糸偏雑筆【8】前後左右の話 (2026年4月16日)

 今回は服の前後左右の話。

 まず、前後のこと。ガンジーセーターという英国の漁師が着ているセーターがありまして、このセーターは前と後ろが全く同じ作りでどちらで着てもいいという珍しい服です。
着てみると、首周りが独特の形状になるし、肩線がおかしな位置に来るし、慣れないうちは少し違和感を感じます。それがこのセーターの味なのだと捉えていただければいいのでこのセーターに文句をつけるつもりはありませんが、まあ、そのくらい、人間の前と後ろはその作りが違うので、ほとんどの服には前と後ろがあります。原始時代の貫頭衣にも前後ろはありますし、前後ろ同じ服というのはガンジーの他にはポンチョぐらいかな、と思います。「うしろまえ」つまり前と後ろを逆にして着ることをいいますが、うっかり間違えやすいのが、タートルネックのセーターです。首の縫い目は必ず左側に来ると覚えておけば間違えることはありません。なぜ左側なのか。

 で、ここから左右の話になります。鉄則があります。戦いのとき剣を持つのは右手ですから、剣を振るって邪魔になるものは全部左側に配置します。帽子の羽飾り、上着の胸ポケット、衿のフラワーホール、腕時計や指輪。剣の鞘(さや)からタートルネックの縫い目まですべて左側です。逆に右側にあるものは利き腕である右手で使うものです。上着のチェンジポケット(脇ポケの上に付く小さなポケット)は小銭(=change)入れ、トラウザーズのウォッチポケットは懐中時計入れです。忍びポケットってわかりますか、右のポケットの中に更に小さいポケットがあるでしょ、あれを忍びポケットと言って、コインやキップ、指輪、錠剤など小さいものをしまいます。余談ですが、ジーンズの基本スタイルをファイブポケットと呼びますが、その5番目のポケット、右にある四角い小さなポケットですね、これは忍びポケットが変化したものです。

 合わせについて。ダッフルコートやPコート(正しくはリーファージャケット)は左右どっちの合わせでもできるようになっていて、これは海上の風向きに対応するためだと言われています。これは例外でして、ボタンは右手で留めますから、服の原則は右にボタン、左にボタン穴、つまり右が下で左が上になります。これを右前(みぎまえ)と呼びます。え、反対じゃないの、だって左のほうが前側にあるよ、って思っちゃいますよね。これ、特に和服の着方で混同しがちです。左前は死装束、タブーですから。ここはしっかり覚えてください、ここでいう「前」というのは「先」という意味です。青森の弘前は「ひろさき」といいますね、あれです。だから右前というのは「右が先」(つまり右が下側)ということなんです。つまり、服は、洋服も和服も右前なんです。

さて、最大の謎は、レディスです。洋装のレディスだけは左前なんです。おんな合わせ、と言われます。不便なのになぜなんでしょう。これには諸説ありまして、最も有力なのは、その昔高貴な御婦人は服をメイドに着せてもらうので、メイドがボタンをはめやすいように合わせを逆にした、という説。他にも、女性に武器を持たせないため、とか、男が間違って女の服を着ないように、とか、なんだかジェンダーレスの今の時代にはそぐわない話ばかりです。決して女合わせを否定はしません、女らしい服というのも必要ですし、それには女合わせのほうがふさわしいでしょう。でも、今となっては、どっちでもいい、というぐらい、ゆるーい慣習、だと捉えておけばいいんじゃないかと思います。女が男の服を着てもいいように、男が女の服を着たっていい、だから合わせだってどっちでもいいんです。

 私が50年ほど前に買って今でも大事に着ている米製(Eddie Bauer)のマウンテンパーカーがあります。これ、前立のスナップボタンは男合わせ(右前。オスが左でメスが右)なのに、内側のジッパーは女合わせ(オスが右でメスが左)なんです。だからジッパーがはめにくい。ずっと不思議に思っていたんですが、今頃になってやっとその理由がわかりました。アウトドアの危険な場面では、左右どちらの手しか使えない時がある。そんなときでもコートの前を閉じられるようにあえてこのような仕様にしたのではないでしょうか。

