倶樂部余話【一二四】買ってはいけない(一九九九年一〇月五日)


五月に「買ってはいけない」((株)金曜日)を読んだとき、正直こう思いました。何しろ薬害エイズを厚生省がひた隠しにするようなこの国のことだ、大企業が大量宣伝で大量販売するのだから、どこも多少のうさん臭さはあるものだろう、この内容を盲目的に信じ込む人も少ないだろうけど、でもこの本売れるだろうね。

あれよという間に百五十万部のベストセラーになり、ついには対抗本まで発売されました。(「『買ってはいけない』は買ってはいけない」夏目書房)

私が恐ろしいと思うのは、この社会現象を新聞やテレビが全くと言っていいほど取り上げないこと。スポンサーが怖いんですね。そしてやり玉に挙がった67社への質問状に59社が回答拒否もしくは紋切り型の回答(厚生省に聞いてくれ、など)という無視や沈黙の態度です。

商品を選ぶとき、誰がCMしてるかよりも、どういう企業姿勢を持った会社が作っているか、の方がはるかに大切な判断基準になり得るはずなのに、この59社は少し考えが甘かったようです。

結果として、ちゃんと答えた8社の方は評価してあげてもいいでしょう。第一パン、大幸薬品、武田薬品、日本モンサント、ビジョン、扶洋薬品、夢氷工房、マクドナルド。パチパチ…



倶樂部余話【一二三】ライセンス・ブランド(一九九九年九月一日)


小話。ある女子校での校内放送。「ハンカチの落とし物が届いてます。モリハナエさん…」

小四のうちの娘は、デイオールをスリッパのマーク、ジバンシーをタオルの印だと信じています。

これらの笑い話はどれも「ライセンス・ブランド」という奇妙な仕組みが原因です。

この秋、当店から三つのライセンス・ブランドがなくなりました。ギーブス&ホークス、スキャパ、ハケット。いずれもライセンス品を生産する日本のアパレルが、リストラの一環で撤退や縮小を余儀なくされたのが理由です。どこも本国のビジネス自体は順調で、私は直接に本国のオーナーとも面談し、そのブランドコンセプトにも敬服していたので、彼らと縁が切れるのはいささか残念ですが、やむを得ません。

思えば、当店が大幅に輸入品を増やしていた頃、同業の仲間から「そんな商売は危ない。大手のライセンス品を扱うのが最も安全な仕入れだよ」と揶揄されたものでしたが、時代は変わったものです。元気なアパレルは小売店に商品を卸さず自前で店を持つようになり、元気のなくなったアパレルはリストラでいい商品が作れなくなっています。結局、国内外の小さくてもイキのいいメーカーから、好きな物を好きなだけ仕入れるのが最もリスクのないやり方だという時代になったようです。

私は決してブランドというもの自体を否定はしません。商品を選ぶ判断材料としてブランドは最も重要な手掛かりのひとつです。ただ「似て非なる」あるいは「ありえっこない」ライセンス商品は、もういい加減にしようよ、と思うのです。

最後に今度はクイズです。以下のデザイナーの性別と存命か否かを答えて下さい。①クリスチャン・デイオール、②イブ・サンローラン、③ニナ・リッチ、④ミラ・ショーン。

 

※解答…①男性、死亡。②男性、存命。③女性、死亡。④女性、存命。

 

倶樂部余話【一二二】旅行地理検定試験(一九九九年八月一日)


「もし無人島で一生一人で暮らすのに一冊だけ本を持っていけるとしたら?」との問いに、私は迷わず、高校で使う地図帳を挙げます。そのくらい地理は大好き科目で、小学生時代は世界中の国名と首都を暗記しているのが自慢の種、70年の大阪万博(当時中一)は一週間通い詰めて全パビリオンを制覇しました。

日本交通公社(JTB)の関連団体が年に二回「旅行地理検定」という試験を実施しています。国内、海外、鉄道の各部門に加え、毎回二~三ヶ国の国別試験があり、今回は、アメリカ、スイス、とイギリス。ひとつ運試しにと、先日静岡会場でイギリス編を受験してきました。

別に何の資格試験でもなく、最高得点者には「博士」の称号というまったく趣味丸出しの試験で、観光専門学校生や旅行会社の職員に混じって、旅行マニアとおぼしき年配の姿も見受けられる会場で、六〇分一〇〇問のマークシートテストは始まりました。

いや細かい、難しい。コッツウォルズの寒村の名など地図上だけで分かる奴などいるものか、と悪戦苦闘の一時間。イギリス博士の勲章はおろか、英国を標榜する店の店主としてははなはだ不本意な成績で、結果は79点でした。

