboard/arandvd
こんなところでラーサリーナに会えるなんて思ってもみませんでした。

もう一つだけ、どうしても気になったことがあったので書かせてください。パブ内のシーンで何度も映っていたIrish Whiskyというパブミラーです。これ、2つの意味でおかしいんです。まずそのスペルです。アイルランドではウィスキーはWhiskey とeが入ります。だからScotch WhiskyはあってもIrish Whisky はありえない、これはIrish Whiskeyでないとおかしいんです。さらにパブミラーというのは普通はお酒の銘柄が入るものです。PADDYとかKILBEGGANとか。そういえばこのパブにはギネスの文字も見当たりません。ビール瓶にわずかにそのマークが見え隠れするだけです。お酒のブランドロゴがまったく見当たらないパブなんてありえません。つまり、このドラマがフィクションだということを暗喩したかったのではないでしょうか。それに気づいてほしくてわざとIrish Whiskyなんていうおかしなパブミラーを飾ったんじゃないか、そんな深読みをしてしまいました。
 ストーリーについては、別の方からもいろいろと出てくるでしょうから、触れずに過ごします。気になったのは配給元の分類でこのドラマがコメディに所属していることです。コメディなんでしょうか。不条理劇のようにも思えます。では、一言でなんと言えばいいのか、考えてみました。アイルランドの男たちが送る大人のブラック・ファンタジー。

アイルランドを愛する人たちにぜひ観ていただきたい一作です。
(野沢弥一郎 (ジャックノザワヤ店主・「アイルランド/アランセーターの伝説」著者)

(追記)
上記は12月の試写会の直後に書いた評を一部だけ修正したものです。すぐにでも時点のブログなどに載せたいと思いましたが、公式リーフレットや公式サイトにこの評の一部が私の名前入りで掲載されることが検討されたため、拙評の公開も映画封切りまで控えてほしいとの要請がありました。本日、めでたく初日を迎え、私も書いたことに間違いがないかどうか確認の意味もあり、先程初回の上映を見てまいりました。ということでようやくにしてこの評をお読みいただくことができます。アカデミー賞大本命と言われている本作、ぜひ多くの方に鑑賞していただきたいです。(2023.01.27.記す)