 今回の話はここらへんで締めます。実は、左右の違いは、格の優劣の話につながって、これが東洋と西洋では反対だったり、上手(かみて)下手(しもて)だとか、お雛様の並べ方とか、婚礼の席次だとか、色んな話に発展するのですが、興味のある方は調べてみてください。糸偏の者の話としてはこのあたりで失礼いたします。(弥)


※「糸偏雑筆」バックナンバーを「倶樂部余話」の方に格納しました。読み直したいときにはこちらでご覧になれます。


糸偏雑筆【7】クリーニングの誤解 (2026年3月20日)

 糸偏雑筆のネタ、どんな話がいいでしょうかね、と、古い顧客に尋ねてみると、手入れの話なんかどう、あのクリーニング屋さんの話、また紹介したらいいよ、との声をいただきました。28年前の倶樂部余話第114話(1989.12.1.)に書いたこんなことです。

 永六輔的「語録」で今年の余話を締めくくってみます。
◎商品試験や作業場見学など、お世話になっているクリーニング業のオヤジさんI氏。
 「いいかい、クリーニング屋の仕事ってのは、服の汚れを完璧に落としてキレイにするのが第一なんだ。それを新品同様に戻してくれる仕事だと勘違いしてる客が多すぎるよ。誰もそんな魔法は持っちゃいないよ」(これは、目からウロコでした)
(後略)

 いかがでしょう、今聞いても目からウロコの人はいるんじゃないでしょうか。どんなものでも使っていれば経年劣化するのは当然で、原状回復は不可能です。でもクリーニングに出すとその不可能が可能になって戻ってくるんじゃないかと錯覚してはいないでしょうか。洗濯にも同じことがいえます。洗剤の宣伝で「白さが元通りに」なんて言われると、品質まで元通りになるんじゃないかと思ってしまいます、ホントは白くする薬材が入っているだけなのに、です。大切なことは何度でも言わないといけませんね。クリーニングは汚れを落とすのが仕事、新品同様には戻らないのです。

 さて、ドライクリーニングってどういうものか、これも誤解している人が多いです。水で洗うのがウェットクリーニング、石油溶剤で洗うのがドライクリーニング、です。そう、どちらも洗うんです。ここで言うウェットとドライの意味ですが、濡れている、乾いている、ということじゃないんですね。ウェットは水を使う、ドライは水を使わない、というそういう意味なんです。これ、普通の人はわかんないですよね。水で洗うと縮んだり固くなったり型くずれしたりする恐れのあるものに対して、水の代わりに石油溶剤で洗う、これがドライクリーニングなんです。

 それから、ドライのほうが水洗いよりも、服に優しい、あるいは、より汚れが落ちると思っている人がいますが、それも誤解です。石油で手を洗って肌にいいわけがありません。基本は水洗いです。特に汗や醤油ソースなどの食品などの水溶性の汚れについては水のほうが圧倒的によく落ちます。対して、皮脂やファンデーションなど脂溶性の汚れにはドライが強いわけです。誤解ついでにいうと、セーターを水洗いしてはいけない、と思っている方、それも間違いです。市販のほとんどのセーターは最後の仕上げの段階で水洗いをしています。洗剤以外に柔軟剤や香料を入れるところもありますし、例えばジェイミーソンズのようにわざわざ乾燥機で20%も縮ませるところもあります。はい、セーターは水洗いすると風合いが良くなるんです。大事なのは乾かし方で、熱を加えると縮みますし、型崩れしないように整えてあげることが肝要です。

 さて、当店のアランセーターの項目に、お手入れは「何もしない」のが一番です、と書いてあるのを見たことがありますか。随分ぶっきらぼうだな、と思われた方、そうじゃないんです。ここまでお読みいただければおわかりでしょう。何もしないのが一番なんですって。


糸偏雑筆【6】ダウンとマフラーのお話 (2025年12月15日)

 冬になるといつも話している2題です。

 まず、ダウンの話です。ダウン(羽毛)とフェザー(羽根)の違いはわかりますね。フェザーには羽軸(芯)があるから見た目で区別できます。ダウンは水鳥の胸に生えるもので陸鳥には生えません。だから鶏(ニワトリ)の羽根をいくらかき集めてもダウンはありません。