(後日、詳細な成績結果が届き、最高点が88点、平均が57点で、私は全受験者数159人中で堂々の第七位でした。ホッとしました。)

 

 

旅行地理検定は今も続いていますが、国別試験という分野は廃止になりました。

 

ニコラス・モスの共同購入会、始まる。

 

倶樂部余話【一二一】ファン感謝ディ(一九九九年七月三日)


年二回のファン感謝ディもこの夏で六度目になります。

「酒飲ませて手土産も付けるセールなんて前代未聞」と同業者からは評されますが、私たちはこのイベントを単なる先行優待セールとは捉えていないのです。前にも書いたように、セールをするのはあくまで売る側の都合なのに、その都合を客に押し付けるだけで客が喜ぶとは思えません。ならば、顧客の来店が集中する機会だからこそできる特別なサービスで、日頃の謝意を表したい、ついでに自分たちも楽しんでしまおう、という「感謝の日」なのです。

今回は、酒屋さんに無理をお願いして、イギリス製の白ワインを取り寄せました。一緒に試飲したソムリエによれば、珍品というだけでなくなかなかのテイストとの評価。ついでにこれまたイギリス製のチーズも用意しました。また、ご存知ギネスのグラス売りも新方式で再開します。

ファンの皆様だけに開催する貸切の特別な四日間です。ご来店をお待ちしています。

 

※当然だが、もうこんなイベントは実施してません。(2013年記す)

倶樂部余話【一二〇】ずぼらな筆者よりお願い(一九九九年六月三日)


血がO型のせいか、性格は基本的にずぼらな方で、整理整頓はかなり苦手なジャンルです。

延々続いているこの月例通信にしても、過去の資料をしっかりと保存しておく、という作業を怠ったままでしたが、事務スペースがあまりにも繁雑を極めてきたので、このたび一念発起、全百二十回分のバックナンバーをファイルすることにしました。

第一号が88年九月ですから、足掛け十一年、懐かしい話、忘れていた事、いろいろ飛び出してきて、楽しい活動記録となりました。自分でもよくここまで続いたものだと、感慨もひとしおの思いです。

しかし「全部フロッピーに保存してあるから大丈夫」と、高をくくっていたのが甘かった。肝心のフロッピー自体がどうしても一枚見当たらず、二回分だけが欠けてしまうという羽目に陥りました。

というわけで、古くからのメンバーズの皆様に情けないお願いです。七年前の第四四号(99年八月)と第四七号(同年一二月)をお持ちの方、ぜひ当店までご一報下さいませ。ずぼらな筆者より。



倶樂部余話【一一八】人のスピード(一九九九年四月六日)


 

昨年冬、ティーンズ市場で白のダッフルコートがバカ当たりした時のこと、あるところではわずか一週間でこの売れ筋をドカンと作って売りまくったそうです。恐るべきスピードです。その代わりこういった店では売れない物はいくらいい品でもたった一カ月で処分に出されます。つまり、この店の商品の寿命はわずか一ヶ月しかなく、客もその間に買わないといけないわけです。何か強迫観念さえ感じますね。

ところが人のスピードというのはそんなに早くない。欲しいなと感じてから買おうと決めるまで、もちろん衝動買いというものもあるでしょうが、概ね一~二ヶ月掛かることはざらですし、一年以上思案するお客様だっているはずです。

つまり、モノ(文明と言い換えてもいいかもしれません)のスピードがものすごく早くなってしまい、ついに人間のスピードが追いつけなくなってきた、ということでしょうか。早く・効率的に、という便宜に、そろそろ人はノーを言い出しているように感じます。

当店も、ファッションを扱う以上、流れに乗ることは当然に大切です。しかし、停滞せず、はたまた早すぎず、「人のスピード」を守っていきたいものだ、と強く感じるこのごろなのです。



倶樂部余話【一一七】ユニバーサル・デザインってなに?(一九九九年三月一五日)


この春の新商品を眺めると、新しい時代の流れが少し見えてきたような気がします。

ひとつは、クラシックとハイテクとエコロジーの融合です。二十世紀に滅びずに生き残った古典的「伝統」、二十世紀に生まれた最新の「技術」、二十一世紀の最大の関心事になるであろう「環境」、この三つがうまく溶け合って取り入れられている商品は、今かなり魅力です。例えばコンランや無印良品のインテリアや文具など。ナチュラルなコルク材とメタリックグレーのスチールとの組み合わせはとても心地好く感じます。