 そのダウンには、グース(goose(複数形geese)=ガチョウ・雁(ガン)の仲間)とダック(duck=アヒル・鴨(かも)の仲間)があります(ダックの肉は日本では鴨肉と呼ばれます)。その性能の優劣は歴然でして、もちろんグースが上です。ただ見分けるのが難しい。しかもダウン製品はシェル(外衣)に覆われていて中のダウンが見えないのです。でも決定的な違いがあります。それは、ダックは濡れると匂う、のです。獣臭なので素人でも割とすぐに分かります。そもそもダウンは水鳥の胸毛なので濡れることはへっちゃらで乾けば元通りになるので、水洗いはできるのですが、
ダックは濡れると臭うのでそれを嫌って水洗い不可の表記をするところもあるようです。なにより、優劣があるので、グースの方は当社はグースですと誇らしげに表記するのに対して、ダックの方はわざわざ当社はダックですと明記するところは稀で、つまり、グースと明記してなければダックだろう、と類推するしかないわけです。中には、ブランドネームにグースと謳っているのに使っているダウンはダック、という北米の有名ブランドもありますので、ブランド名だけで信じてはいけません。
 ダウン製品の品質には、他にも洗浄の巧拙や量の多寡、縫製の丁寧さなどの評価判断もあるので、例えば洗浄も稚拙で量も少なく縫いもダメなグース製品もあれば、完璧な洗浄でしっかり量もあリ丁寧な仕立てのダック製品というものも存在しているわけです。が、ダウン製品の場合、価格はほとんど中身のダウンの相場価格に左右されますから、中身の品質の違いが価格に比例しやすいジャンルの製品だとは言えるでしょうね。3年前に同じような話を書いてますので、こちらも読んでみてください。
倶樂部余話【411】マザーグースのおはなし(2023年1月1日)

 次はもっと簡単な話。マフラーの裏表。ブランドラベルの付いている方、それは裏です。他の洋服のことを考えればすぐに分かるはずです、ブランドラベルが表に付いている服がありますか。スポーツ選手やカーレーサーのユニフォームにブランドがベタベタあるのは、そこがスポンサーだからで、それは例外です。
 
 写真はある通販会社のサイトの抜粋、ずらりと並んでいると見ている方まで恥ずかしくなります。はい、ブランドラベルは内側に折って隠してください。リバーシブルのときは仕方ないので見えないように工夫しましょう。もしくはラベルを外してしまいます。チラ見えは許せるとしても堂々と見せるのだけはやめてください。お店でブランドラベルが見えるように畳んであるのは、むやみやたらに触って欲しくないからでこれは売る側の都合です。もっと言うなら、売る側はそれをちゃんと説明してあげるべきです。
 売る側の都合といえば、ジャケットやコートの袖先にときどき付けられている織りラベルがありますね。お店は売るときにちゃんと説明して外してあげなくてはいけないです。袖ラベルの女、と私が名付けたのが34年も前のこと。倶樂部余話【37】私は見た、袖ラベルの女(1991年12月24日)

 先日渋谷駅で久しぶりに発見しました。持ち物のご様子からウェディング業界にお勤めの女性の休憩時間とお見受けしました。袖を通さずに肩で羽織るようにしてました。生まれて初めての盗撮、緊張しました。

 


糸偏雑筆【5】サイズのあれこれ (2025年11月17日)

 サイズの話です。
 英国モノのサイズ、セーターやスラックス、シャツなどの表記です。セーターだと・・38.40.42.44.・・とか、スラックスも・・30.32.34.・・と偶数ですし、ドレスシャツには16.5–34、などと、首周りと裄(ゆき)丈(肩巾の半分+袖)が書かれてますね。この数字の単位は何でしょうか。
これはこ存じの方も多いことでしょう。はい、インチinchですね。1インチは約2.54cmですので、セーターの40は約102cm、これが胸囲の仕上がり寸法です。
スラックスも同様に32だとウエスト81cm上がりです。ブランドにもよりますが、英国系のものはほぼ正確に表記通りの寸法に仕上がっているところが多くて、かなり信頼できるサイズ表記だといえます。
シャツの16.5—34は、首が42cmで裄が86cmということになりますね。
手編みのアランセーターは着丈も袖丈も仕上がりが一つ一つまちまちなので、私が1枚ずつ胸囲のサイズを平置きで実測して、48cmなら2倍して38”、56cm(x2で112cm)なら44”と、胸囲の仕上がり寸法だけを頼りにサイズ分けしてます。インチなんだよという意味で、数字の後ろに「”」印をつけるように心掛けています。