逆にどれかひとつに固執し続けているとダメになっていくでしょう。ロールスロイスがフォルクスワーゲンに買収されたように。

あわせて「カッコいい」という意味が変わってきているように思えます。「ユニバーサル・デザイン」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。最近では「バリア・フリー」と共に主に福祉や介護の分野で語られていますが、荒っぽく言うと、一昔前はハンディキャップト(障碍者やお年寄り)には一般とは違う特殊な商品を開発していましたが、今後はそうではなくて、どんな人にも区別なく共通な(=ユニバーサル)同じ仕様(=デザイン)のモノで対応できることを目指すべきではないか、という考え方を「ユニバーサル・デザイン」と呼んでいるようです。つまりハンディキャップトに良いモノはそうでない人にも良いはずだ、という発想が大きな流れになったのです。うがった見方をすれば、ジッパーやマジックテープを多用した服や靴が流行るのも、年寄りに良いモノを若い者が使うのがカッコいいんだよ、ということでしょうか。今、竹下通りでは五本指のソックスが売れているそうですが、若い連中はこの流れを本能的に嗅ぎ取っているのでしょうか。

さて、この手の話を大上段に語ると、いつも妻にたしなめられます。「あなたがそんな話をエラそうにしても、全然説得力ないわよ」「どうして?」「だって、あなた、一向にタバコ止めないじゃないの」いや、耳が痛い。

倶樂部余話【一一六】身の危険を感じた瞬間(一九九九年二月一〇日)


 

恒例?の出張報告です。

 
【アイルランド編】

四年連続のアイルランド。今回は通例の来冬物の仕入れ発注業務の他、服地だけの直輸入の交渉、英著名ブランドを生産するファクトリー(靴とシャツ)との直接取引などが目的で、成果は上々、この秋も乞うご期待です。

シャツの工場がアイルランドの最北端(ここがまた美しい!)にあり、初めて英領北アイルランドへ足を踏み入れました。六年前に同じルートをたどった人が、国境には鉄条網と検問所、街角には装甲車、と話していましたが、今はどれも見当たらず、以前ほどの緊張感はないようです。ただ少し大きな町へ入ると、英国系住民(ユニオニスト)とアイルランド系住民(ナショナリスト)との居住エリアは明確に区別されていて、前者は中心街にあり、電柱や縁石が赤白青(英国旗の配色)のストライプ模様で塗ってあります。後者は町はずれで緑白橙(アイルランド国旗の配色)に塗り分けられていますので、外来者でもすぐに分かります。

私は、レンタカーで、主街道から外れて風景のいい田舎道を走り、そのままある町の裏側から侵入してしまったのです。異様な雰囲気を感じました。すれ違う人々の視線がいつものフレンドリーな目ではなく、異邦人に怯えているような眼差しなのです。見渡すとあちこちにIRA万歳の看板が。そこはティロン州というIRA過激派を最も多く輩出している、一番抗争の絶えない地域なのでした。どっからか撃たれるんじゃないか、生まれて初めて身の危険を感じた瞬間でした。四世紀以上に渡るいざこざで、街に漂う疲弊感は何とも言い表しようもないほどに哀しく、まだまだ平和への道は長いのだろうなと感じました。

北はちょっと怖い、でも風景は最高、人は暖かい。デリーのパブでおっさんが歌ってくれた本場の正調「ダニーボーイ(ロンドンデリーの唄)」は実に心に染み入りました。

【ロンドン編】

意外と思うかもしれませんが、ロンドンの滞在は六年振り。というのも、アイルランドものと違って、英国モノの仕入れは概ね国内で発注できるからですが。

目的は二つ。ひとつは、ビクトリア・アルバート博物館(V&A)で開催中の展覧会にて、四百年の英国服飾の歴史をつぶさに鑑賞するため。こんな貴重な資料室を身近に備えている英国のデザイナーたちをとても羨ましく思いました。

いまひとつは「セヴィルロウが最近すごくいいんだよ」という噂をこの目で確かめるために。百年経っても変わらないかと思っていたこの小さな仕立屋横丁は、確かに熱を帯びていました。二百年以上の伝統に裏付けられた自信が、それに憧れる新しい世代を寛容に受け入れ、更にそれに刺激を受けて自らも成長を志している、そういう勢いがこのとおりには感じられました。新進の店舗が増えただけでなく、老舗も負けじと改装を重ね、競い合っています。人通りもまばらだったのが、今では素晴らしいメンズファッションの通りに変わりつつあります。