 それでは、イタリアのジャケットなどに使われている、・・・44.46.48.50.52.・・・というサイズ、この数字は何を意味しているのでしょう。これ、長いこと私も疑問でしたが、2倍すると胸囲の寸法(cm)になる、というのが答えです。つまり48だと倍して96だから胸囲96cmです,。
じゃ英国式とおんなじように考えればいいのね、というとこれがぜんぜん違うんです。96cmは仕上がり寸法じゃなくて着る人のヌードの寸法なんです。つまり、胸囲が96cm(半身で48)の体格の人は48というサイズが適してますよ、ということを意味しているんです。だからブランドによっても流行によっても仕上がりの寸法はまちまちなんです。
これ、上着だとまだわかりやすいのですが、スラックスになるともう大変。私、最初はヒップのサイズから割り出すものなのかなと思ったんですが、そうじゃない。例えば、46の上着を着るような体型の人が履くスラックスの大きさを46と表わそう、みたいな感じで、もうかなりあやふや。

 洋服を工業製品として厳格に捉える英国的思想と、ファッションは芸術作品だからと感性を重視するイタリアの発想、私はどちらも正しいと思います。ただ、イタリア式の場合には、着る本人が自分の体型を自分で正確に把握していることが大前提です。身長、体重だけじゃだめですよ。最低でも、胸囲、ウエスト、首回り、シャツの裄丈、靴のサイズ、は覚えておきましょう。

 靴のサイズ、これがまた、大変で、いくら調べてもその根拠がわからないのです。英国式はやはりインチだろという人がいるんですが、じゃ、7.5という靴のどこを測ったら7.5インチつまり19cmなのか、誰も答えてくれないんです。英国とアメリカで半サイズずれる理由もわかりません。それに靴は長さだけでなく幅も重要な要素なんですが、これも統一した基準がないみたいです。ですので、もう単純に暗記するしかないんです。下の表で自分のサイズを覚えてください。あくまでも目安ですよ。誰かこれらの数字の根拠をご存じの方がいたら教えて欲しいです。

さて、話として面白いのはここまでなんですが、日本の背広屋として避けて通れないサイズの話として、JIS規格の三元表示のことに触れないわけにはいかないので、しばらくお付き合いください。
 A5とかYA7とかAB4とか、聞いたこと、ありますよね。Y.A.B.E.というのは、字をよく見てください、はい、痩せ型から標準体、肥満体まで、を字面で表します。で身長165cmを4,170cmを5、と、5cm刻みで便宜上数字を振ります。胸囲―胴囲―身長、これを三元表示といいまして、こんな表ができます。

 こんなの覚えなくていいです。自分がどのあたりにいて、何体の何号(例えば私だとAB4です)なのか、だけは把握しておいて ください。JIS(日本工業規格)ですから、日本だけのしかも大昔に作った杓子定規なもので、この規格どおりに作っているスーツなどもはやどこにも存在しませんから、あくまで参考としてお考えください。つまらない話ですいません。

 最後に。サイズについての問い合わせはかなり多いです。アランセーターなんて1枚ずつ違うので写真だけではわからないことも多いです。ときどき、ご自分の体型サイズのことは何にも教えてくれないで、品物の仕上がり寸法を神経質なほどしつこく聞いてくる方がいらっしゃいます。私は工場長じゃなくて洋服屋ですから、寸法を測ることは答えではなく、あなたにふさわしいサイズはどれなのか、を一緒に考えるのが仕事です。
それと、服のサイズというのはこれじゃなければいけない、という絶対的なものではなく、どう着たいかでいくらでもその違いを楽しめるものだという柔軟性を持ってほしいです。自分のサイズを知ること、これはとても大切です。でもサイズに縛られてしまうのは本末転倒です。(弥)


糸偏雑筆【4】 誰も教えてくれないネクタイの基礎知識

 第4回はネクタイの話です。
ネクタイはドレススタイルの要であって一番自己主張のできるアイテムです。ネクタイだけで一冊の本が書けるくらいたくさんのネタがありますが、ここではホントに基本中の基本、だけをお話します。近頃はノーネクタイスタイルも定着して、ますますネクタイの基礎知識を伝授する機会も減ってきました。知ってる人には当たり前、知らない人には目からウロコ、のお話になるでしょうか。

 いちばん大事な2つのこと。その1。ネクタイの幅はスーツの衿の幅と等しい。例えばスーツの衿幅が8cmくらいならネクタイの大剣(大きな方の剣先)の幅も同じく8cmくらいでないといけません。何もミリ単位で正確に合わせる必要はありません、大体同じならいいのですが、経験上から言うと、1.5cm以上違いがあると奇妙に映ります。許容範囲は1cm未満としましょう。(ニットタイは例外的に細くてもOKです) 
 話はそれますが、そもそもスーツの衿幅というのは体型によって違います。体全体のバランスなので、同じブランドの同じデザインでもです。ちょっと想像してみればわかりますよね、大男と小人の上着の衿幅が同じはずがないんです。いつも言うように、スーツスタイルの良し悪しは基本的に減点主義なので、違和感を感じたらそれは✕なんです。とても普通に見える、少しも気にならない、というのが◯の合格ラインなんです。

 その2。ネクタイの長さはベルトの穴の位置。これ、意外と皆さん適当です。でもこれがベストバランスです。この長さの調整は身長や首の太さだけでなく、猫背か反身か、お腹が出てないか、などでも人それぞれ異なりますので、正しい位置に決まるまで納得のいくまで何度もやり直してみてください。 慣れてくると結ぶときの大剣の余り方でおおよその感覚は掴めますが、何度やってもうまくいかないときもあれば、一発で決まるグッドモーニングな日もあります。ネクタイの全体の長さというのは日本製だと概ね145cmぐらいなのですが、欧米のものだととても長いものもあって、小剣側が大剣側よりも長く余ってしまうことがありますが、そんなときは余った小剣側はズボンの中に仕舞っちゃってください。

 さて、この2つのルール、これを見事に外してくれるのが、ドナルド・トランプ氏です。あの大柄な体型にタイが細すぎるし長すぎる。とてもだらしなく見えますが、多分わざとでしょう。ファッションに頓着ない、という演出です。

 結び目については、説明を省きます。シャツの衿型、スーツのゴージライン、体格、趣味嗜好などなど、多くの要素が絡みますので書ききれません。とりあえず、普通のプレーンノットだけ覚えてくれればいいです。色々やってみて、もっと大きく結びたいな、とか細長く結んでみたい、とか、欲が出てきたら順次覚えてください。
 ここではディンプルの話だけします。dimpleはエクボのことですが、タイの結び目のくぼみを指します。これはぜひ覚えてください。指3本で生地をM字型につまんで引っ張ります。まずは中央にきれいなディンブルを作れるように練習しましょう。それができるようになったら、くずし、に進みます。ディンブルの位置を少し左右にずらしたり、後ろの小剣側を少しだけ見せるように外しの技を付け、タイをより装飾的に立体的に魅せていきます。ただし、この外しの技が必ずしも好印象につながるとは限らないので、そのへんは臨機応変で。ディンプルは遊びの要素なので、好まない人もいます。徳仁天皇はディンプルをあまり好まないようです。それから、大事なこと、葬式ではディンプルはタブーです。入れてはいけません。遊びの要素は排除しないといけないからです。