セヴィルロウの名は、我が国の背広の語源ということのほか、恐らく今後、老舗の看板にあぐらをかいたような高級注文服小路というかつてのイメージから脱却し、もっと広義に英国メンズファッションの代名詞として再注目されることでしょう。当然に、これを店名に掲げる者として、この変革は大変嬉しい励みであり、「止まっていたらダメだったんだ。やはりいつも進み続けなければ」との思いを強く感じたのでした。

倶樂部余話【一一五】うろたえない(一九九九年一月一二日)


新年おめでとうございます。

一年前の当報で、私は「追い風は早く進むが舵が不安定になる。むしろ向かい風の方が進みは遅くとも安定した舵が取れるものだ」と自らを鼓舞しました。実際、想像以上の向かい風でした。昨対比3%贈にて年間目標もかろうじて1%上回ることができ、ベイスターズ優勝という神風にも乗り、大厄の一年を何とか満足に無事終えることができました。

年頭に際し改めたことがひとつ。「最近どう?」「良くないね」の日常会話をやめました。謙遜は美徳なりとばかり、日本中の街角でなされる何千何万のこの会話は、現状あんまりいい効果がないと思いまして。翻って、米国の好調には、彼らの楽天的国民性が少なからず寄与しているはずだと感じます。

さて九九年。二千年紀最後の年です。誰しもお正月は純真で無垢な気分に浸るものですが、次は千年分のお正月です。新時代を迎えるには千年分のまっさらな状態に向かっていきたいと願います。だから今年のキーワードは「リセット・トゥ・バージン」です。惰性的な過去の経験を「ご破算で願いましては」とリセットして、何にも染まっていないバージンな心持ちで、新しい変化を柔軟に受け入れたいと感じます。

誰もが初めて経験する世紀末ですから、じたばたしたくなるのかもしれませんが、こういう混沌の時代に恐らく一番どっしりと静観するのが英国(イングランド)ではないでしょうか。ユーロへの参加を見送ったのも英国らしい判断です。英国紳士たるもの、狼狽は泥酔並みの失態なり、で、この「うろたえない」という国民性は、ときに我が強いとか日和見とか言われても、私は数ある英国気質の中でも最も尊敬できる気質だと感じています。きっと歴史が育んできた処世術なのでしょう。自分も含めて、どうも社会全体がうろたえがちになっているようで、ここは英国を範に自らを戒めたいと思います。

その英国の経済学者曰く「好景気の唯一の原因は不景気である」どうか本年もよろしくお付き合い下さいませ。



倶樂部余話【一一四】九八年の語録(一九九八年一二月一日)


永六輔的「語録」で今年の余話を締めくくってみます。

◎商品試験や作業場見学など、お世話になっているクリーニング業のオヤジさんI氏。
 
「いいかい、クリーニング屋の仕事ってのは、服の汚れを完璧に落としてキレイにするのが第一なんだ。それを新品同様に戻してくれる仕事だと勘違いしてる客が多すぎるよ。誰もそんな魔法は持っちゃいないよ」(これは、目からウロコでした)

◎大磯在住の文筆業S氏は乗物愛好家で全国の都市を駆け回るシティウォッチャー。雑誌の取材が縁で、以来しばしば家族で当店を訪れてくれる。
 
「静岡の街はとっても楽しい。少し横道に入ると、古い店新しい店、ユニークな小さい個店がたくさん発見できる。こんなエキサイティングな街はちょっとないね」(この街、もっと自慢してもいいのかも)
 
◎私が第三の父と慕う、福岡でハンドニット会社を営むE氏。今年、阿蘇の山中に自作のセーターを制作販売する、念願のニット工房を開設した。
 
「今の世の中、作り手の思いが伝わる商品が少なすぎます。お客さんはもっとそれを知りたがっているはずなのに。でも、あなたのハガキの小さな文字からはそれが伝わるんです」(ありがとうございます)
 
◎これも九州・福岡のメンズ専門店バイヤーT氏。商品選択の卓越した目利きは業界屈指との評判。私の仲介で、幻と思われていた本物のアランセーターを取り扱うことになったとき、ぼそっと囁いた。
 
「願いって、願い続けると叶うものなんですね」(嬉しかった。彼のモノへの執念がそれを可能にしたのです)
 
◎先日のしし座流星群を百八十個観測した小三の我が長女。算数と国語の二科目同時満点という快挙?を成し遂げ、教壇に向かって思わず、
 
「先生、これって夢ですか?」(流れ星への祈りが通じたのか。親バカでした)

メリー・クリスマス!