 色柄についてもここでは多くを語りません。タイはその人のパーソナリティが最も主張できるパーツですから、強い主張を出したいのか弱みを示して同情を引き出したいのか、冷静沈着なのか柔軟寛容なのか、目立ちたいのか目立ちたくないのか、季節感は必要か不要か、それぞれのシーンに相応しい色柄というものを探してください。
 ただストライプの話はしておきましょう。ネクタイというのは、趣味嗜好だけでなく、その人の属性を象徴する道具としても使われます。ストライプのネクタイのことをレジメンタルと呼ぶのを聞いたことがあるでしょう。Regimental、つまり連隊、を意味しますが、英国の軍隊では、連隊ごとに固有のストライプを持っていたのでそれに由来します。わかりやすいのは学校の制服でしょうか。あれがバラバラだったら制服になりませんね。ストライプのタイはある団体に帰属していることを誇示する場合に着用される場合が多いので、誤解を招かないような配慮が必要になる場合があります。添付した写真のタイは年に二回ぐらいしか使いませんが、出身大学関連の催しの際に限定して着用します。
 ちなみにストライプのタイの向きに英国式と米国式があるのを知ってますか。ストライプの向きが右手側に下がるのが英国式、左手側に下がるのが米国式です。なぜこの違いがあるのかはわかりません。私の想像ですが、左側通行と右側通行の違いが関係しているような気がします。誰か知ってる人がいたら教えて下さい。(弥)

参考までに。
倶樂部余話【365】平成の終わりに(2019年3月1日)
https://www.savilerowclub.com/yowa/archives/611

倶樂部余話【429】 新しいウェルドレッサー (2024年7月1日)
https://www.savilerowclub.com/yowa/archives/1075


糸偏雑筆【3】番手とかゲージとか撚りとかプライとか、タテとヨコのことも。

 糸の太さ(細さ)なんかの話です。子供でもわかるくらいの話にしたいのでできる限り数字や計算を出さないようにします。

 「番手」という単位を聞いたことがあると思います。焼き豚に巻くたこ糸は20番手、高級なドレスシャツの糸は100番手とか120番手とか言いますね。つまり、糸が細くなるほどに数字が大きくなるのです。
その理屈を話すと、ここからが数字の話になるのでできるだけ平易に話しますね、例えば10グラムの糸があるとします、この糸を延ばすと20メートルになったとします、それを20番手と呼ぶとしましょう。今度は同じ重さすなわち10グラムの別の糸を延ばしてみたら延びて延びて100メートルになりました。これが100番手です。
距離が5倍になったということは、この糸は5分の1の細さの糸ということです。だから100番手の糸を5本束ねると20番手一本と同じ太さになります。専門的にはこう書きます、100/5=20/1。
わかったかなぁ。つまり番手の数字は一定の重量に対する距離を表すので、糸が細くなるほどに番手の数字が大きくなるというわけです。

 で、より分かりにくくさせるのが、毛(ウール)と綿と麻で、その計算基準が違うんです。毛の100番手と綿の100番手は全くの別物です。
それぞれ重さが違いますね、毛は軽くて綿は重たい、麻はもっと重たい、ので、同じ計算式では無理なのです。
これ以上話すと読むのが嫌になりますから、ここでは、素材によって番手の基準が全く異なる(しかもそれぞれに相互関係もない)ということぐらいを覚えておけばいいです。
 
 セーターの毛糸ではゲージ(Gauge、略してG)という単位もよく使われます。これはもともと編機の針の密度を表す単位で、1インチ(約2.54cm)の間に何本の編み針があるかを示します。
太い糸なら網目は少なくて済み、細い糸になるほど編み目の数は増えます。
一般に5G以下をローゲージ、6–11Gをミドルゲージ、12G以上をハイゲージ、と呼びます。30Gのハイゲージニットが着心地抜群なのもわかりますね。
このゲージという単位も、マシンニットではなくて、今度はハンドニットの方になるとこれまた計算の基準が変わるのですが、詳しく知りたい人は調べてください。
 
 さて、100番手双糸(100/2)はよく百双(ひゃくそう)と言われるほどシャツ生地の代表選手です。
単糸では細すぎてすぐに切れてしまうので2本を撚(よ)り合わせて(=ねじり合わせて)双糸にしています。この糸の太さは50番手単糸(50/1)と同じですが、よりしなやかで繊細な糸ができます。
1本取りを単糸、2本撚りを双糸、また三子糸と言って3本撚りの糸もあります。
最初に焼き豚のたこ糸(20番手)の話をしましたが、例えば大凧の凧糸は20/18、つまり20番手の18本撚り(6本の糸をさらに3本撚る)なんだそうです。
また、強撚糸といって、強制的に撚りを強くねじり合わせた夏の冷涼素材もあったり、撚り方もS撚りとZ撚りがあったり、と、撚りにもいろいろありますがここから先は省略します。

 この撚る、ねじる、というのを英語ではply(プライ)といいます。2ply(ツープライ)とか4ply(フォープライ)とか、聞いたことがあるでしょう。当社では、Voe True Shetland という無染色ウールのセーターを長年続けていますが、1ply, 2ply, 4ply, と3種類とも扱っていて、同じカタチなのに趣きはまるで異なっていて、もともとは同じ糸からできているとは思えないくらいです。
アランセーターは当社では3plyに限定していまして、これも2plyではどうしてもアランセーターのガッチリした独特な風合いが出ないのです。

 布地というのは、タテ糸とヨコ糸で織られます。(ただしニット生地はヨコ糸だけ。話がややこしくなるのでここでは省略)
   例えば、タテに麻を組んで、ヨコに綿を通すと、綿と麻の混紡生地ができます。だから麻50%綿50%という表記かと思いきや、これが麻60%綿40%といった組成表記になります。
なぜかというと、重量バランスなんです。麻のほうが重たいのでこうなるんですね。誰も教えてくれないので、これが私はずっと不思議でなりませんでした。

 また、スーツの世界ではよく言われることがあります。英国のスーツ服地はタテ糸もヨコ糸も双糸で織られるけれど、イタリアの服地はタテ糸は双糸でもヨコ糸は単糸で織られていることが多い、だからイタリアの生地のほうが軽くて柔らかいのだけど、英国の生地のほうが丈夫で長持ちでシワにもなりにくい、という話です。
真偽の程は確かではないのですが、この話、イタリアの服は初めから花が咲いているが、イギリスの服は売られるときはまだツボミの状態なんだ、というたとえ話に似てるような気がします。

 さて、ここではあえてタテ糸・ヨコ糸とカタカナで書きましたが、糸偏業界では、縦と横と言わずに、経糸と緯糸と書きます。なんでだろうと思ってましたがこれも誰も教えてくれないので、ここからは私の想像です。多分そうだったんだろう、ということです。
 布地を服にするとき、縦横はほとんどそのまま使いますが、時々横向きに90度変えて成型したり(吊り編みのスウェットなど。リバースウィーブと呼ばれたりします)、スカートなんかは45度に斜め(バイヤス)に取ったりもします。つまり生地のタテとヨコは必ずしも出来上がる服のタテヨコとは一致しない、ですから縦糸横糸というと間違いが起きることもありえます。
なので、普遍的な方向を示す表現として、経糸と緯糸、としたのではないか。経緯というといきさつとも読めて、事の成り立ちを表したり、中島みゆきは糸という詩にしたり、たしかに縦横よりも雰囲気あります。

 経と緯、どっちがどっちだったっけ、と分からなくなったとき、そういうときは地球儀を思い浮かべます。東経135度・日本標準時の明石の子午線、北緯45度・ミュンヘン札幌ミルウォーキーはビールの名産地という古いcm、これでタテヨコ間違えることはありません。
ちなみに英語では、経糸はwarp(ワープ。たるみ、緩み)、緯糸はwelt(ウェルト。引き締め。革靴のウェルト(細革)と同義)といいます。たわんでる糸の束の中を通して締め上げて織っていく、という感じがよく分かる、いい表現だな、と思います。

さて、糸の話あれこれ、なるべく平易に語ったつもりですが、いががでしたでしょうか。

以下加筆です(2026.2.20.記) 
訂正です。経糸はwarpは正しいのですが、緯糸は、weltてはなくてweft(ウェフト)です。お客様からご指摘を受けました。誤った内容を偉そうにひけらかしてしまいましてお恥ずかしい限りです。「warp & weft」で、文字通り「タテとヨコ」また日本語と同じく比喩的に「経緯(いきさつ)」の意としても慣用句として使われるようです。warpは経糸の意味の他にもたわみとか緩みとか宇宙戦艦ヤマトの高速航法とか、他にもいろいろな意味で使われる言葉ですが、対してweftは緯糸以外に他に意味を持たないようで、もっぱらwarpと対のようにして使われることが多いようです。Fさん、ご指摘ありがとうございました。